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5. 味方という存在

コツ、コツ、と小さな足音が廊下に響く。

五歳児の歩幅だけど、迷いのないまっすぐなリズム。


(アクシアがこの家に来るまで、あと二週間……!)

どうしてこんなに急に予定が早まったのかしら。これまでの人生では、決まって一か月後だったのに。

まさか、私が動き出したせいで何かが変わったの? ……なんて、物語の主人公みたいなうぬぼれた考えはやめましょう。


『なあ主、あの女のせいじゃねえか? えーっと、マース?』

影の中から、ルシフェルの気だるそうな声が聞こえた。

「マーサね」


ルシフェルの言う通りだろう。あの女、クビになる前に父様にバラしたのね。桃色の髪と目をした隠し子――アクシアの存在を。

私がマーサを追い出したから、父様は私の代わりに「扱いやすそうな」アクシアを呼び寄せるのを早めたんだわ。


「……余計なことをしてくれたわね」

計画が狂ったわ。屋敷の人間を完全に味方につけるには、二週間じゃ時間が足りない。

この短い間に、アクシアを迎え撃つための「お金」を工面して、協力してくれる「味方」をなんとかして見つけないと。

私は足を止めて、窓から庭を見下ろした。

そこには、植え込みに隠れて必死に紙を見つめている、兄のジュリアンの姿があった。

(……なにを見ているのかしら?)

私は音もなく庭へ降り、ジュリアンの背後に立った。


「何をしているの? ジュリアン兄様」

「うおっ!? セレスティーナ、お前っ……いつからそこにいたんだよ!?」

飛び上がって驚くジュリアン。彼は慌てて、持っていた紙を茂みの陰に隠した。隠しているつもりだろうけど、七歳児のやることはバレバレだわ。


「アクシア……。さっきお父様が言っていた子ね。その子の調査書? どうしてお兄様が持っているの?」

「別になんだっていいだろっ!! あっちいけ!!」

やれやれ、と私は心の中でため息をつく。まるで砂場で遊び道具を独り占めする子供ね。あ、この体も五歳だったわ。

「お兄様、その紙を私にも見せてください」

「はあっ!? 嫌だね!!」

全力の拒絶。でも、深追いする必要はないわ。

私はちらっと、影の中にいるライラを見た。ライラは無言のまま、静かにうなずいた。彼女の「一度見たものは忘れない」という能力で、紙の内容はすべて記録できたみたいね。


「……そう。またね、お兄様。情報の正しさには、気をつけたほうがいいわよ」

私はジュリアンに、わざとらしく完璧な笑顔を見せて背を向けた。



部屋に戻ると、ルシフェルが窓際で退屈そうにしていた。

「ライラ。さっきお兄様が持っていた紙の内容を教えて」

「はい。アクシア様からのお手紙が一枚と、情報屋からの報告書が一枚です。アクシア様は手紙の中で、ジュリアン様がこれから行く家の次男だと知った上で、助けを求めているようでした」

「……あなた、目もいいのね。素晴らしいわ。ルシ、紅茶とクッキーの準備をして。これから作戦を練り直すわ」

「……御意。主、俺を最高の給仕か何かだと思ってないか?」


文句を言いながらも、ルシフェルが指を鳴らす。

部屋にいい香りが広がり、テーブルには一番おいしい温度の紅茶と、サクサクのクッキーが並んだ。

(お兄様は完全にアクシアの味方。お父様も私を利用する気満々。……二週間後には、私を何度も殺した宿敵がやってくる)

冷めた紅茶を一口飲んで、私は決意を固める。

「……アクシアが来る前に情報を整理しましょう」


「失礼ですがセレスティーナ様。アクシア様が来てもセレスティーナ様ならやっていけると思うのですが。」

「そうだよ主。主は誰よりも強いだろ?なぜそんな対策をとる必要があるんだ」

ルシフェルも、クッキーをかじりながら鼻で笑った。

私は二人を見据え、静かにカップを置く。

……言わなければならない。この二人にだけは。

今まで、何度も言おうとした。でも、誰も信じてくれなかった。「五歳の子供が何を言っているんだ」と笑われ、最後には裏切られて殺されてきた。

でも、今この目の前にいるライラなら。私のすべてを捧げて雇った、この娘なら。

「……ライラ。これから言うことを、一言も漏らさず聞きなさい」

私の声が、自分でも驚くほど低く震えた。

部屋の空気が一瞬で凍りつく。ルシフェルも、茶化すのをやめて真剣な目で私を見た。

「私は……これが七度目の人生なの」

「……えっ?」

ライラの瞳が大きく揺れる。

「私は、今までの人生で何度もアクシアに殺されてきた。刺され、毒を盛られ、絶望して……。そのたびに、私は五歳のこの日に戻ってくるの。誰も信じてくれなかったけれど、これは夢でも妄想でもない。私の魂に刻まれた『事実』よ」

