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あやし聞書さくや亭《十翼と久遠のタマシイ》  作者: 地底乃人M


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第三十七話

❀少年B❀




 石突(いしづき)滑个(なめこ)の主人に助けを求められた螢介は、黒傘をさして雑木林のなかを歩き、ふたたび商會へ足を運んだ。とても繁盛しているようには見えないが、商品棚には細々(こまごま)とした雑貨がならんでいるし、衣類もとりあつかっていた。いまのところ螢介の着るものは、学ラン以外、この(みせ)で買っている。


「うわ、たしかにこれは、耳が痛いな……」


 はいるなり、少年のものと思われる苦しげな声が、呪文のようにひびいてきた。頭のなかに直接語りかけてくるようなイメージだ。


「わしには、意味がわからぬ。人間のことばは、伝わらないのだよ」

「……伝わらない? でも、なめこさんはおれと会話してますよね?」

「おぬしのタマシイは、くらやみの亭主がつかんでおるからな」

「それ、よく云われるけど、だからって、おれは十翼でもないし、空蟬とか亡人(もうけ)になんて、なりたくないですよ」

「おぬしは何者でもないわい。(おか)にいるかぎり危険はつきものじゃが、亭主が封じたウロコには、十翼とて手がだせぬ」

「……ウロコなら、一枚なくしたけど」

「ほう? それは愉快だのう」

「愉快なもんか。まさかネコにとられるなんて思わなかった……ですよ」

「あれは十翼のなりそこないみたいなものだからのう。おぬしのウロコが、めずらしかったのだろう」 

「ネコは、十翼じゃないのか?(敬語が面倒くさくなった)」

「ただの化猫(ばけねこ)じゃ」

「ば、ばけねこ……」


 風估との会話は、予想外の結論に至る。十翼だと思いこんでいたネコの正体は、化猫らしい。……なんだ、そりゃ。ネコは妖怪だったのか? 化猫の定義は不明だが、なんとなくすっきりした螢介は、商品棚の料紙を拝借して、少年が眠る座敷へ向かった。風估は「近づくと頭が割れそうになる」といって、廊下にとどまった。螢介だけが敷居をまたぎ、少年の枕もとに坐った。



「……死んだのか」



 あまりにも安らかな寝顔につき、思わず声にでた。しかし、商會中にひびき渡る声は、少年の心の叫びでまちがいない。螢介は料紙をひらいて文鎮でおさえると、筆を(おこ)した。墨液は必要ない。穂先に神経を集中させると、じわっと、墨がふくんでくる。……おまえの話は、おれが聞いてやる。だから、しっかりしろ。おまえはまだ、生きられるはずだ。そうだろう? ……先生。



 筆をもつと、さくやの気配を感じる螢介は、どんな仕掛けであろうと助かったと思った。聞書に挑むのは、ひとりではない。さくやの目的であり、たとえ利用されていたとしても、かまわなかった。……役にたってやる。おれにできることは、なんでもやってやるさ。べつに先生のためじゃない。全部、おれの勝手だ。


 螢介は、スゥッと息を吸いこみ、ゆっくり吐く。そして、天井で渦を巻く声のひびきに耳をかたむけた。書き記すさい、手もとは見ない。意識は指と連動する。誰かが「さあ、一画目だ」と、ささやいた。



 かすれた声で少年が唄う。「夜になる、依るになる」「(まが)ごころ、深くなる」「ぼくの、ねたみ、深くなる」



 ……くそ、またこの唄か。「る」の文字は、毛筆だとやっかいなンだけど、書くしかねぇよな!




〘つづく〙

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