第1詩・目覚め
(2025/04/18追記)文章の情報量を追加しました。プロローグで修正した部分は以降の話でも修正していきます。
重い瞼を開く。
そこには見覚えのない白い天井。3度だけ、ゆっくり瞬きをした。
(…………病院……)
確信したわけではなく、ただその単語が頭をよぎった。ここにくるまでの記憶はないが、自分の部屋じゃないことは理解できたからだ。
いったい、なぜ自分が病院にいるのか。状況を把握しようとしたその時、右から自分とは違う呼吸音が聞こえることに気が付く。斜め横へ重い頭を動かすとキラキラとした珍しい黄金と青いメッシュ、角のような髪飾りをつけた頭が、そこにはあった。
(女の子? ……外国人、か……)
そこにはベッドに頭を乗せて眠るツインテールの可愛らしい少女の姿があった。当然、知らない子だ。迷子だろうか、起こしたほうがいいだろうかと細くなった手を伸ばす。指が髪に触れようとする瞬間、それを感じ取ったのか、少女はビクッと体を震わせてはパッチリと大きくて透き通る蒼い瞳を見せた。
「……起き、たの? ……」
(日本語……?)
時人は疑問を浮かべながらも少女のその言葉になんと返せばいいのかわからず、ただ素早く3度瞬きをする。それを見た少女は勢いよく起き上がり、驚愕の色をあらわにした声をあげては部屋から飛び出してしまった。
(……なんなんだ、今の。かわいい子だったけど凄い声だしてたな……)
今は理解しなくてもいいか、とまずは体を起こす。ここでようやくある違和感を覚えた。
病院で眠っていたのであれば何かしら体についているものだが、包帯も管も、何か病院で眠るような原因になるものが全く見当たらない。それどころか、己の体そのものが自分の記憶より少し小さくなっているように感じた。
細い脚、細い腕。小さな足、小さな手。前よりも短くなっている指で恐る恐る自分の顔に触れる。
「? ……??」
────強烈な違和感。
ほんの少し小顔になった頭を撫でまわす。あの目立った赤茶髪が、藍色にも見える黒髪に染まっている。触った感覚だけでは全貌はわからないと、己の姿を確認するために鏡が無いか辺りを見渡す。すると新たな違和感を見つけた。
病室にしては少し広すぎるように感じる。そして豪華すぎる。それはもう、かつて仲村に見せられたファンタジーアニメ漫画にあるような貴族の部屋を思わせる空間が目の前に広がっていた。
「……あ、ぅ………………」
驚愕のあまりか、喉が渇いているせいか、慣れていないのか、恐らくその全てが理由でうまく声が出せなかった。
──何かがおかしい。何もかも、変だ。
混乱する時人の前に部屋の扉が開く。先程の黄金色の髪をした少女と……明らかに日本人とはいえない顔つきで見慣れない祭服の大人たちが爛々とした瞳で部屋に入ってきた。
「おお、おお! 本当に目を覚ましておる!」
「ついにこの日が! ああっ、長かった!」
「神の落とし子よ。どうか我らを救いたまえ!」
時人を見てはざわざわと騒ぎだす大人達。それを黄金色の髪をした少女が止めにかかる。
「みんな、あんまり騒がないであげて。びっくりしてるわ」
少女の言葉に場は静まった。
状況が一向に飲み込めない時人はただただ困惑した表情で、部屋に入ってきた大人達を見渡した。そしてその中の一人の老婆に気が付く。その老婆は全身がうつる程度の縦長の鏡を手にしていたのだ。
その鏡は時人へと向けられていた。
「こ、ここッ……この顔……なんで!?」
驚愕する声をあげながらベッドから飛び上がり、鏡へと飛びかかる。喉の渇きはいつの間にか忘れていた。
鏡の前に映る自分の姿は、別人だ。
18歳の青年だった面影もない。自分がどういう顔をしていたのかすら、頭から飛び抜けてしまいそうになるほどの他人だ。目の前に映るおぞましい現実に背筋が凍る。
──いったい、誰だ。鏡の前にいるのは。ここにいる自分は本当に天艸時人なのか。こんなのありえない。目が覚めると自分の姿が変わっているなんて非現実的にも程がある。
(……そう、だ……そもそもオレはどうしてここにいる? どうしてこんなことになってるんだ!? )
なんとか受け止められる事実を探そうと、鏡を見つめながら僅かに記憶をたどり始めた。
──帰宅途中、歩道にいたら何かがぶつかってきた。恐らく、車だ。踏み間違いかなにか、暴走した車に轢かれてしまったんだろう。
そこまではなんとか辿り着く。しかし自分が自分でなくなっている原因だけはどうしても思い出せない。そもそも、そんな記憶は存在しないとでもいうように。
「…………大丈夫?」
ハッ、とした。
少女の顔が、心配そうに時人の顔をのぞいている。
大人達もまた、それを見て再びざわつき始めた。
「目覚めたばかりなのに鏡がなんなのかわかるのか? それも言葉が通じているぞ」
「やはり特別な子だ。神のご加護があるのだ」
「ああ。神は我々を見棄ててはいなかった…!」
「…………あの……」
混乱したままの時人は群がる大人たちへ問いを投げた。
「なんなん、ですか? これは……一体……」
うまく説明ができない。けれどどうにか状態の理解ができていないことを伝えようとした。
「……あの」
一人、部屋にいた大人の男性が声をかけてくる。
「もも、もしや、神の子としての自覚が、無い……?」
「神の子……?」
その言葉に眉をしかめる。そういえば、と先ほどのくだりを思い返した。
──神の落とし子よ。どうか我らを救いたまえ!
