第24詩・新たなドラゴンとの出会い
「ねーオマエだれ?」
「レヴィレヴィ、このヒトなぁに? くってもいいの?」
「えっ」
「ダメよオルフェ。そしてマラク、この人はこれからここに住む新しい家族なのよ」
レヴィの言葉に一瞬、ドキリとする。
新しい家族。改めてそう言われるとどこか照れ臭いものがあり、時人にとってはどこか不安のある言葉だった。
赤い子竜と青い子竜は二頭で顔を見合わせては、時人のほうを見て嬉しそうに騒ぎ出す。
「わーーいあたらしいおにいちゃんだ! おなまえなぁに? ボクはマラク! こっちの青いのはオルフェ!」
「オレは天草時人。時人でいいよ」
「じゃあトキトー! あそぼーあそぼー! ねぇねぇちょっとかじってもいい?」
オルフェは時人の腕に頭をすりすりと擦りながら瞳を輝かせた。
「かじられるのは、ちょっと……」
(この鋭い牙で噛まれたら甘噛みでも血が出そうだし……)
そう断ると、じゃあ、とオルフェは時人の頬を舐める。
「おわわっ!?」
「ちょ、ちょっと! オルフェやめなさい! トキトの顔がヨダレまみれになっちゃうわ!」
レヴィは二頭を止めに入るが加減の知らない力で振り払われ、その隙にマラクが入り込んだ。
「ずるいずるい、ボクにもちょっとアジミさせてよ」
「物騒なこと言わなぶわあっ」
両方から顔を舐められる時人は、予想以上の重さからつい座り込んでしまう。
時人の位置が低くなったせいかオルフェとマラクの顔がぶつかってしまった。
「いったい、マラクはあっちいって!」
「なんだよオルフェ、メスなんだからどくのはそっちだぞ!」
「かんけいないし! かんけいないし! さきにペロペロしたのオルフェだもん! オルフェがさきだもん! まだオルフェのばん、おわってないもん!」
オルフェはそう言いながら時人の顔前でジタバタと暴れ始める。これにはマラクも困った反応を見せ、一歩引いた。
「なにおこってんだよ!」
「やだやだー! マラクきらい! きえちゃえ!」
「ちょ、ちょっとふたりとも──」
時人は二頭を落ち着かせようと腰を上げるが、今度はオルフェ以上にマラクが暴れ始めてしまった。
「きえるのはオマエだぞっオルフェ!!」
「マラクのばかーーーー!!!」
二頭は大きく口を開け、マラクは炎を、オルフェは氷を一斉に吐き出した。
レヴィがベリアルとの戦いで見せた、ブレスだ。
「──!」
ブレスとブレスがぶつかりあう直前、黒い鎧姿の女性が見えたと思うと炎と氷のブレスが黄金の塊と化し砕け散った。
中心から現れたのは一目でドラゴンだとわかる雰囲気をもった美しい女性。宙に浮いた金箔を、ふぅ、と一息すると金箔は集まり金銀財宝へと姿を変える。それを見たまわりの子竜は瞳を輝かせ時人も喧嘩も忘れて金銀財宝へと食いついていった。
ザッハークはそれをみて、やれやれと呆れた溜め息をつく。
「ファヴニール、喧嘩を止めるのは良いが無闇に金を増やすな。オマエの力は人間社会に悪影響を及ぼしかねないのだから」
「そうでしょうか。けれどここは我等ドラゴンの地。人間の街に持ち込まなければ問題ないかと……」
ところで、とファヴニールと呼ばれた鎧の女性は時人へ視線を向けた。
「少年が例のアマクサ・トキトか」
ファヴニールの言葉に今度はレヴィがとびついた。
「そうなの! トキト、あの方はファヴニールお姉様! 触れたものを金銀財宝に変える力をもったドラゴンなのよ」
(って凄いヨダレ……! タオルタオル……)
「凄いなそれ……! どっ、どうも初めまして、これからこの街でお世話になります!」
「…………」
ファヴニールは物言わないまま時人へと距離を詰め、涎まみれの顔にそっと触れた。時人がそれに驚き一歩下がろうとしたその時、マラクとオルフェにつけられた涎が金箔へと形を変え時人の顔からこぼれ落ちていく。
(タオル探した意味っ……い、いいえ! こっちの方が臭いもとれて良いわよね! ……多分)
「あ、ありがとう、ございます……ほんとにこんな……凄い……」
時人も子竜達のように金に瞳を輝かせる。お金が特別好きというわけではないがブレスや涎でさえ金に変えるファヴニールの力には誰でも瞳を輝かせるだろう。まさかのザッハークでさえも、その金には目を奪われていた。
ファヴニールはじっくり時人の顔を眺める。
「……家を見たら休憩に入る前にニーベルングで服を仕立てて貰うといい。ファーフナーが少年に会うことを楽しみにしていた」
「は、はい……」
(また新しい名前が……)
「ふふ、今日は色んな方に会えるわねトキト。さあ、まずは家に向かいましょ! ねぇ竜王!」
「……ああ。ファヴニール、オマエは仕事に戻るのか?」
