理由 3
歩先を変えようとした、その時。
直樹は背中をドンッ!と強い力で突き飛ばされた。
「!?」
つんのめるようになりながら振り返ると、そこにはパクの姿。
「…オイッス」
タケシの姿は、ない。
「……パクウ」
「…まー、何ちゅーか。こないだは悪かったな。ちょっとな、電話もしにくうてよぅ。
お前、怒ってんちゃうかなーと思ってよ。顔見たら、ちったぁ話すことあるんかなー思うてな」
「……あのな、パクウ。何をどうやって考えたって、悪ィのは俺なんだよ」
「まーまーまーまー。思い詰めたら戻りにくうなる。
ただなぁ、タケシがなぁ…。アイツ、ほら、大分アホやから。反省はしとるんやけど、お前の前に顔出しにくうてなぁ。
アイツの家、電話もないし…」
「………」
「しかしアレやなぁ。お前、絶対遅刻なんかせぇへんやろうから、俺ココで7時前から待ち伏せしてたんやで。
直樹、お前今日、金持っとる?」
以前は登校の際、お金を持ち歩くなんてあり得なかった。
しかし人と接するとなると、何かとお金が要る。
そう理解した直樹、それ以降は必ずいくらか持って、外を出歩くようになっていた。
「あんまりはないけどな、いくらかは持ってるよ」
「お前よぅ、今日学校へ行く?」
…パクウが俺の答えを待っている。
「行かん」
「よっしゃ。今日は2人でブラブラしようや。
俺、腹減ったんやって」
「そうやな」
そうして、2人は学校とは違う方向へと歩き出した。
学校をサボるなんて、背伸びを通り越して何かを飛び越える行為だ。
今の俺にとっては、そう。
だけど、今日はいいんだ。
ゲームセンターに行き、バッティングセンターに行き、ウロウロウロウロ……。
2人で遊び回った。
楽しいのは楽しいが、タケシがいないと物足りない。
アイツは破天荒だからな。
無茶してるのを見ると、それだけで面白い。
チラホラと下校する学生たちが見え始めた頃。
「お、もうそがいな時間か。
お前、塾行ってるんやったよな。塾……イヤ、セミナーいうんか。
大変やなぁ、進学校行ってるヤツは」
パクの言葉に、直樹は一つ、思い出す。
「……なぁパクウ。今回な、俺、パクウに関しては2回約束破っとんねん。
野球スッポかしたのと、タケシの家庭のことを……」
2人は公園のブランコに、並んで座った。
「まぁ、せやな。ああいうのは言わんといたって欲しかったんやけどな。
まぁ、ウチのババァが一番悪いんやけどな。
でもな、今日びのところ、タケシも謝りたい思いよんよ。
ただ何回も言うけど、アレは大分アホやからな。どんなにしてエエんか、分からへんのや。
お前から近づいてったら、また怒ったフリするかもしれへんしな」
「………」
「………」
2人とも、黙り込んでしまった。
直樹はその間、考える。
何か贈り物でもすれば……
あ、これじゃあまたお金にモノ言わせてる感じかな。
…プレゼント。
そういえば先日、慶也が友達の誕生日会に呼ばれていた。
プレゼントを買わなければならないと、母におねだりをしていた姿を思い出す。
「…なぁ、タケシの誕生日っていつなん?」
「えー、アイツは5月やで」
5月……。
「パクウは?」
「え?俺は8月。何やねん」
パクウの誕生日聞いても意味がねぇな。
うーん……
そこで直樹は思いつく。
「そうや!俺、この日曜、誕生日会するわ!俺ン家で。
だからパクウ、タケシ連れて来てくれよ」
「ハア?誕生日会!?お前、この日曜、誕生日なん?」
「イヤ、違う」
「何じゃそりゃ!お前、誕生日っていつやねん」
「知らん!」
「ハア?」
思わず『知らん』と言ってしまった。
直樹は本当に、自分の誕生日を知らない。
ただ拾われた日、これを記念日として、10月8日。
生年月日を記すときはこの日を記して、やり過ごしてきた。
自分の誕生日会。
