第2詩・人類と神話の戦争時代
(2025/04/18追記)文章の情報量を追加しました。
────アメリトリア王国。
リバティ城・城内の謁見の間。大理石の広間に星の煌めくアメリトリアの国旗と天使像が並ぶ空間である人物が時人を待ちわびていた。それはザッハークと顔に深い傷跡のある白い髭を伸ばした老人──アメリトリア国王その人、デイヴィッド・J・フィーニスだ。
デイヴィッドは、控えめな金色と鳥の羽根が意匠された冠を被り、白い軍服のような恰好で、鷲の紋章が刺繍された重厚なマントを着用している。白い髭を自ら触るその手には、赤い宝石の指輪が二つ嵌められていた。
「……ようやく、か。それで中に入った魂は何者かわかるのか、竜王ザッハークよ」
威厳ある王の声に、ザッハークは身を震わすこともなく、泰然とした顔のまま頷いた。
「名を天艸時人。安泰な世を生きた青年の魂です。これといった危険性は見られませんでした。ただ……」
「ただ?」
「千里眼の能力と、別に常時とある魔法が使用されている状態です。私の血の影響ではなく、どの地に堕ちてもいいように創り手が施したものでしょうね」
「なんと」としゃがれた驚き声で返す。
「まさか、言葉が通じたのか」
「ご察しの通り。彼自身はまだ気付いておりませんが、後にわかることでしょう。それよりも千里眼の方ですが……」
ザッハークの表情が少し暗くなる。
「アレは使用させてよいものではございません。本人の身体に多大な影響を及ぼします。最悪、死に至るかと」
「では、なぜ神はそのような眼を少年に?」
「…………身体に合った使い方さえ理解れば、負担は少ないのかと。あるいは魂がもっと上質であれば……」
言い切らぬまま眉をしかめ、瞬きをする。
この者がここまで表情を動かすとは、とデイヴィッドは髭を弄りながらそう思った。
「まあ、良い。無理に使わせることはない」
「ですが他の者達が望みます。先程、神の啓示を望んだ教徒達が千里眼を使用させ、その影響で出血する問題がありました。重々警戒するべきかと」
「悪気はないのだろう。お前が注意し、守ってやればよい。その、アマクサ・トキトの親になってやれ」
「……私に親の資格はございません」
「そんなことはない。ニーズも言っていたがあの身体にはお前の血が混じっておる。神が創ったにしろ、子どもには目に見える親が必要なのだ。その親に最も適任なのはお前だ、ザッハーク」
ザッハークは不満げに、納得のいかない表情をする。それをデイヴィッドは微笑むように鼻で笑った。
「お前はこういう話をすると表情筋がよく動くのお。他国の皇帝に嫁入りしないかと言ったときもそんな顔をしたな」
「…………それは……そもそも、私は女性ではありませんので」
「性別が無いのだ、どちらでもいいではないか。アキレスはお前に女として生きてほしいようだがな」
ははは、としゃがれた声で笑う。
アキレス・A・アエテルヌス。
トラキア大帝国の皇帝にして、15年前から竜王ザッハークに求婚中の男である。
「お主の愛する者に息子が出来たと報告しておこう。あれは子がいないからきっと喜ぶぞぉ」
「おふざけもほどほどに。そろそろ、天艸時人の姿がお見えになりますよ」
***
「無理です」
──即答だった。
侍女達によってすっかり綺麗にされた時人は、謁見の間でデイヴィッドの問いに首を横に振った。
英雄になるのは無理だと。
「……オレ、ぃや、わ、わたくし? は、一般人でして、英雄だとか、救世主なんて、そんな……」
謁見の間にはデイヴィッドと宰相のプロムス、ザッハークの三名だけであったが、以前は経験しなかった空気に言葉を選びながら目を回してしまう。そんな時人の様子をみながらデイヴィッドは一息つきながら髭を触った。
(すごい、ふわふわしてそうな髭だ……)
「キミ」
「はいっっっ!?!?!?!?」
ビクッ、と体を震わせる。
「そう、緊張せずともよい。話は聞いたぞ。アマクサ・トキトといったな。戦争の経験もないとか」
「は、はひ……あの、誰から、名前を……」
まだ名乗ってないのに、と心のなかで言う。デイヴィッドはもう一度髭を触り、ザッハークへ視線をやった。視線に誘われるように時人もまたザッハークを見る。
──目覚めた部屋で見た顔だ。
視界が真っ赤に染まっていた故にはっきりとは見えなかった顔だが、時人はそう確信した。
「その者は同じ血が流れている者であればある程度、記憶や視界の共有ができる。名をザッハーク。この地に住むドラゴン達の長であり、キミの保護者だ。母親とでも思っとくれ」
