第四十一話
❀螢介、独白❀
……最悪とまでは云わないが、突然やってきたネコとの夫婦生活は、思っていた以上に長くつづいた。
なにしろ、日付変更線どころか、軽く百年以上はくだっている。目にはいるものすべてが旧式で、火鉢に米櫃、木造家屋や網戸のない窓も、曾祖父母の時代をにおわせる。……探せば、若いころのひいばあちゃんに逢えたりして。
浴衣を着て生活するおれとネコは、夫婦として一軒家を借りていた。むろん、ネコに炊事洗濯はできない。朝から晩まで、気ままなようすである。さらに、布団が一組しか敷けない間取りにつき、おれはネコと同じ空間で寝ている。夜になるとネコは裸身で布団のなかへもぐりこんでくる。眠ったふりをするおれは、いつも浴衣を脱がされるが、その気になったことは、いちどもない。……あの、きれいでふしぎなひとだけが、おれの性質を悩ませる。いまのところ、そういうことにしておく。
ちなみに、おれたちの仕事は、よろづやみたいなもので、雑用をたのみにひとがくれば、話を聞いて、現場に向かい対処する。おれたちの借家は商店街のさきにあり、夕刻になると、買いものついでに依頼人が、生活費に困らないていどの割合で(都合よく)まいこんでくる。ほんじつの客は、燕子花の単衣が目を惹くご婦人だ。
「いらっしゃいませ」
おれは笑顔の商売人を演じて、応接室(といっても窓辺に長机と椅子を配置してあるだけ)に案内した。「突然おうかがいしてすみません」「いえいえ、どうぞお気軽に、なんでもご相談ください」「……ありがとうございます」なんてやりとりには、すっかり慣れた。おれの容姿は高校生のままだが、この界面に飛ばされたとき、なぜかいっしょに住民票を持っていて、天蔵螢介、二十五歳と記してあった。……実年齢とは八歳も上の設定なのに、意外とうたがわれないもんだな。……おれの顔、そんなに老けて見えるのか?
お茶を淹れて湯呑みをさしだすと、ご婦人は「お気づかいなく」と云いつつ、ひと口のんだ。依頼の内容は、息子を探してほしい、とのことだった。婦人が見せた写真は、あの少年とよく似ていた。学ランではなく夏服姿だが、まるっきり本人だ。おれは、あっさり承知して、婦人が用意した前金をうけとった。
『じぶんのむすこをさがしてくれとは、どういうことなのだ?』
「なんでも、学校に行くといって家をでたきり、翌朝まで帰らない日がつづいてるらしい」
『むむ? ちゃんと、かえってきているではないか。しょうねんの、なにがもんだいなのだ?』
「まあな。下校のあと、どこをふらついているのか調べてほしいって意味だろ(個人的には、男の朝帰りなんて、放っておけばいいと思うけど……。たとえ未成年だとしても、なにが起きても自己責任だぜ)」
おれとネコは、卓袱台を囲って飯を食う。白米と味噌汁、焼魚と漬物といった献立が基本だ。ネコは、白米と焼魚しか食べない。……なんで化猫と夫婦設定で商売やってんだよ。これも、先生の思惑どおりなら、やりきってみせるけど。いつまでつづけりゃいいのか、さっぱりだ。
かれこれ、ひと月は経過している。ようやく、少年の母親らしき人物が事務所を訪ねてきたが、これですべて解決するのか、わからない。いまは、おれにできることをするしかない。
「さっそく、あしたの朝から張りこみだな。帰りは何時になるかわからねぇから、戸締まりしてさきに寝てていいぞ」
『にゃにゃ? あたしもいっしょに、はりこむぞ!』
「おれひとりで平気だよ」
『けいすけだけでは、なにかあったら、たいへんなのだ。あたしがついていれば、いろいろとあんぜんなのだ』
……安全ねぇ。あまり期待しないでおくけど。ネコの場合、容姿が目立つから、尾行には向いてねぇ気もするが。
その夜、おれは変な夢をみた。
〘つづく〙