我ながらナイスアイデアだと思い、直樹は話を続ける。
「一応、俺の誕生日は10月なんだけど、誕生日会なんかやってねぇんだよ。
だから今週やったってエエねん。
パクウは、俺が謝りたいって言ってるって言って、タケシを連れて来てくれよ」
「うーん…でもその場合、普通に誕生日会って言った方がエエんちゃうか?」
「そういうもんなのか?俺は提案しながら相談してんだよ、パクウ」
「うーん…でもなぁ、俺、お前んトコのオヤジさん、苦手やねん。タケシも間違いなく、苦手やからなぁ」
「それなら平気だって。この金曜から来週水曜まで、お父さんは東京の本社に行くんだよ。
ご馳走用意するしさ」
「なるほどな。…よっしゃ、分かった。じゃあ引き摺ってでも連れてくか。祝い事やしな」
そう言って立ち上がるパク。
「……実はな、こないだのこと、ホンマのところは俺も相当頭に来とってん」
パクはブランコに座ったままの直樹を振り返って続けた。
「スッポかされたからとちゃうで?彼女は大事やからな。
お前がタケシの家のこと、イジくったのに対してな」
そうして直樹の顔にスイッと顔を近づけ、
「今日はホンマはな、お前の顔面に一発ブチ込んだろか思うとったんや。
せやけど、そがいにしてできへんわな。お前も悩んどったんやもんな。
考えたら、最初俺らの都合にお前を巻き込んだんやったもんな。
せやけど、貸し借りゼロとかよ、そうやって計算して付き合うんは止めよ。
その言い分の元、今回の誕生日会や」
それを聞き、直樹もブランコから降りる。
「ああ、分かった。だったら俺も今日は来てくれてありがとう、とは言わない」
「よっしゃ、ソレで行こ。
そうやな、お前もう帰らなアカンな。そんなら俺も帰るわ。アホのタケシが勘繰るからな。
ほいじゃな」
そう言って走って行くパクの背中を、直樹はしばらく見つめていた。
やがて自分も帰ろうと歩き出した時、後ろから駆け足の音。
振り返ると、それはパク。
「悪ィ悪ィ直樹!考えたら俺、お前の家知らんやんけ!」
「ああ、そうだったよな」
「何か知らんけど、今日は俺もそれなりに緊張しとったみたいやな。
らしゅうない、アカンアカン!アハハハハハッ!」
自分の家はこのバス停を降りて、この通りを真っ直ぐ行けばすぐ分かる。
そう説明した。
「分かった。ほいじゃあな」
今度は公園のフェンスをひょいッと飛び越え、帰って行くパク。
格好悪かった後に、格好つけてるんだな。
パクウのことも随分分かってきたよ。
あいつは随分とカッコつけだ。
そう思い、ニヤニヤしてしまった。
直樹はセミナーが終わるとすぐに家に帰り、早速日曜のことを土井さんに相談してみる。
「まぁ!直樹さん、お友達を家に連れて来るなんて初めてでしょう。
これは私、頑張らないとねぇ」
「タケシはお肉が好きだからさ、必ずお肉は用意してね」
ああだこうだと思案しながら、やっぱり普通にするのが一番だろうと思う直樹。
土井さんに言われるまで気づかなかったこと。
友達を家に招待するのが初めてだということ。
…いろんなことにかこつけて、家に招待しちまったよ。
後はパクウがうまくやってくれる。
紀子さんも……
イヤ、紀子さんはまた今度だ。
誕生日会っていうのは名ばかりだからな。
直樹は思う。
拾われた記念日が、功を奏しそうです。
『お父さん』
『お母さん』
その日の夜、直樹は紀子に電話で話した。
今日の出来事を。
『相手がオトナで、ほんまに良かったねぇ』
そう言われた。
「そうだよ。だから全部うまくいきそうなんや」
一応イベント事なので、あれ以降パクにも電話していない。
金・土の2日間、日曜を待ち遠しく思い、過ごしている。
仲直り云々、それらを飛び越え、家に友達を呼ぶ。
このビッグイベントはもうすでに直樹のものになっている。