私は震える手で、自分の首筋をなぞった。

そこには、前の人生でアクシアに切り裂かれた痛みの記憶が、今も鮮明に残っている。

「彼女は、魔力で戦う相手じゃないわ。人々の心を操り、味方を敵に変え、最後には私を『悪女』に仕立て上げて破滅させる。……私は、もうあんな終わり方は嫌なの。だから、あなたが必要なのよ。ライラ」

部屋の中に、重苦しい沈黙が流れる。

ライラは、じっと私の目を見つめていた。私の瞳の奥にある、五歳児にはあり得ないほど深い、絶望と怒りの色を。

やがて、ライラは静かに膝をついた。

「……驚きました。ですが、納得もいきました。五歳のお嬢様が、なぜこれほどまでに冷徹で、未来を見透かしたような目をしているのか」

ライラは私の手を取り、自分の額に当てた。

「お嬢様。あなたが六度も地獄を見てきたというのなら、七度目の今回は、私がその地獄を終わらせる剣になりましょう。……信じます。いえ、あなたの言葉こそが、私の世界の真実です」

「……ライラ」

胸の奥のつかえが、少しだけ軽くなった気がした。

初めて、誰かと「運命」を共有できた瞬間。

「……ふん。重い話だな。だが、俺様がついているんだ。七度目の正直ってやつを見せてやろうぜ、主」

ルシフェルが乱暴に私の頭をなでる。

「……ありがとう、二人とも。」


その時、部屋のドアを叩く音が静かに響いた。

今の話を聞かれていただろうか。……いや、ルシフェルが結界を張っているはず。外に漏れている心配はないわ。

「……どなた?」

「セドリックでございます。」


その声を聞いて、私の心のトゲが少しだけ丸くなるのを感じた。

セドリック。この屋敷に長年仕えている、立派な髭が特徴の老執事だ。

彼は、私がまだ本当の子供だった頃から、唯一分け隔てなく遊んでくれた人。先代の当主様……つまり私のおじい様の代からこの家にいて、お父様のことも子供の頃から知っているらしい。

この冷え切った公爵家の中で、彼は唯一の「味方」だった。

カシエル兄様にも、ジュリアン兄様にも、そして私にも。彼はいつだって平等に、優しく接してくれた。前の人生でアクシアが来た後も、彼だけは最後まで態度を変えずに私を支えてくれたっけ。

「入ってちょうだい、セドリック」

扉が開くと、背筋をぴんと伸ばした老紳士が、柔らかな微笑みを浮かべて入ってきた。

「失礼いたします。おや、そちらの新しい侍女の方もご一緒でしたか。仲良くされているようで何よりですな」

セドリックが、ライラを見て目を細める。彼がいるだけで、部屋の空気が少しだけ温かくなる気がする。

「でしょう?とてもいい子で助かっているの。それで、どうしたの?」


私が問いかけると、セドリックは少しだけ表情を引き締めて、私の耳元に顔を寄せた。

「実は当主様が、お嬢様をお呼びでございます。……それと、この老いぼれの耳に少し入ったことなのですが。どうやら当主様、セレスティーナお嬢様に『家庭教師』をつけるおつもりのようですな」

「……家庭教師?」

私は思わず聞き返した。お父様が、私に教育を受けさせる?

今までの人生では、そんな話はもっと先のことだったはずだ。やはり、マーサを追い出したことで、お父様が私に利用価値を見出したのか。

「ええ。明日の朝には、その教師がこの屋敷に到着する手はずになっているとか。……お嬢様、当主様はあなたを『公爵家の看板』として、早急に仕立て上げたいご様子です」

セドリックの声には、私を心配するような響きがあった。

お父様にとって、私はただの「商品」だ。高く売るために磨き上げろ、ということね。

(……ふん。面白いじゃない。わざわざ向こうから『知識』という武器を持ってきてくれるなんて)

私は内心で冷たく笑った。

お父様は私を教育するつもりかもしれないけれど、私はその教師から、この国の情勢や高度な魔導理論をすべて吸い取ってやるわ。

「教えてくれてありがとう、セドリック。お父様のところへ行くわね」

「お気をつけて、お嬢様。……あまり、ご無理をなさいませぬよう」

セドリックの優しい視線に見送られて、私は部屋を出た。

背後にはライラ、そして影の中にはルシフェル。

頼もしい仲間がいるってこんなにも強い気持ちにさせるのね。

アクシアが来るまであと二週間。私はもう、一人じゃない。

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― 新着の感想 ―
マーサはさくっと殺すか、大魔道士的に隷属系の魔導をかけるなりすれば良かったのに。 自分に敵意を持ってる人間を野放しにするのは一番の悪手です。 隷属魔法とかは魔導には無い感じなんでしょうか? チートタグ…
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