「ええ。我はこれからヒスパニアへ遠征予定です。ニーズを連れようと思いここに来たのですが」
「ニーズなら先ほど仕事に戻ったばかりだ。森の方に行けばすぐに会えるだろう」
「ですか。ありがとうございます……それでは」
ファヴニールは人型のまま翼をひろげ、空へと飛び立った。
「……完全にドラゴンに戻らなくても飛べるものなの?」
「うーん。アタシは出来ないけど……ファヴニールお姉様は原初に近しい古いドラゴンだから、色々規格外なのよね。竜王はもっと規格外だけど」
「ザッハークさんも触れたものを何かに変えられたりするんですか?」
「…………私のはああいった輝かしいものではない。……さっさと行くぞ」
ザッハークはさっさと歩いていき、時人とレヴィは、待ってくださいと言いながら走ってついていった。
ザッハークの足は周りの家よりも少し大きなレンガの家の前で止まった。
家は二階建てで、可愛らしい雰囲気があり、花壇にはいろいろな花が植えられ、丁寧に手入れされているのが見て取れた。
家の中にも外からわかるほど花であふれており、もはやお花屋さんの状態だ。
「はい、ここがトキトの住む家よ!」
「へぇ……なんか凄い可愛い家だね。この花はレヴィが揃えたの?」
時人がそう言うとレヴィは首を思い切り横に振った。
「ち、ちちち、違うの! この家はね、貴方が目覚めるまで竜王が貰った花の置き場にしていたのよ」
「竜王が貰った花!?」
時人はチラリとザッハークの顔をみる。いつも通りクールな顔で言葉を返してきた。
「……トラキアの皇帝が会うたびに花を贈ってくるものだからな、枯らすのも悪いだろうと保管しているだけだ。私が手を加えているから花粉症の心配はない、生活に支障は無いぞ」
「そうなんですね! 皇帝から花を贈られるって凄いです!」
「…………くだらない話はここまで、ファーフナーに会いに行くんだろう?家の中に荷物を置いていくといい、部屋は好きな場所を選べ。私はリビングくらいしか活用しないからな」
わかりました、とキャリーバッグを持ち上げ玄関の扉を開ける。ザッハークが、そうだ、と時人に声をかけた。
「大事な話があると言っていたが、それは腰の剣のことか?」
「ああはいっ! そうなんです、これ……」
「見ればわかる。話はファーフナーに会ったときにしよう。ニーベルングには鍛冶屋もいるからな……剣は部屋に置かず持ってくるといい」
「わかりましたっ!」
時人は玄関から家のなかへ入り、まず周りを見渡した。
(……凄い、綺麗だ……高級な家って感じ……)
木々の優しい色をした床を歩き、階段を前にする。あまりレヴィ達を待たせてはいけないと思い1階の探索は諦め、2階へと上がっていった。
数ある扉の中で選んだのは一番奥、開いてみるとベッドや机、クローゼットや本棚、花が置かれた綺麗で広めの部屋に出会う。
「ここでいい、のかな……外観が綺麗すぎて落ち着かないけど……ダメだったらバッグ置く場所変えるだけたしいっか。レヴィ達のところ戻ろう」
時人はキャリーバッグを床に置くと部屋から出る──直前、部屋に戻りベッドの布団に転がった。
「…………ふぅ」
もふもふとした布団を味わい、誰もみていない今、心を落ち着かせる。
まだ半日もたっていないというのに多くのことがあった。監獄に騎士団が来て子ども達を連れていったり、エタと別れレヴィと再会したり、ドラゴンに乗り空を飛んだり、子どものドラゴンに迫られたり、ファヴニールという女性が触れたものを金銀財宝に変えるのをこの目で見たり、非常識とファンタジーとの巡り合わせに実は頭が混乱していたのだ。
(…………あんまり待たせるとレヴィとザッハークさんが心配するかな……)
あまり気をつかわせたくはない。
時人は起き上がり布団を整えると、玄関へと向かっていった。
「ここが"ニーベルング"という名の店だ。中には仕立て屋のファーフナーと鍛冶師のミーメ、万屋なんかを経営しているアルベリヒがいる……今日はみんないるようだ。挨拶が楽になって良かったな」
「そう、ですね! ……えっと…………この建物であってるんですか?」
時人が不安気な声でザッハークに問いかける。それもそのはずだった。辿り着いた建物はひび割れており、扉を開けたら崩れてしまうのではと思うほど不安定に見える。
「みっ、見た目はこんなだけど、外観より建物はしっかりしてるし、中はちゃんと綺麗だから安心して! ほらみて煙突からケムリが出てる! ミーメくんが仕事に没頭して話を聞かなくなる前に入りましょ!」
「う、うん」
(ミーメ……くん……歳近いのかな。どういう関係なんだろう……よし、会う前に気持ちを整えて……あっ……!?)