ソワソワと楽しみで、寝つきの悪い2日間はとても心地良かった。
とても天気の良い日曜日。
この日は母もオペラ鑑賞のため、留守。
お誂え向き。
打ってつけの日曜日。
朝から料理の準備をしている土井さんの様子を見て、慶也がゴネ始める。
しょうがないので、仲間に入れてやることにした。
パクにはあの日、昼前には家に来てくれよと伝えてあった。
自分で言ったにも関わらず、昼前っていつだ?何時なんだ?と待ち遠しくて、楽しみで、落ち着かない。
そして10時過ぎ。
チャイムが鳴った。
玄関前で待ち構えていた直樹だが、あまり早くに出ると何となく自分だけがマジなようで気恥ずかしく、2秒ほど置いて返事をする。
「はーい!」
そしてまた2秒ほど待って、ドアを開けた。
「オッス、来たで」
そう言ったパクの後ろに隠れるようにして、タケシが立っている。
俺が謝るのはもうちょっと後にしよう。
2人の格好を見て、そう思った。
2人とも気を遣ったのか、いつものように前髪を上げていない。
パクに関しては金髪のまま、7:3に分けている。
服装も、ドコのおじさんに借りてきたんだよというような、ワニの小さなマークの入ったニットシャツ、ジーンズにスニーカー。
まずは笑ってやることにした。
「おい、何やねん、2人とも。その格好!」
すると後ろからタケシが答えた。
「せやろ!こんなんこっ恥ずかしくてしゃーないんやけど、コイツがよぅ、ちゃんとせなアカン!言うて」
「当たり前じゃ!郷に入れば郷に従え言うてな。俺らの素行で、後で直樹が怒られるようなことがあったらアカンやろ!
エエかタケシ、大人しゅうせぇよ」
家に入る前に説教されているタケシ。
いつもの姿。
「そう言うパクウだって金髪のままじゃねぇか!」
「ハハハッ!イヤ~、金がのぅてな。染めに行けんかってん」
「まぁ遠慮しないで上がってくれよ」
直樹は2人を招き入れる。
玄関には慶也も待ち構えていた。
直樹の友人というのがどういう人なのか、とても興味があった様子。
タケシが慶也を見て、
「アレ。お前、弟か?弟がおるって聞いとったけど、全然似てへんな。
背もデカないし、兄貴と違うてちょっと野生っぽいニオイがするなぁ。なぁパクウ?」
「お前、デカイ声出すな!思ったことすぐ口にすな!」
…直樹はこの時、何となく思った。
パクウは勘がいい。
俺の家庭の事情について、気づいてるんじゃないか、と。
別に言うほどのことじゃないんだけど、2人にはいつかちゃんと話そう。
後ろに立っていた慶也が、2人を見て挨拶をする。
「いらっしゃい。僕、慶也って言います。僕も参加させてもらうことにしたから、誕生日会。
ねぇ兄さん、食事の用意までまだ随分かかるって、土井さんが言うてたよ?
何かして遊ぼうや!
玄関で話してるのも何だからさ、2階に上がってもらおうよ」
「ああ、そうだな」
こういう時、明るい慶也はいろんなことを弁えている。
ああしよう、こうしようが自然と出てくる。
……羨ましく思う。
靴を脱いだとき、パクが不意に気づいたように、声を上げた。
「あ、そうや!お父ちゃんおらん言うてたけど、お母ちゃんおるんやろ?まず挨拶せな。
タケシ、お前も来い」
「あ、お母さんもいねぇんだよ」
「ええ!?そうなん?!ハアァァ……こんなん言うたらアレやけど、ホッとした。
お前の両親に会うって、ほんまに緊張しとってん」
そしてタケシの肩を叩き、
「コイツは一切、そんなこと考えてへんからなぁ、ほんま」
そんなことを言われているタケシ。
キョロキョロと辺りを見回して、落ち着かない。
階段を上りながら、キョロキョロ…。
「……しかし、デッカイ家やなぁコレ。メチャメチャ声が響くやん!」
そんな大したことねぇよ。
そう言いそうになったが、止めた。