──やはり特別な子だ。神のご加護があるのだ。
(……神の落とし子だとかなんとか……え? オレのこと?)
時人の反応に、大人たちは先程とは違うざわつきを見せた。それはなにかを疑うような視線だ。
(な、なんなんだ? この人たち何を言ってるんだ? ……神のご加護とか神の子とか神秘的なものとか……)
そこまでいってようやく頭が回り出す。思い出したのは仲村の姿だ。彼がよく見せてくる作品の中に、似たような展開のものがあった。
(確か……なんていうんだっけな。転生もの、だっけ? ……じゃあ、これは……)
「あれ、オレ死んでる?」
「え? 今なんと?」
「ああっ、えっと、その!」
ゴホン、とわざとらしく喉をならす。
今、確実にしたいのはひとつ。自分が何者であるかだ。
「……あの、オレってぇ…………」
「神の子だ!」
まだ言葉の途中で、その場にいた大人達が大声でそう声をあげた。
──神の子。
にわかには信じがたい言葉に、時人は頭をかかえる。それをみかねた少女は心配そうな表情のまま説明をした。
「……神の子とまではいかなくても、貴方は神様が地上におとしてくれた子なの。ずっと眠っていたから知らないんだと思うわ?」
「……神様が落としてくれた子……?」
「そ、そうじゃ、試しに精神を集中させてみたらどうですじゃ。啓示がおりてくるかもしれませぬ」
先ほどの老婆が上を指差しながら提案をなげかける。周りの大人たちもそりゃいい、と顔色が明るくなった。
「そうだ、レヴィのいう通り眠っていたから知らないのだ。どうですか我ら未来の英雄よ。神のお言葉に耳を傾けて頂けますでしょうか……? 場所に問題があれば、教会へ案内します故、どうか……」
(レヴィ……この子、レヴィっていうのか)
レヴィと呼ばれた少女のほうを振り向くと、目が合い、レヴィは優しく微笑んだ。
ドキリ、と時人は感じたことのない感覚に思わず手で顔を覆う。
(……?)
何を勘違いしたのか、大人達はそれを見て「おお、傾けてくださいますか!」と歓喜の声を出した。これには時人も驚いたが、期待のまなざしでみる大人たちにかける言葉も見つからず、とりあえず形だけで誤魔化すことにする。
「 ……ああ、じゃあ、ちょっと集中してみます……」
──できるわけないけど。
と思いながら時人は手をどけて目を閉じる。精神統一といえば、目を閉じるイメージがあった。
(神の声、神の声ね。変なオカルトにつかまってしまった感は僻めない気もするけど…………ケイジって具体的になんだ? わからないな……神様といえば天にいるイメージ? おばあさんが上を指さしてたな……空? 宇宙の彼方?? ──ッ?)
