第六十二話
❀潜入調査、最終戦❀
古代の墓碑や骨壺に刻印されたトカゲ像の意味は、太陽と復活の象徴を担っている。……なんて説明は省略するぞ。いくらなんでも爬虫類に武器が文鎮なんてのは、無理があるからな!
天井を破壊してあらわれた巨大なトカゲは、螢介を捕食対象と見なして長い舌をのばしてくる。リュックサックから顔だけだすフッチは、「シャーッ!」と威嚇したが、飛びだされては困るため、なるべくトカゲに背をむけないようにして逃げまわった。
「なんなんだ、こいつは。どっから出てきた!?」
「ふむ。こやつこそが、雨賀佐邸に害悪をもたらした張本人じゃな。天蔵よ、得意の聞書をしてみるか? それくらいの時間ならば、かせいでやるがのう」
ひらりと、トカゲの尾をかわす風估は、螢介に向かって提案する。……いや、無理だろ。聞書もなにも、相手は爬虫類だぞ。はやく倒したほうが無難じゃねーのかよ?
「わしは老体ゆえ、このような巨大な生きものを相手になどできぬよ」
「な、なんだって? それじゃ、どうするんだよ、こいつは……!」
もはや、雨賀佐邸は倒壊寸前である。風估の指示で中庭へ避難した螢介は、二階の窓を横切る炎估の影を見た。
「あいつ、なにやってるんだ?」
巨大なトカゲが足をまえへ踏みこむたび、建物全体が振動する。ガラガラと音をたてて崩れる家屋は、雨賀佐邸の終わりを告げているようだった。雨の勢いが弱まり、螢介はまずいと思った。トカゲを退治しなければ、さくや亭にはもどれない。
「おい、トカゲ! なんでじぶんの棲家を壊すんだ! 帰る場所がほかにもあるのか!?」
ギョロッとにらまれた螢介は、一瞬、トカゲの声をきいた。……うん? こいつ、なにか云ってる? 「天蔵、ぼさっとするでない」風估の声と同時に、炎估が二階の窓から飛びおりてきた。トカゲの背に乗り、螢介に向かって一枚の葉書を投げつける。地面に落ちて汚れてしまったが、宛先は雨賀佐邸であることは読めた。
「これは……、写真じゃない」
座布団に伏せてあった紙切れは、写真ではなく葉書だった。老婦人の実家から送られてきたもので、彼女の弟にあたる人物から「姉を返せ」という、なかなか深刻な内容が綴られている。政略結婚とまではいかなが、お嫁に選ばれた家族にとっては、望まない縁談であったことがうかがえた。
「ったく、ややこしいな。男女の痴情ってやつか? だれがしあわせで、だれが不幸だったかなんて、そんなのは、いまさらだろ。生きているうちに、死にものぐるいでなんとかしろよな! 雨賀佐邸の決着をつけろ、炎估! おれが、この家の終焉を見とどけてやる!」
螢介に指図されて不本意といった表情を浮かべる炎估だが、風估の存在に目をとめ、舌打ちをした。
「天蔵よ、こちらへ」
風估に呼ばれて塀の裏側へ身を低める螢介は、十翼の凄まじい力を目のあたりにした。暴れ狂うトカゲの足もとに着地する炎估は、踏みつけられそうになるが、太い足は燐火に包まれ、巨大な爬虫類は火山のように赤く燃えあがった。背後の家屋にも飛び火して、わずか数十秒であたりは焼け野原となる。ザアッとふりしきる雨によって鎮火されたあと、黒い大地が延々と視界にひろがった。
「す、すげぇ……」
螢介にたいして防炎の風を発生させていた風估は、「見事だが、あいかわらず派手だのう」といって、小さく息を吐いた。停留所にバスが到着している。雨は、いまにもやみそうだ。螢介は、あわてて走り、バスに駆けこんだ。「ご苦労さま」という運転手の声は、亭主だった。
「先生!」
「さあ、帰ろうか」
あとからバスに乗りこむ十翼のふたりは、「じゃまだ」と炎估、「ふう、疲れたのう」という風估が、螢介の脇を抜けて座席につく。背中でフッチがニャアと鳴くと、螢介は、びしょぬれで裸足であることに困りつつ、ひとまず、近くの吊り革につかまった。バスは、霧のなかをゆっくり発進する。螢介は、亭主の横顔を見つめ、雨賀佐邸での出来事を整理した。
……それぞれの立場で苦しんでいた人間が、あんなバケモノになってまで、想い人に執着してたってことだよな。なにもかも消えてなくなっちまったけど、これでよかったンだよな?
亭主や十翼は、相手の思考を見透かす達人だが、こんなときにかぎって、螢介の疑問に答えるものはいない。座席に立て掛けてある黒傘の玉先から、雨の水滴が落ちていた。
〘つづく〙