「ねぇ兄さん、昨日僕、人生ゲーム買ってもらったんだよ。兄さんの友達が来るって言うからさ。一緒にできると思って。お母さんに買ってもらったんだ」
「何!?人生ゲーム!?あの噂のヤツか!?慶也、早く言えよ!」
テンションの在り処が少し変わる直樹。
「なぁタケシ、パクウ。人生ゲームやろうぜ!やったことあるだろ、2人は」
するとパクが答えた。
「おー、やったことあるでー。何や、慶也の方は兄貴と違うて、そういう遊びもやっとるんやなぁ。
お前の兄貴はほんまにモノ知らんでな。いつもキリキリ舞させられるぞ。
こないだなんかな、街中で遊びよって、腹減ったなーって店入ったらよぅ、『何となくフォルムと色がキレイ』言うて、お前の兄貴、マヨネーズ買いやがったからな!ソレ、どうするつもりやねんいう話やろ!?」
「バッ!バラすんじゃねぇよパクウ!!」
「ハハッ! まぁエエやないか。人生ゲームやろ?俺は強いでー」
そうしてタケシの肩をポンと叩き、
「コイツは人生ゲームやったら必ず子供が4、5人生まれやがる。貧乏子沢山を地で行っとるヤツや」
「ウッサイ!貧乏言うな!」
こんな遣り取り。
今日はまだまだ、ここから始まるっていうのに、もう笑ってばかりいる。
俺のこの日は、功を奏している。
まずは慶也の部屋に入り、慶也の勧めるまま人生ゲームをやってみた。
直樹も一度やってみたかったものなので、これは何の障害もない。
ただ、直樹の頭に常にあるもの。
タケシにちゃんと謝らないと。
できたら2人の時がいいんだけどな……。
パクは隣で、いつになくはしゃいで盛り上げてくれている。
…やっぱりパクは大人だ。
「よっしゃー 俺、エエ仕事に就けた!
コレ、職業にプロ野球選手とかあったらエエのになぁ。プロレスラーとかよぅ。
慶也、お前なかなかゼニ溜まらんやないか。
タケシ、お前何でそんなに子供ができるんや!?車2台分になってまうぞ?」
はしゃぐパクにつられるように、タケシも間違いなくいつものタケシに戻って行く。
タケシは妙に慶也との対話が上手だ。
慶也も『タケシさん、タケシさん』とタケシにえらく懐いているように見える。
兄弟は妹で慣れてるんだろうな。
俺はこれまでタケシのように、慶也に接することはできてないもんな。
その時、部屋のインターフォンが鳴った。
『食事ができましたよ。少し早いですけど、どうぞ』
土井さんの声。
「よし、じゃ途中だけど下に降りて食事にしようぜ」
直樹が言うと、真っ先に部屋を出て行く慶也。
「おいタケシ、直樹。そーっと出ろよ?今俺が一番リードしてるんやからな。金が飛んでしまわんように頼むで。
タケシ、その金チョロまかすなよ?ちゃんと数えとるからな。その金は使えへんぞ、実際には!」
「分かっとるわ!」
パクがいてくれるお蔭で本当に、いつも通りの間で過ごせる。
1階に降りて、まず声を上げたのはタケシだ。
「うーわ!何やコレ!こんなメシ、見たことないんやけど!!」
タケシのその声を聞き、パクも呟く。
「こりゃほんまにゴツイな…!」
テーブルの上にはいろんな料理が載っていた。
真ん中には塔になった、大きなチョコレートケーキ。
1人に1匹ずつの伊勢えびのカルパッチョ風。
サラダにさまざまなオードブル、フランスパン。
大皿に盛られたチャーハン、エビチリ。
その他、和・洋・中の色鮮やかな料理の数々。
奥では土井さんがステーキを焼いている。
「2人はソッチに座ってよ」
直樹と慶也が並び、向かい側にタケシとパクが座る。
「さあ、全部食べちゃう勢いで食ってくれよ、2人とも」
タケシは伊勢えびの甲羅をコンコンと叩きながら、
「コレ、殻もイケるんかなー…火ィ通ってない感じやなー。
俺、こんなでっかいザリガニ、見たことないんやけど」
「アホッ!ザリガニとちゃうわ!ハサミがないやろが!
