エピソード22 油を注がれる
暗夜 : 私は霊的に、何度も何度も油を注がれました。ですが、確信が持てません。何かを感得する度に、霊的な御存在に、霊的な油を注がれたり、冠を授けられたりしました。気が気ではありませんし、安らかになれません。これは、一体、どういうことであったのでしょうか?私の理解をあまりにも、超え過ぎておりまして、訳が分かりません。
良心 : それは、天使や悪魔の仕業ではありません。そのようなことが出来る大元を辿っていきますと、それらを包括する根源の神様からのレッスンだったのです。旧約聖書の預言者達は、実際にも油を注がれ、霊的にも油を注がれてきました。油とは、神の生き生きとした生命であり、愛と光を意味しております。実は、この霊的に、火の洗礼として授けることが、出来る人々が当時のマスター達であったのです。サハスラーラチャクラ(脳下垂体や松果体にある内分泌腺)は、ブラフマンの門とも言われ、そこに油を注ぐことにより、神と人の霊的水路を太くし、交流を活発にします。使命があり、準備が整ってきた者には、このような霊的な体験があるということを、あなたは、改めて、魂に刻印されたのです。これは、物理的に油を注いだり、頭上から滝に打たれたりすることよりも、稀有な体験でもあり、本道なのです。このようなことを通過していく者達が、現代でも実際にいること、その認識を、あなたは、出来るところからお伝えしていきましょう。また、キリストとは、油を注がれし者を意味しております。あなたは、先ずは、霊的に油を注がれて、悪魔のささやきや、誘惑に打ち克たなければ、使命の車輪が回転していきませんでした。あなたは、クンダリーニ現象を経て、油を注がれる、備えが出来てきた時に、実際に事は起きたのです。
また、何よりもホワイトブラザーフッドによって「Law of one」の原初の生命の刻印や洗礼を受けてきたことこそが、油を注がれた瞬間であり、その生命を日々の生活で、実践していくことこそが、油を注がれた意味が、完成し、成就していく瞬間なのです。「Law of one」をあなたの血肉として、体現し、呼吸するように、あらゆるものに、この聖なる息吹を吹きかけられるように、なった時に、初めて、油を注がれし者、すなわち、マオ・キリストが誕生致します。清らかな感受性を成熟させていきましょう。清らかさとは、素直さでもあります。あるがままに、時には、まっすぐに、時には、柔軟に捉えて、あるがままに時には、まっすぐに、時には、柔軟に物事に、取り組んでいきましょう。あとは、結果を求めずに、日々を誠心誠意、神と共に、人類や万物という兄弟姉妹と共に、ナチュラルに過ごしていくことです。あなたの場合は、現段階では、人に意識して、聖なる息吹を吹きかけるのではなくて、自然体の中で、気付いたら吹きかけていたり、聖なる泉が溢れていた、というほうが、非常に合っています。あなたは、霊的にも、幼子のようなタイプなのです。
あなたがそうであったように、親である神の他力によって、油を注がれたのですから、後に続く者達も、また、そうなのです。あなたは、良い意味で、使命感や気概を持って、今後の人生を歩んでいきましょう。この神から授かった油を、存分に活かして、日々精進していきましょう。特に、あなたの場合は、そこに、ワクワクがあったり、胸が高鳴ったり、感動があったり、人間味が溢れるところや、涙があるところに、その注がれた油を活かしていくことが出来るタイプです。場所や人を問わず、幼子のような素直さを大事にして、和を持って、周囲の人達と共に、手を取り合って、和気あいあいと、楽しく今後の人生を生きていきましょう。あなたは、人の本当の良さや、個性や性質が分かるタイプでもあるので、その感受性を同時に、朗らかに伸ばしていきましょう。肯定感が大きく、おおらかなタイプなのです。このような面を、大切にして、一歩一歩、歩んでいきましょう。たとえ、自他共に、小さな小さな成長や変化であったとしても、その小さな小さな喜びを大事にして、育んで、励みにして、日々楽しんで生きていきましょう。それが魂本位の生き方であり、魂の感受性であり、幼子の精神というものです。どんなに大変なことでも、恵みであり、喜びであると、心から思える人は、かなり魂が目覚めている人です。あなたなら、底抜けの本当の明るさと、その雰囲気を、この世界に、もたらすことが、出来ることでしょう。