意識を上に向けたその時だ、時人の瞼の裏に見たこともない景色が現れる。空、宇宙の彼方か。
──まさか、と思いながらもその先に集中する。
集中、してしまう。
瞼を開けていないのに、瞼の裏ではない世界が広がっていっては、視界が乱れた。そこは赤だったり、青だったり、白だったり、色の無いなにかが蠢き、蠢き、蠢き──その奥にある、白い黄金の部屋で誰かを視た。
(……あれ……今、目が合っ────)
ゴポッ びゅ、 ブシュブシュブシュ
***
アメリトリア王国の東部、首都に位置する城。名をリバティ城。
リバティ城は、一見白亜の館のように見える造りになっている。整然と並ぶ白い円柱が正面に鎮座し、中央には威厳あるドーム屋根が青空に映えた。
ドームの背後には尖塔がいくつもそびえ、屋根一帯は深く澄んだ緑青色で統一されている。金属の光沢を帯びた屋根は日光に照らされると神々しく輝きを放った。その姿はまるで都市全体を治める祭壇、あるいは聖域のように見える。
そんなリバティ城の廊下を、アメリトリア王国の宰相、プロムス・サギッターリウスが竜王ザッハークと共に目を覚ました元赤ん坊のいる部屋へと向かっていた。
「竜王ザッハーク殿! 貴方が神の落とし子をこのリバティ城に連れてきてからはや15年経ちますが……いやあ楽しみですなあ。一体どのような御方なのか。やはり英雄らしい威厳に満ちたお声でその振る舞いは……」
「おい」
プロムスのあらゆる期待を含んだ声に対し、ザッハークは圧を帯びた鎮めるような声で返し、そのまま言葉を続けた。
「英雄だろうが幼少期は皆ただの子どもだ、あまり期待しすぎるな」
「おおぅ、そうなのですか? 失礼。私英雄はアンリ殿しか見たことがないもので」
「……アイツに威厳があるかどうかも怪しいが──」
言葉が途切れるのと同時に、ザッハークの動きが一瞬止まった。
(……今のは……)
「? ザッハーク殿――」
そう名を呼んだとき、既にザッハークの姿はなかった。
時人のいる部屋の扉が大きな音を立てて開かれる。部屋の中では天井を見上げながら顔から血が吹き出し痙攣する少年と、その横で困惑するレヴィの姿があった。レヴィは扉を開けた人物に気が付く。ザッハークだ。
「竜王! どど、どうしよう!? アタシ、アタシ血を止めようとしたんだけど止まらなくって……!」
「下がっていろ」
ザッハークは信者を押しのけながら、迷いなく時人の前で膝をつき、彼の頭を両手で優しく持ち上げて声をかける。
「おい、しっかりしろ。聞こえるか? 視るな。落ち着け、その先は視るな。オマエが今視るべきなのは上ではない」
「ぅ、ぐ、が!? ア、ア、ア、ァ」
「呑まれるな……時人。大丈夫だ、落ち着いて、私を見ろ。目の前を意識しろ。オマエなら出来る。オマエなら自力で抑えこめる筈だ」
「──はあ、は……はあっ! ぜぇ……ッ…………ぁ……!!」
ザッハークは言葉をかけ続け、次第に時人は意識を取り戻していくのが端からみて理解できた。その様子に場は、ホッ、と一息をつく。
「よ、良かった……一体、どうしちゃったの?」
「……顔を拭ってやれ」
問いには答えず、ザッハークは時人の様子を見つめる。口と目、鼻や耳から噴き出していた血が顔じゅうを染めている、誰が見てもひどい状態だ。
(……なん、だ……すごく、痛い……このひと、だれだ? なんか、名前を呼ばれた気がする……)
頭痛と熱、気持ちの悪い胸やけと眩暈が時人を襲う。視界は真っ赤でじくじくと瞳に痛みがはしった。口のなかは鉄の味でいっぱいだ。
「い、今からタオルで拭うね? 痛かったら言って?」
レヴィの言葉に時人はただ頭を上下に振った。なにが起きたのかまるで理解できない。ただ、もう二度と上を見たくなくなったのは確かだ。それを感じ取ったのか、ザッハークは立ち上がりながら「それでいい」と同意する。
「あまり余計なものを視るものじゃない。危うく死ぬところだった」
「……? ……!?!?」
一同が驚愕し、場が静まる。そんな中、疲れた様子でプロムスが部屋に入ってきた。
「急に先に行かな……ど、どうしたのです!? 血がこんなに!!」
「陛下には私から報告する。血が止まったらシャワーでも浴びさせて新しい服でも着せてやれ」
そこまでいうと、ザッハークは再び時人の方へ視線を向けた。真っ直ぐとした赤い瞳だ。
「今後、遠いモノを集中して視るのは控えろ。オマエ達も子ども一人に群がるんじゃない。侍女を連れてこい」
「ザッハーク殿、もうよろしいので? 検査の方は?」
「それは終わった」
ザッハークが颯爽と部屋から出ていくと、プロムスはやれやれと溜め息をついては手を軽く叩いた。
「ほれ、皆の者。竜王の言うとおりさっさと部屋を出ないか。ああレヴィ、お前は残ってくれ。同い年の子がいたほうがその御方も落ち着こう」
プロムスにそう言われ、祭服の大人達は何やらぼそぼそと呟きながら部屋を出ていき、入れ替わるように数名の女性が部屋に入ってくる。彼は呆然とする時人に対し、こうべを垂れた。
「私はこの国、アメリトリア王国の宰相を務めております。プロムス・サギッターリウスと申すものです。この度はようやくのお目覚め、おめでとうございます」
そう丁寧に挨拶をするプロムスだが、時人が何か返事をする間もなく淡々と言葉を続けた。
「未だわからぬ点はございましょうが、ザッハーク殿からなんともないということなので――入浴を終えたら身支度を。国王陛下との対面の後、その他安全等を確認次第、演説を行います」
「こ、こくおう? えんぜつ?」
「詳しい話は後程」
プロムスはニコッ、と微笑んでからあれこれ侍女に指示を出し始めた。