コレはお前……なぁ、直樹。コレ、伊勢えびやんな?」
それには慶也が答える。
「そうだよ、伊勢えび。今朝届いてん」
「…伊勢えびなんて、言葉でしか聞いたことないなー。コレ、生で食えるんや…」
タケシがそう、ぼそっと呟いた。
ここで直樹はようやく2人に気を遣う。
「まぁ、見物はいいから、好きなように食べちゃってくれよ。
2人とも、チャーハン食べるだろ?金華ハムが入ってて美味しいんだよ。
取り分けるから、ガツガツ行ってや」
そう言って、直樹は4人分を小皿に盛って渡した。
一心不乱に食べ始めるタケシ。
隣で冷静に、タケシの様子を伺いながら食事を進めるパク。
そこに、土井さんが最後の1品のステーキを運んできた。
「皆さん、いらっしゃいませ。直樹さんがいつもお世話になっています」
そう言ってお辞儀をする土井さんに、慌てて席を立つパク。
「あー、えっと、…こん、今回はお招きいただき、本当にありがとうございます」
そうして、横で食事を続けるタケシを叩き、
「おい!お前も挨拶しろ!」
しかし料理の凄さに周りが見えていないタケシは、
「こんにちは」
とだけ挨拶する。
その様子に、パクが頭を抱え込む。
それらが全て、面白い。
「あらあらあら、そんなに畏まらなくていいんですよ?どんどん食べてくださいね」
そう言って、一人ひとりにステーキを配る土井さん。
夢中なタケシに、気が気じゃないパク。
全ての料理をスプーンで食べているタケシに向かい、
「おいタケシ!」
小声だけれど、丸聞こえ。
「行儀良うせぇ言うたやろお前!スプーンでばかり食べるな!」
「あ、そうか」
そう言って、タケシは土井さんに声を掛けた。
「おばちゃん、ごめんやけど箸貸して」
「……ッ!!」
パクはもう、タケシの首を絞めるしかない。
首根っこを引っ掴みながら、
「お前~~~~ッ!!」
その時、慶也が声を上げた。
「あ、そっかぁ。今日はお父さんもお母さんもいないし、いいねソレ。
土井さん、僕もお箸」
直樹もここで思う。
そう、誰も見てねぇんだ。
楽しくって忘れてた。
そして立ち上がる。
「よし待ってろよ。俺が取ってくる。パクウも箸使うか?」
「えぇ?」
隣のタケシの頭を平手でパシッ!と叩くパク。
「全く! コイツだけは!!
…ごめんな、直樹。俺、一応マナーの本とか読んで来たんやけどな。
っていうか、あの人お母さんじゃねぇの?」
「あの人は土井さん。ウチで俺たちの面倒を見てくれてんだよ」
「あぁ、お手伝いさんがおる言うてたな。ほんまにおんねんな。
…そうか。じゃあもっとクダけてエエんやな」
そう言いながら、パクは首に着けていたナプキンをシュルッと外した。
「じゃあスイマセン。俺も箸、貸してください」
「よし、そうしよう」
慶也はタケシの様子を見て、それを真似するように顔を食器に近づけ、ガツガツと食べ始める。
「兄さん、コレすごいわぁ。すごい楽やよ」
「そうだな」
直樹も同じようにして食事を進める。
4人で、ほぼ完食した。
残ったのはケーキがほんの少しだけ。
「ハァ……こりゃほんま、メッチャうまかったなぁ。こらぁ一生忘れられんぞ」
そう言うタケシを、パクは無理やり土井さんの元へと連れて行き、2人でお礼を言っている。
その隣では、すっかりタケシに懐いている慶也が、タケシの袖をぐいぐい引っ張りながら、
「ねぇ、タケシさん。キャッチボールしようよ!野球やったことある?」
「あるに決まってるやんけ!俺は三角ベースの名人やったんや」
「…ってことは、ないんだね?やったこと。僕が教えてあげるよ。外でさ、キャッチボールしよ!」
「よっしゃ、やるか!」
2人が外へ出て行き、直樹とパクもそれに続く。
キャッチボールを始めたタケシと慶也を見ながら、2人は玄関先に腰を掛けた。
「タケシって、年下扱うの上手だな」
「えぇ?そうかな。そんな風に思うたことなかったわ」
タケシは慶也から放られるボールをグローブでキャッチし、そのまま右手に持ちかえることなく、ボールを返す。
それを見てパクが言った。
「おいタケシ!お前、阪神の選手がそうやってボール放ってるか?右手で投げるんやろが、ボールは!
