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あやし聞書さくや亭《十翼と久遠のタマシイ》  作者: 地底乃人M


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第五十三話

❀ネコが家出した❀




 螢介は気にしていなかったが、雪里少年は頭をさげてばかりいた。


「ほんとうに申しわけありませんでした。父と母を救ってくださり、ありがとうございます」


「もういいってば。おれより、十翼の連中に感謝したほうが正解だと思うし、」


 実際、邪悪なタマシイと亡人(もうけ)を退治したのは地估(ちこ)で、螢介のしたことは聞書(ききがき)くらいである。それさえも、亭主の力に影響をうけてのことであり、雪里に感謝されても、なんとなく気まずい。「これを、お返しします」淡青(みずいろ)の傘をうけとった螢介は、「雪里が、ユッくんだったンだな」といって笑った。


「あの日、ぼくは川で溺れて死ぬ螢介さんのタマシイを、母の食糧(かて)として、持って帰ろうとしたんです。ですが、さくやさんがあらわれて、黒い傘をあたなへさしだした。もう、螢介さんのタマシイは、ぼくには見えなくなってしまい、あきらめました。……それからしばらく、悪霊みたいな父のほうをなんとかできないかと思って、事故現場に何度も足を運びましたが、父は、ぼくまで轢き殺そうとしました。そうしたら、あのひとが黒い傘をさして歩いていて……」


「あのよ、雪里。無理に話さなくていいぞ。おれのなかではもう解決してる件だ」


「……す、すみません、こんな話、聞きたくないですよね」


「それもちがう。解釈ってのは人それぞれでいいと思うけど、今回だけは譲れない。はっきり云っておく。おれは雪里を恨んでねぇし、過去が知りたい人物はほかにいる。だから、もうひきずるな。現実(いま)をしっかり生きてくれ」


 やや突き放すような口ぶりだが、雪里少年は涙を浮かべて「ありがとうございます」と頭をさげ、「これからもお世話になります」といって、笑顔をつくってみせた。……ああ、そうか。こいつも、先生にタマシイをつかんでもらったから、ここにいるのか?


「ああ、よろしくな」


 螢介は、雪里と握手をして別れた。番傘をさして帰る少年の足どりは軽い。生まれた時代は異なるが、近しい年齢につき、友人としての交流を予感させる。死に直面したさい、亭主があらわれた境遇も似ていた。螢介は「ふう」と息を吐くと、軒下の飯茶碗へ目をとめた。丸一日、ネコの姿を見ていない。


「雨がふってるのに、どこをふらついてンだ、あいつ……」


 ふと、雨宿りをする斑猫(ぶちねこ)の存在を意識して、「おまえ、いつからそこに」と、つぶやいた。ネコよりも、ひとまわり大きなからだをしている。……(オス)っぽいな。野良猫か?


「おいで。そこはぬれるだろう」


 口にしてから、ネコを呼んだときと記憶が重なり、螢介はハッとした。……まさか、こいつもただの猫じゃない? 内心あせったが、斑猫はトコトコ歩み寄り螢介の足もとで、ニャアと、ひと声鳴いた。


「おまえ、野良猫か? それとも……、いや、待て待て。おれの考え方がおかしくなってるな。猫は猫だ。そうだよな?」


 しゃがんで斑猫の頭を撫でる螢介は、わずかなあいだに思考が現実離れしてきたじぶんを(いさ)めると、「おいで。なにか食べさせてやるよ」といって、斑猫を抱きあげた。おしりにふたつの玉がついていたので、雄だと判明する。


「よしよし、おとなしいな、おまえ。まずは足を洗うからな」


 泥水で汚れた足を風呂場で洗い流してから台所へ連れていくと、斑猫は螢介の腕から飛びおりて、床に置いてあるネコ用の茶碗へ鼻を近づけた。においを確認しているのだろうと思い、螢介は気にとめなかった。炊飯器の白米を皿に盛りつけ、かつおぶしをふりかけてコトッと床に置く。斑猫は警戒するようすもなく食べ、ニャアと、満足そうに鳴いた。



「おまえ、名前はあるのか? おれは天蔵螢介だ。先生に云って、おまえをここで飼ってやれたらいいのにな」



 螢介は犬好きだが、なぜか猫との縁が深い。斑猫の態度はおとなしく、愛嬌のある顔をしている。雨のなかを追いはらうのは気がひけた。




〘つづく〙

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