ライム Ⅷ
「……せない」
隠し財産が全て没収された、そのことを知って項垂れていた元領主達の1人がそう呟いたのは数十分以上たった後のことだった。
「どうしましたか?」
最初私はただ、全てを失った人間が漏らした戯言だとそう判断して柔らかい口調でそう尋ねた。
その時にはもう全て元領主達が諦めたと、そう私は思い込んでいたのだ。
「平民の分際が!許せない!」
「っ!」
そしてだからこそ、その元領主達の言葉に絶句することとなった。
「そうだ!」
「我々が必死に養っていた領民の分際で!」
「私達だけでなく、家族までこんな目にあうことになったのはあいつらのせいだ!」
元領主達の1人の言葉、それを区切りに元領主達は次々とそう平民達を罵り始める。
そしてその姿に私の胸に堪え難い怒りが湧き出して始めた。
カルバスから聞いた隠し財産を隠した専門の人間の様子、それはひどいものだった。
自費で元領主達の仕事を受けざるを得ないため、自身の暮らしは圧迫され続け、彼らの身体は酷く痩せていた。
しかし、それでもなお彼らは必死に家族のことを助けようとしていた。
そしてその家族達も酷い状態になっていた。
食事は最低限、それどころか用をたす隅ある穴以外には何もない部屋に汚れきった状態で彼らの家族は閉じ込められていたのだ。
それも聞いたところによれば一年以上も。
「領主の言葉は絶対だろうが!領民が逆らいやがって!」
……けれども、目の前の人間達には全くそのことに対する反省がなかった。
ただ理不尽に自身を裏切った領民を罵っている。
それが当然の結果だと、そんなこともわからずに。
「……本当に、腐りきっている」
そしてその光景に思わず私はそう漏らしていた。
その専門の人間だけではない。
彼らの領民がどれほど苦しんでいたか、そんなことを彼らは考えようとさえしていない。
いや、考えてもそれが当然だとそう思い込んでいる。
領民達に比べれば追放なんてどれほど軽い刑だろうか。
確かに飢えて最悪の形で元領主達は死ぬかもしれない。
何の訓練もしていない元領主達がこの国から追い出されればその可能性は酷く高いだろう。
それでもかつての彼らの領民達に比べれば遥かにマシだ。
飢えて、死にかけて、それでも税を貪られる。
そしてその税を貪り取った人間が何をしているかというと、その税でただ遊んでいるだけなのだ。
そんな地獄と比べれば元領主達の追放など、生き残れる可能性があるだけどれほど幸福か。
「恩を仇で返すとはこのことよ!」
「まさに!あやつらは誰のお陰でここまで生きられてきたのか、そんなことさえ忘れているに違いありません!」
「薄汚い平民の分際で!何故この国には平民が愚行をした時に無条件に罰を与えられないのか!」
しかし、元領主達の暴言は止まることはなかった。
酷く醜い目の前の豚達は、自分達が今やっていることは貪り尽くした相手に対して自分に貪り尽くされて幸せだっただろうと言っていることと同義だと気づかずそう言葉を重ねる。
いや、自分が豚であること以外は気づいて行っているのかもしれない。
そして平民を自分達に貪られる存在だと蔑んでいるのだろう。
「元領主様」
そのことに気づいた瞬間、私は我慢の限界を迎えた。
「なんだ!このクズ!」
「そうだ!私を、この国の礎をとなった私達を追放しようとする大罪人がこれ以上私達に何をしようとする!」
国を転覆させかねなかった人間の言葉、それに私は追放から死刑にに変更すると言いそうになるのを我慢しながら口を開いた。
「……いえ、私も浅慮でありました。貴方方様のお言葉の中で考慮した方が良い部分に今更ながら思い至ったのです」
「っ!」
今まで私を口々に罵っていた元領主達。
けれどもその言葉聞いた瞬間、彼らの顔色は変わった。
そう、何故なら私は元領主達の要求を一つ飲むと言ったのも同然なのだから。
「ほほう。先程までは失言でした。貴女には名君の才能がおありだ」
「えぇ、先程までは貴女を試させて頂いていたのですよ」
そしてその言葉を聞いた次の瞬間、元領主達の態度が面白いように変わった。
途端に愛想笑いを浮かべた彼らに私の背筋に悪寒が走る。
けれども、私は何とか笑みを浮かべて頷いてみせ、そして口を開いた。
「では、この一つ。元領主様方は平民の愚行に対する罰を与えるのがいいと仰っておられましたね。これを少し今限りで受け入れさせていただきます」
「っ!何でそんな要求を!」
「そうだ私達の財産を……」
その私の言葉に先程までは上機嫌だった元領主達が不満を漏らし始める。
「現在、貴方方に不満を守らせる権利があるかと?」
「なっ!」
けれどもその元領主達へと私はにっこりと笑った。
「平民の愚行が罰せられる、のですよね。
ーーー でしたら私、貴族に対する罪人、貴方方の罵倒にはどんな罰が下されるのでしょうね」
「っ!」
その私の言葉にようやく私が何故突然元領主達の望みを聞くと言ったのか、そのことを悟った元領主達の顔に怯えが走ることになった………
◇◆◇
それから数日後、王都ではこんな噂が流れることになる。
それは砂漠を全裸で横断しようとした、酷く肥えた男女の集団の噂。
その姿に盗賊さえ、哀れに感じ保護したものの、その盗賊の金を盗もうとして追い出され……
「無礼者!私が誰だか分からないのか!」
……と叫び続けながら、後ろから迫ってきた砂嵐に巻き込まれて消息不明になった間抜け達。
その集団の噂は、突然同じ頃に消えた悪徳領主達の噂と組み合わさり、全てを失った悪徳領主という喜劇としてとある演劇団に演じられる。
そしてその結果、その話は全国的に有名な喜劇となったのだが……
……その喜劇がほとんど史実に基づいていることを知る者は殆どいない。
申し訳ございません……違えて違う時間に昨日アップしていました……