お前、ホンマのトコ三角ベースすらやったことないやろ!」
「あ、そっか。実はグローブ嵌めたのも初めてや!」
大笑いしている慶也。
それを見ながら、パクと会話する。
「実はな、さっきからタケシに謝るタイミングを見計らってんねん、俺。
できたら2人のときに謝りたいし……」
「ああ、そっかー。そういえばそんな話もあったなぁ」
「ええッ!?何だよソレ!パクウ!重要なことだぞ!?何忘れとんねん!こっちはさっきから必死で考えとるのに!」
「ヘハッ!マジメやなー、お前は。
エエこと教えたろか。アイツはな、500歩歩くたびに記憶が1個なくなって行くんや。
エエか、必ず500歩で1個や。
ようけ歩かせとったら忘れるんちゃうか」
「嘘つけ!そんな病気あるかよ!」
「ヘヘヘッ! そらぁアイツも別に忘れてへんやろうけど、ここまで来たらもうエエんちゃうかって言うとんねん。
アイツもいつも通りやんけ。
ほいで謝るにしても、お前が言うたみたいに2人っきりになる必要はないんちゃうか。
変な雰囲気になってまうやろ。
お前が悪かったって思うてるんやったら、今回はタケシに借り作っとったらエエんちゃうか?」
少し考える直樹、ハッとする。
「パクウ、こないだ貸し借りアリ、貸し借りナシなんて考えなくていいって言ったじゃないか!」
それに対して、返すパク。
「だからー、全部マジメに考えんな言うとんねん。場合によりけりや。
こんなにして遊んでるのに、そんなことばっかり考えよったらオモロないやろ。
あんな、『俺はタケシに借りがある』っていうのは、お前が思うとったらエエことや。別に口に出さんでエエ。
口に出さにゃお前がそんなこと考えとるなんて、誰も知らへんよ」
「……じゃあ、俺は今回謝んない方がいいのか?」
「せやから、しゃっちょこばるな言うとんねん」
そう言うとパクは立ち上がり、
「よっしゃ!タケシ、今度は俺と交代や!」
そうしてタケシに投球のフォームを教えている。
紀子さんもそうだけど、パクウも難しい。
楽しいから、いいってことか?
……マジメ、か……。
直樹もスクッと立ち上がり、
「俺にもやらせてくれ」
3人に駆け寄った。
4人は庭で三角ベースのようなモノを始めた。
直樹にとっては初めての野球。
バットにうまくボールが当たらない。
物理的に悩んでみる。
直径約10センチの球が、時速約30キロで飛んでくる。
それをこの細い細い棒で打ち返す。
これだけでも、奥が深い!
顔は笑っているが、そんなことを考えている。
庭に響く笑い声。
……4人は、全く気がつかなかった。
大声で笑い飛ばす直樹。
……直樹はそれ以上に、気づいていなかった。
「………」
パクが突然ボールを投げるのを止め、お辞儀をする。
何だ?
笑顔のまま、振り返る直樹。
……そこにあったのは、父の姿。
一瞬で顔が強張った。
流石の慶也も顔が引き攣っている。
直樹の知らないところで、何かを言われているのだろう。
まだ状況を掴めていないタケシの、
「よっしゃー!続き来-い!」
その声が背中で響く。
そして続いてパクの声。
「タケシ、こっちへ来い!」
タケシはバットを置き、パクに近づいた。
2人は並んで頭を下げながら、
「こんにちは。今日はお招きいただき、ありがとうございます」
そう言って直樹の父に挨拶をした。
……大人の対応。
普段俺は、あれくらいの挨拶は普通にする。
だけど、それ以上の大人の対応。
パクウだって、あの警察署でお父さんに舌打ちをされたことくらい覚えているはずなんだ。
2人の方に首をやり、凝視しながら父が口を開いた。
「これは一体、何の騒ぎだ」
説明しようとした直樹の間に、慶也が入る。
「今日は兄さんの誕生日パーティーだったんだよ、お父さん。
この2人はね、兄さんのお友達で……」
「慶也、黙っていなさい。
お前に言っているんだ、お前に」
父は2人から目を離すことなく、直樹に強く問う。
「今、慶也が言った通りです。僕が2人を招待しました」
唾を飲み込む父の喉仏が見えた。
この行動の後、父は何かを言う。
「誕生日パーティー…。
誰が用意した」
「土井さんにお願いして用意…」
