第4話:惣菜という名の散財
私の担当週が終わり、いよいよ「男たちの改革」と彼らが豪語する週が始まった。
最初の担当は、息子の翔太だ。
「飯できたぞー。ほら見ろ、俺にかかれば一瞬だ」
リビングに翔太の自信満々な声が響く。
食卓を見た私は、思わず眉をひそめそうになるのを堪え、無表情を保った。
そこにあるのは、見事なまでの「茶色」一色だった。
スーパーのパックに入ったままの唐揚げ、コロッケ、メンチカツ、そして春巻き。プラスチックの容器がそのままテーブルに並べられ、蓋だけが剥がされている。
野菜は、申し訳程度に添えられた変色したレタスが一枚のみ。汁物はない。
「どうよこれ。スーパーで買ってくるだけ。調理時間ゼロ。皿洗いも自分の茶碗と箸だけ。これが『タイパ』ってやつだよ、母さん」
翔太はドヤ顔で唐揚げを頬張った。
隆もビール(もちろん、私が用意したものだ)を飲みながら、満足げに頷く。
「うむ、悪くない。揚げたてじゃないのは惜しいが、電子レンジを使えば十分食える。聡子、お前はいちいち手間をかけすぎていたんだよ」
二人はパックから直接、箸で惣菜をつついている。
私は無言で席につき、自分の分として分け与えられたコロッケを一つ、皿に移した。
酸化した油の匂いが鼻をつく。
「……いただきます」
口に運ぶ。衣が厚く、中身はパサついている。
彼らはこれを「効率化」と呼ぶのか。
私は心の中で溜息をついた。別に惣菜が悪いわけではない。忙しい時の味方だ。けれど、それを毎日続けることの意味を、彼らは理解していない。
◇
そんな「茶色い食卓」が三日続いたある夜。
私は家計簿アプリの画面を翔太に見せた。
「翔太、ちょっといい?」
「ん? なに?」
「食費のことよ。この三日間で、一週間分の予算の八割を使っているわ」
出来合いの惣菜は、自炊に比べて割高だ。しかも彼らは「足りないと困る」という単純な理由で、四人家族でも食べきれない量を買い込んでくる。その上、割引シールが貼られる時間を待つような知恵もない。
「はあ? そんな細かいこと言うなよ」
翔太はスマホから目を離さずに言い放った。
「母さんが働きに出て稼ぎが増えたんだろ? その分、食費に回せばいいじゃん。ケチくさいなあ」
予想通りの答えだ。
私は冷静に返す。
「私の給料は、家計の赤字を埋めるためのものじゃないわ。それに、お金だけの問題じゃないの」
私は翔太の顔を指差した。
「鏡を見てみなさい。額に大きなニキビができているわよ」
「えっ」
翔太が慌てて自分の額を触る。
「揚げ物ばかりの食事、野菜不足、過剰な塩分。あなたの今の食生活は、脂質異常症予備軍のそれよ。若いからまだ代謝で誤魔化せているけど、内臓には負担がかかっているわ」
私はさらに隆の方を向いた。
「あなたもよ。最近、寝起きに胃もたれすると言っていたわよね? それは夜遅くに酸化した油を大量に摂取しているから。市販の胃薬を飲む前に、食生活を改善するのが『治療』の第一歩よ」
薬剤師としての知識に基づいた、的確な診断と忠告。
家族の健康を管理するのも、主婦という仕事の重要な一部だったのだと伝えたかった。
しかし。
隆は面倒くさそうに手を振った。
「あー、また始まった。お前のその説教くさいのが嫌なんだよ。飯くらい好きなものを食わせろ」
「そうそう。母さんの料理、味はいいけど『健康のため』とか言って味が薄いんだよな。こっちの方がガッツリしてて俺は好きだね」
翔太はニキビを気にしながらも、意地になってメンチカツを口に押し込んだ。
二人は、私の言葉を「雑音」として処理したのだ。
その瞬間、私の中で、彼らに対する最後の「親切心」が消え失せた。
私はかつて、彼らの将来の病気リスクを減らすために、あんなに献立に頭を悩ませていたのに。
「……そう。わかったわ」
私はふっと力を抜いて微笑んだ。
怒りはない。あるのは、実験結果を見届ける研究者のような冷徹な好奇心だけ。
「好きになさい。担当週のやり方に口出しはしない約束だったわね。ごめんなさい」
「わかればいいんだよ、わかれば」
隆と翔太は勝利したかのように笑い合った。
私は自分の分のサラダ(これだけは自分で買ってきた)を黙々と食べる。
彼らは気づいていない。
私の財布の紐が固く締まり、私の「管理」という守護が外れた今、彼らが自分たちの身体と財布を切り売りしていることに。
テーブルの上には、食べ残された揚げ物が、冷えて油を滲ませながら転がっていた。
それはまるで、これから彼らが辿る未来の姿のように見えた。