深呼吸する間もなく、ザッハークにより扉が開かれる。すると中から外にもれるほどの黄金の輝きが見えた。
床、壁、天井、全てが黄金。黄金以外のなんでもないギラギラとした内装に唾を飲み込む。
「外観との差はなに!? 風邪引きそう! いや眩しいなんなんですかここ!?」
「ニーベルングよ。ドラゴンの本能というか……恥ずかしい話、アタシ達こういうのが好きだから……」
え? と思わず聞き返す。レヴィは少し照れくさそうにし、前髪を整えた。
(そういえばマラクとオルフェって子もファヴニールさんの財宝にくらいついてたな……ドラゴンってみんなキラキラしたものが好きだったり? なんかカラスみたいだ……)
「言っとくけど、カラスとは違うから」
「え!? オレ口にしてた!?」
「えっ? それ思ったってこと!? もー!」
「ご、ごめんごめん……えっと、キラキラしたものが好きなわけじゃ……ない?」
「き、キラキラしたものが好きじゃない訳じゃないけど……」
言葉の途中で知らない妖艶な声が介入する。
「ふふ。ワタシ達ドラゴンは黄金が好きなの。魔力のこもった金銀財宝なんて大好物。人間よりも先にその価値を見出だし、人間が黄金に惹かれる要因を作ったワタシ達は人間よりもお金が好きなのよ!」
ピンク色の長い髪をもつメガネの女性は爬虫類のような顔でニッコリと笑い、くねくねと腰を振りながら時人達へ近付いてきた。
「ヤバい系のヒト!?」
「アラ。アラアラアラ。随分と……可愛い命ねぇ……それなのに剣なんて腰にかけちゃって、もう……あ・ぶ・な・い・子っ」
ベリアルと同等か、あるいはそれ以上に甘ったるい声で一瞬頭が眩む。それを察したザッハークとレヴィは時人の前へ移動する。メガネの女性はそれをみて満足そうに微笑んだ。
「アラ。アラアラアラ。ごめんなさいね、ワタシの悪い癖が出ちゃったみたい……それで今日は何の用かしら。我等が王よ」
「用件より先に時人とオマエ達の挨拶を済ませたい、構わないか?」
「もっちろん。トキト、そう、トキトというの。人の子、人の命、ああけれども虚の血が巡りし小さな命よ。ワタシの名はファーフナー。ニーベルングの管理人にして仕立て屋をやっているわ。よろしくね?」
「は、はい、よろしくお願いいたします……」
(うつろの血ってなんだろう……独特な言い回しをする方だな……)
「そしてあっちでカンカンやっているのが──」
こちらの会話に気が付き、とんがり帽子を被った小さな背丈の男が鋭い目付きで振り返る。時人と長い間目が合うと、ハッとして帽子を深く被り作業に戻っていってしまった。
「あの子がミーメよ。鍛冶屋をやっているわ。武器や防具を見てもらったり作ってもらったりできるから、仲良くしておいた方がいいわよ」
「はい……ミーメさん! オレは天草時人です! よろしくお願いします!」
カンカンと音が鳴り響いている中、大きな声で挨拶をする。聞こえているのか聞こえていないのか、恐らく聞こえているがミーメは振り向きもせず作業を続けた。
「……あのね、ミーメくんはちょっと人見知りなの。仕事の話になればちゃんと聞いてくれると思うわ?」
「うん。まあ、大声で言っといてなんだけど仕事中に挨拶するオレもどうかと思うし……あとは万屋のアルベリヒさんだっけ?」
「呼びましたかな?」
死角からにゅっと飛び出てきた男に、うわああっと驚きの声を上げ、時人はそのまま尻もちをついた。レヴィは時人を起き上がらせようとし、男はニマニマと自信の髭を撫でながらそれを見下すように眺めていた。
しかしザッハークに睨まれ、慌てて時人の腕を引っ張り起き上がらせた。
「これはこれは失礼、よもやよもや竜王の子とは気付かず申し訳ございません……ああっ! 吾輩としたことがー! 挨拶が遅れました。吾輩はアルベリヒ。ぽんこつミーメの兄にして、他のドラゴンよりも超美男子超優秀超一流ぶっちゃけ世界の支配者って吾輩じゃねのアルベリヒでございますぅ~!」
「…………」
「……世界の支配者は言い過ぎたかも?」
アルベリヒはザッハークを横目に手を擦りながらそう呟いた。ちなみにアルベリヒの容姿は美男子かと言われると時人的にはそうでもなく、雰囲気は胡散臭く印象の良くない出方から時人は眉間にシワを寄せた。
「……どうも、天草時人です」
棒読みで名乗り、右手を前に差し出すと
「ぷっ、庶民っぽ……」
と小馬鹿に小声で呟くと直ぐ様ザッハークから僅かな殺気をよみとり、笑顔で時人の右手を握った。
「ンンン! いやあ実に素晴らしいお名前! 素晴らしいご挨拶! 好感度爆上がりですぞお! 何卒よろしくお願いいたしますぅ、吾が万屋をどうぞどうぞご贔屓に~!!」
アルベリヒの精一杯な声がニーベルングの店内に高らかに響いた。




