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あやし聞書さくや亭《十翼と久遠のタマシイ》  作者: 地底乃人M


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第五十一話

❀風估と地估❀




 光あつまる天に影あり。影おちるところに光あり。十翼とは陰陽の両儀によって(しょう)じる自然が人型を()した現象である。性質にはそれぞれの(あたい)に名前がついており、八掛にたとえて炎估(えんこ)風估(ふうこ)地估(ちこ)と呼ばれていた。そのほか、雷估(らいこ)水估(すいこ)なども存在する──。




「あの高校生、天蔵螢介は、わしらのことなど、なにも知ってはおらん。清々(すがすが)しいほど、亭主に夢中だしのう。いまはな」


 螢介が帰ったあと、石づきなめこ商會では、風估と地估が会話におよぶ。


「彼が事情を説明すれば(亭主のことだよ)、首をひねって、あきらめると思うのかい」


 地估の問いに、風估は鼻で(わら)った。(みせ)の帳場に坐って商人(あきんど)らしく算盤をはじく。店内の商品に顔を近づけてながめる地估は、風估よりさらに古い時代までさかのぼる存在だ。見た目は小柄だが、石突(いしづき)滑个(なめこ)という若者(わかもの)のタマシイが抜けたからだにとどまる風估より、年長者である。



「天蔵の小僧にかぎらず、生物(いきもの)(みな)貪欲さ。わしらとて、似たようなものじゃわい。……そういうやつを、見ているからのう」


「炎估だね。ぼくとは相性が悪いといって、かれこれ、二百年近く逢っていないかな」


炎估(やつ)もまた、天蔵の小僧とは異なる意味(性愛ではない)で、くらやみの亭主に夢中だからのう。……あやつこそ、いいかげん、認めたほうがはやいだろうに。しかし、気に喰わないといった理由で、なんでも()きつくす性分(しょうぶん)は、どうにも厄介だのう。血気盛(けっきさか)んの若造(わかぞう)は、わしの手にあまるわい」


「ぼくは、ひさしぶりに愉快だ。天蔵螢介くんを気に入ったよ」


「小僧をか? あいかわらず、ご老体のくせにいい趣味をしておるな。ならば、雨がやむまで、商家(ここ)にとどまるがええ。空き部屋を自由に使ってよいわ」


「どうもありがとう。それはそうと、とても繁盛しているようには見えないけれども、雪里(ゆきさと)少年の身をひきうけるくらいの経済力はあるようだね。ぼくとしては、風估くんは(あきな)いには向いてないと思っていたよ」


 ほこりをかぶった商品を横目に、地估は、螢介の活躍を期待して、しばらく商會に居座ることにした。近しい範囲に三人の十翼がとどまることはめずらしく、ふつう、互いに距離をおく。むやみに影響をあたえる理由を、生みださないためである。生まれながらに固有性質を(そな)えている十翼は、なりたいもの(、、、、、、)になることはできない。努力や運しだいで、望んだとおりの未来をきりひらける人間のほうが、ずっと自由な生物なのかもしれない。



 雨のなかを歩いて帰る螢介は、さくや亭の屋根が見えてくると、心がざわついた。変わらない景色がなつかしいと思えるほど、いまの生活に順応していることに気づいた。雪里の件については、ひとまず決着はつけた。あいまいな部分は説明を求めず、ひとまず放置してある。なにより、亭主の正体を、あるいは痕跡をたどることがいちばん重要だった。螢介の頭は、風估いわく、本人が思う以上に、亭主のことでいっぱいのようすで、軒下で雨宿りする斑猫(ぶちねこ)には目もくれず、玄関の鍵をあけた。


 さくや亭の窓口係として、アルバイトを継続する螢介は、書道教室で使う道具の手入れをしたり、電話当番をしたり、亭主の留守をあずかった。



「ふう、もうこんな時間か。……先生は、いつもどこへ出かけていくんだ?」



 昼食を作るため台所へ向かうとちゅう、ブーブーッと呼び鈴が鳴った。……生徒か? どうせなら、午后に訪ねてこいよ。


「あの、ごめんください。螢介さん、いませんか? ぼくです」


 硝子戸越しに雪里少年の声が聞こえ、螢介は内側から玄関の鍵をあけた。




〘つづく〙

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