プロローグ・地
(2025/04/16追記)アメリカ王国をアメリトリア王国へ、シルウァロードをグラン=シルウァロードへ改名しました。また、ビジュアルなどの情報量を増やしました。
──アメリトリア王国。
その北にある樹海の名を、グラン=シルウァロードという。
新月の夜。
グラン=シルウァロードの中に点々とある街々の間では、ドラゴンと呼ばれる、神も恐れる生物界の頂点に君臨する者達がいた。
個体それぞれ大きさが異なり、10mないものから30mもあるドラゴンまで。中でも最も目立っていたのは、誰もが山と見間違うほどの巨大なドラゴンだ。身体を寝かしているにも関わらず、その存在感はとんでもなく大きい。
ざっと300mはある体長に、広げれば空を覆うような巨大な翼、地面に深く食い込む巨大な爪、太くて長い三つの首を器用に地面で眠らせている。
その姿は疑う余地もなく『竜王』であり、名をザッハークという。
ザッハークを中心に寄り添って眠るドラゴン達だったが、天界から数秒、森の中へ差し込んだ一筋の光で多くが目を覚ました。ザッハークもまた、美しい6つの赤い瞳を三つ首から見せた。
ドラゴン達がざわつくなか、最初にザッハークに声をかけたのは20m以上はあるドラゴンのニーズだ。
「はへぇ~……竜王、今のなんなんスかね?」
ニーズの軽い反応とその声は、緊張が走ったその場を和ませる。彼が喋りだすと、どんな緊迫した場面でも一言でぶち壊せてしまうほど、その馬鹿らしい声は身内の癒しであった。
そしてこの軽い声とは裏腹に、ザッハークが威厳に満ちた声で場をしめる。
「天界から何か堕ちてきたようだ。危険があるかもしれない──私が様子を見に行こう。オマエたちはここで待ってなさい」
「ああっ、竜王! 人型になって行くッスよねぇ。ならオレに乗ってくださいッス。そのほうが多分はやいんで!」
ニーズの提案にザッハークは「助かる」とだけ返し、自身は身体に魔力を集中させる。
山ほどの巨体で森の中へ進んでは森を更地にしかねない。故に魔法で人型へと変化するのだ。
しかしソレを阻むように一頭の黄金のドラゴンがザッハークの爪に泣きつく。まだ人型になれるほどの力は秘めていない、生まれて数ヵ月の赤子・レヴィだ。
ザッハークは三つ首のうちのひとつの頭を下げ、レヴィの体の前に大きな瞳を見せた。
「レヴィ……オマエは皆とここにいなさい。大丈夫、すぐに戻る」
レヴィはザッハークの言葉に寂しく声を鳴かせ、駄々をこねるようしがみつくが、他のドラゴンにザッハークから引き離されてしまう。
ザッハークはそれを見て身を引くと、すぐさま人型に姿を変え、ニーズに乗って光が差し込んだ方向へ飛んで行った。その姿はまるで黒い竜騎士のようだ。
「一体なにが堕ちたんスかね!? 天使じゃなきゃいいんスけど! たわははー!」
「……静かに飛べ、オマエの声は街まで響く」
と、ザッハークは圧を帯びた叱責を放つ。だがニーズは意に介した様子もなく「さーせんっしたァ!」と大声で返した。流石に竜の王もこれには呆れた声をもらさざるをえず、結局口を閉じたのはザッハークのほうであった。
ニーズは賑やかな鼻歌をしながら先ほど光が差し込んだ場所に着き、辺りを見渡した。竜の目には数百m先で狼ほどの大きさをした毒々しいサソリ型の魔獣が『なにか』を襲う姿が見え、ザッハークはすぐさまニーズから降りていった。
一瞬だった。ザッハークは魔獣を蹴り飛ばし、魔獣は『なにか』を突き刺した尾だけを残してその他すべてが吹っ飛んでいった。しかしこの魔獣はこれで終われない。
尾だけと思われていたものは魔獣の頭であった。頭部の傷口から触手が伸びる。そこから悲鳴をあげるように毒ガスを放出するつもりだが──ザッハークはそれを許さない。
ザッハークは地面を踏み込み、蹴りが魔獣の頭部を貫く。ソレはまるで水風船のように破裂した。
2秒にも満たない戦闘を終え、ザッハークはすぐさま『なにか』へ手を伸ばす。
人間の赤ん坊だ。しかもそれは生まれたてとなんら変わらない新生児である。
まず驚愕の声をあげたのはニーズのほうだ。
「にっ、人間の赤ちゃんが、なんでっ!?」
その大声に周りの鳥達が一斉に飛び出した。しかし赤ん坊は全く反応を示さない。泣く様子も眠っている様子もなく、ある事実がニーズの頭をよぎる。
「あ、あの魔獣って、毒もちッスよね? そ、そそそ、その子、死んじゃってるんじゃないスか……?」
「静かにしていろ」
ザッハークは冷静沈着に、魔獣の体液を拭っては母のように優しく赤ん坊を抱きかかえた。事実、その赤ん坊には毒が回っていたが、この時ザッハークは別の違和感を覚えていた。だが違和感に構っている暇はない、早く処置しなければ赤ん坊が死んでしまう。
本来なら放っておくものだった。いかに赤ん坊とはいえコレは人間だ。ドラゴンとはなんら関係はないし、育てる気持ちなんてものは一切わくはずもない。ドラゴンに人間に対する慈悲などなく、傲慢な生き物だ。
しかし、この時代は既に違っている。
ザッハークは躊躇せず自らの掌に傷をつけて血を赤ん坊に浴びせた。またもや、ニーズが驚愕の声をあげる。
「え、え? なにやってるんスか? そんなことをしたら赤ん坊が……」
「恐らく問題あるまい。私の直観が正しければ…………多少肉体に影響を及ぼすだろうがな」
そうもいっていられない状態だ、とザッハークは血を浴びせ続ける。その血に触れた赤ん坊の傷は瞬く間に修復していった。
「はへぇ~、大丈夫なもんなんスねぇ。しかもさすが竜王の血! 回復速度が尋常じゃないッス……あっ、これで竜王の血が混じったってことは、竜王の子も同然ッスよ!? 匂い的に男の子ぉ、かな? 育てるッスよね?」
その軽率な発言に、ザッハークはうんざり顔で「勘弁してくれ」と本気で嫌がる素振りを見せた。
「コイツはアメリトリア王国に預ける」
「はへへっ、言うんすよぉ~この赤ちゃんうちの子ですぅー! って!」
ザッハークはしかめっ面で赤ん坊を抱きながらニーズを横切る。相当頭にきているようで、それにニーズはあわわと情けない声を出しながらザッハークの歩に合わせてゆっくりと後ろをついていった。
────この赤ん坊が目を覚ますのは15年も先になることをこの時の二頭は思いもしなかっただろう。