父はいつも、何か言いたいときは最後まで話を聞いてくれない。
割って入る。
「そんなことは聞いていない。その食料は誰が用意したんだ。
何で用意できたんだと聞いとる」
…父は以前からこうだったのか。
今、この状況。
俺は攻撃をされているとしか思えない。
一体この人は俺に何を言わせたいんだ。
「………」
言葉を失い、直樹も黙り込んでしまった。
それを確認し、2人に歩み寄る父。
「まず右の君。君のお父さんとお母さんは、一体何の仕事をしているんだい?」
パクが答えた。
「あ、はい。母は家で焼肉屋をやっています。父はガラス関係の会社を…」
「君は?」
「ウチは……母ちゃんがスーパーでパート。父ちゃんは蒸発しておらん」
よくは見えなかったし、よくは聞こえなかった。
しかし父の背中が揺れたように見えた。
「うちはね、そんな君らとは関係のないところで生きとるんだ。
うちの者の時間を割かんでいただこうか」
重たくて重たくて、どうしようもない空気だった。
……最悪だ。
ここまであった純粋なものを、全て有機的なもので固められた気分。
後ろから飛び掛ってやろうかと思った。
でも、俺にはできない。
勇気がない。
「………」
「………」
俯いてしまった2人。
やがてパクが顔を上げ、
「……あ、そうですね。じゃあ僕ら、そろそろ帰りますんで。
お邪魔しました」
そしてバットとグローブを拾おうとする。
それを見た父、
「触らなくて結構!」
そこまで出す必要のない大きさの声で、確実に恫喝した。
パクはビクッとして、伸ばした手を引っ込める。
そして、もう一度父に、
「……お邪魔しました」
そう言って庭を出て行こうと背を向けた。
玄関を開けながら父が言う。
「慶也、早く家に入りなさい。勉強はどうしたんだ。
お前はまだ、私の望むレベルに達していないんだぞ。
早く入りなさい!」
……父は俺を素通りする。
さっきは名前すら呼ばれなかった。
そう気づくが、そんなものは5%。
生まれて初めて、殺意を持った。
心臓を握り潰すような、この思い。
誰のためでもない。
タケシとパクの後姿に、そう思った。
慶也はもう半べそ状態。
しかし彼もまた、泣いて構わないという教育は受けてきていない。
だから泣きはしないのだ。
黙って自分のグローブとバットを仕舞い始める。
直樹は家に背を向け、2人に駆け寄った。
「なぁ!ちょっと!ねぇ!ねぇって!待ってくれよ!!」
足を止め、振り返る2人。
表情から、怒っている様子には見えなかった。
今一番怒っているのは、俺なのかもしれない。
俺が俺に対する怒り。
許せない。
この許せない俺、2人を呼び止めて掛ける言葉があるのか。
駆け寄りながら口を開こうとする直樹に、パクが笑顔で言った。
「直樹、何か悪かったな。この後お前、怒られるんちゃうか?」
……怒られすらしねぇよ、俺なんか。
「やっぱり俺らみたいなんには、限界があるんかもしれんな。
大人から見たら、俺らみたいなんゴミやからな。
限界かもしれんな。
特に、お前んトコのおっちゃんからしたら、それ以下かもしれんな。
もう、お前に迷惑掛けたらアカンような気がするわ」
「………」
身に詰まされる思い。
神経を耳に集中して、言葉を聞く。
ひょっとしたら、謝るタイミングは今なのか。それとも最悪のタイミングなのか。
そう考えていると、タケシと目が合った。
「タケシ、あのな、」
直樹のそれに被せるように、タケシが口を開く。
「秋月よぅ、俺な、分かっとんねん。こないだのヤツもよ、お前が心配してくれて、俺に言うてくれたんや。分かっとんねん。
だけどなぁ、お前も一回ウチ来とるから知っとるやん。
ウチ、めっちゃ貧乏やねん。
高校行くとか行かんとかな、それ以前に俺が働いて稼がなヤバイんや。
分かってくれ。
ほんで、ありがとう。
お前のお蔭で妹がな……あ、コレはまぁエエか」
「………」
何か言わなきゃいけないが、言葉が出ない。
あくどい俺
卑怯な俺
弱い俺
2人はそのまま何も言わず歩き出し、行ってしまった。
直樹から掛ける言葉は何一つなく、直樹の正義は自分を悪だと信じ、そしてそれを止めようとはしなかった。
これが、3人の決別の時。