「保護者」という言葉に、ピクリ、とザッハークの片眉が動いた。一方時人は更に硬直する。
「え…………あの、それは、どこから突っ込めば……」
困惑しながらうまく言葉が出せずにいた時人は改めて謁見の前を見渡す。目の前にいる老人はこの国の国王とのことだが、同じ部屋にいる全体的に黒い格好をした180cmはあるだろう人物は自分と記憶や視界の共有が出来るといい、ドラゴンという非現実的な生物の長であり、しかも自分の母親だと話した。
──本当にどこから話を聞けば良いものか。
そんな時人を見て、デイヴィッドは納得したかのように小さく溜め息をついた。
「この世界の話をここでちゃんとしておこう。キミはどうやら本当に何も知らないようだ」
「は、はい。ありがとうございます……」
(聞いても英雄は無理だけど……)
「……20年前の出来事だ。我々は平和に暮らしていた。戦争も無く、文明を築き、ただ幸せになるために生きていた。そこへ突如、空から光と闇が矢のように降ってきた」
──明るい青空が一瞬で白と黒に染まり、緑豊かな地が、一瞬で赤い水溜まりへと変貌した。
「その光と闇は地面を抉り、我々人類が築いた平和と文明をことごとく破壊した」
──多くが死んだ。多くが殺された。多くが殺し合った。世界中で一斉に起きた大災害を、神による終焉だと悟る者も居た。しかし実際は、ただの流れ弾だった。
「我々の見えぬ場所、見えぬ領域で天使と悪魔が殺し合っていた。この地球はその流れ弾で破壊されたのだ」
──光と闇は空間そのものさえ貫き、あろうことか魔物を招き入れた。魔物は地を荒らし好き放題にしては人間をも喰らう。だが絶望はそこでは終わらない。
「ドラゴンが現れたのだ。ドラゴンは魔物を喰らい、中には人間に手を出さぬ者もいたが、自ら進んで人間に襲いかかる者も多かった。それが五年続いた。我々はどうにか、ドラゴンや魔物と戦争をし生き残った」
──そしてある日、一人の少年が現れる。
「名をアンリ。アンリ・ユーストゥス。奇跡にも精霊と友人になった彼は魔法とその勇気で我々の戦争を止めた大英雄だ」
──ドラゴンと話し合い、仲間に率いれ、戦争を終わらせる。中には従わないドラゴンもおり、それらはもう人の住んでいない地へ飛び立った。
「それが、15年前。そしてキミの身体が赤子の姿で、光と共に天から地へ堕ちてきたのだ」
──人類は確信した。まだ戦争は終わっていない。それどころか天使か悪魔か……戦争の勝者が今度は地球を狙ってくるかもしれない。きっと今度は流れ弾ではすまされない。
「君は、神が我々に施したもう一人の英雄であると、我々は確信したのだ」
デイヴィッドの話を、時人はただ黙って聞いていた。
目覚めてすぐ出会った祭服の大人達の様子からきっと何か深い事情があり、自分が転生したと思われるこの世界で起こっていることには真摯に受け止める気でいたが──予想以上に非現実的で時人にとってはゲームの話を聞かされた気分だった。
だが、時人がこれを信じることが出来るきっかけがひとつ、先程あったはずだ。確かに見た、何者かの姿と突然の大量出血。
(……目が合った、黒い人のようなアレは……きっと幻覚や夢なんかじゃない)
そう思えるだけの実感が時人の身体に染み付いている。見てはならぬものを見た。その実感はデイヴィッドの言葉を現実として受け止めようとしてくれている。
(でも……なんで、オレなんだ? だいたい、アンリって人が英雄ならどうしてそんな赤子に希望を託すんだ?)
すっかり黙り混んでしまった時人を見たデイヴィッドは、髭を触り、再び納得したように小さく溜め息をついた。
「…………時間が必要か。よかろう、プロムス」
「はっ」
「演説は無しだ。だが目を覚ました事は報道せよ。少しでも民に希望を与えねばな。レヴィ、そこにいるか?」
「は、はい! ここに!」
名を呼ばれ急ぎ足で謁見の間へ入るレヴィ。
時人と目が合うとニコッと笑みを浮かべた。お互い、姿を見て少し安堵する。
「君はアマクサ・トキトをグラン=シルウァロードの住処に案内しておやり。城には人が多すぎる――何かあって連れ去られてはたまらぬからな。キミ達がしっかり守るのだぞ」
「はい! かしこまみみ……かしこまり、ました!!」
(噛んだ!)
レヴィは顔を真っ赤にしながら、時人と共にぎこちない足取りで謁見の間から出ていった。




