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幻想世界物語  作者: 森 日和
双生史
9/35

並行なる会合

目覚めた場所には非常に見覚えがあった。

「東京…?」

チカチカと目が痛いほどに点滅する夜の電光掲示板、そして唾棄すべき治安の悪さと活気の良さ。私は道の中心で、追い向かいの人波を一身に受けていた。

身を翻して人波を避け、なんとか私は人のない裏道へと出ることができた。

一つ溜息をついて安心感に浸る私、だが目の前からいくつかの人影が見えてきて、それがとんでもなく軽く、乱れたオーラを放っていることから、私は狭い道脇に避けて気配遮断の体制をとった。しかしというかやはりというか、そんなことをしても無駄だったようだ。

「やあ、何をしてるんだい?」

やはり、三人の長身の男が、私に対して下卑な顔をして話しかけてきた。唾棄すべき、都会!

「暇なら付き合ってよ〜」

「ちょっとでいいからさ!」

私は悲鳴をあげる隙も与えられず、強引に体のあちらこちらを掴まれて、暗闇の先の何処に引っ張られていった。



暗闇の先に待ち受けていたのは、壁際に追い込まれた私の繊細な体を、酷く猥褻な目で見渡す男どもであった。

「君、なかなか可愛いんじゃないの?」

私は此奴らに呆れ、軽蔑の目で見下して、悔しくて、言葉すら出なかった。

「ちょっとだけだからさ」

三人の男はさらに私に迫ってきて、私は逃げるどころか、動くこともできず、気づけば壁と、そして男三人の胸板とで、私を窮屈に四方から囲む厚い壁ができていた。

「待ちなさい!」

そう遠くから女の方の声が聞こえてきたのは、ちょうどその時であった。刹那、三人の男たちはガムテープを剥がされるようにいともあっさり吹き飛ばされた。私の前にいたのは、後ろ姿しか見えなかったが、長い髪を下ろした、紛れもない一人の女性であった。

私は絶句した。


「お、お前誰だよ⁉︎」

三人の男が、さっきとら裏腹、ライオンを見て畏怖するような態度を取り始めた。女性は髪を捲し上げて、そしてゆっくりと、ゆっくりと三人の男の方へ歩み寄っていく。

「ひいいいい!」

私からは見えなかったが、男どもが女性の顔を見たその時の目は、人間がする一世一代の命乞いと互角というほど、顔をぐちゃぐちゃにしていた。男子からもあれだけ恐れられる女性を、私は少し羨ましく思ったり、はたまた助けてもらったのは山々だが、こちらも怖くなったりした。

だがこちらを振り返った時の女性の顔は、慈愛に満ちた、とても優しいものでした。



「私は安東っていうの。作曲の安東じゃないけど」

「安東さんですね」

唐突だが、私たちはあれから、安東さんの行きつけであるという、とある一店の居酒屋で飲むことになった。

「お酒はいけたの?」

「はい」

安東さんはお酒を次から次へと鯨飲していくのですが、やはりそうしてしまうと、当然のごとく泥酔してしまうのである。

「bastarsの山尾?だっけ、暴力事件」

突然、安東さんは赤くなった顔でそんな話を降り出しました。

「山尾…?」

「そうだよ〜、あんたも気をつけるんだよ」

「山尾ですか……」

何故かは知らないが、何か私の心に、突っかかる物かあった。おそらくデジャブであろうか。

「さて、二軒目行くか〜!」

「いえ、遠慮しておきます」


そうは言って店を出てきたものの、私は一文無しの身。先刻は全額安東さんが奢ってくれたものの、私が生きていくには、やはり二軒目にも付き合うべきであったかもしれない。

途方に暮れる私は、空を見上げる。

夜でも町は煩く、野卑な喧騒を空からじっと見つめるお月様と、私は睨めっこしていた。その時、突然と辺りに突風が吹き荒れ、その直後から、人々が歓喜の声を立て始めた。私は戸惑い、おどおどと辺りを見渡すと何もない。しかし、私の目の前に落ちてきたのは、紛う事ない、福沢諭吉である。

「こ…これは⁉︎」

私の真正面だけではない、福沢諭吉は何十何百と降り注いだ。人々が欲に溺れて狂乱し福沢諭吉を求めるが、私はまだ呆然と立ち尽くしていた。

結果、私は固定砲台のように勇ましい仁王立ちをしていただけであったが、福沢諭吉の顔を十四枚拝むことができた。

私は月に向かって言った。

「神様、ありがとうございます!」

しかし、一体なぜこんな幸運が私に降り注いだのであろう。そう考えた時、私はふと、かの山の神様の顔を思い出した。






私は山の中を右往左往した後に、やがて辺りは暗くなり、虫の羽音が私の耳へのストレッサーとなりつつある。私はというと、大岩を見つけて、少し休憩という口実で岩に座ったきり、そこから動けなくなっていた。

足に乳酸が溜まっているのか、右足を一歩前に踏み出すだけでも尋常じゃない痛みが伴ってきた。

「もう歩けない!」

我が弱音を吐いても、辺りには誰もいない。いるのは、姿の見せない少女だけである。

「そろそろ姿を見せればいかがか?周りには誰もいないのだぞ」

しかし何故だろうか、いつからか、私の後をつけていているであろう、そして私の心を支えているであろう、少女の返事も無くなっていた。

誰もいない、夜の山奥、動けない私、水も食料もない、生か死か

私はとてつもない虚無と絶望に打ちひしがれた。そして、心の中で縦横無尽に葛藤し続けた。


そんな私に、果たして天のお召しであろうか、一筋の光が目を奪ったのはちょうどその時であった。

「何をやっている⁉︎」

男の、まるで化け物にでも出会ったかのような、裏返りかけた声であった。しかし、それはこちらも同じだ。

「何って……ん?」

手に持った懐中電灯で、彼は顔を照らした。妙にその顔に覚えがあった。思い出すのは難しいものであったが、しばらくの長考の後に、やっと思い出せたのだ。

「倉敷に行ったはずでは⁉︎」

私は安堵と歓喜が混ざった声で彼にそう問いかけた刹那、彼は目を剥いた。

「何故それを知っている⁉︎」

彼は私の疲れた体を容赦なく揺すり始めた。私はもう眩暈がして、耐えきれず、やがてそのまま地に伏せてしまったのか、記憶がない。しかし、これも全ては善因善果なのだろう。

私は善によって、善に救われたのだ、きっと。



「君は非常に幸運だね」

久しぶりに私は神様の顔を拝んだ。生駒の秘境で偶然出会った白髪の生やしたおじさんにより、私は神殿へともう一度足を運ぶことができたのだ。確かに、私は幸運だ。

「お久しぶりです」

「お久しぶり……か、なるほど、おかしな話だ」

神は顔を歪めたが、やがてすぐに元に戻った。私もそのことについては言及しなかった。

「まあ、そう畏まらなくてもいいよ。ほれ、お前も飲みなさい」

私とおじさんは神に誘われて、たった一枚布を敷いただけの宴会の席にお邪魔した。泥塗れの二人と、高貴な一人の違いが、蝋燭の洞窟の中ではよく分かる。


「私はね、これから東京に行くの」

神様が、神様らしからぬ胡座の姿勢で、更に更には豪快に酒を飲み干しながら会話の口火を切った。

「本当ですか⁉︎」

「そうよ。だからね、ここは君に任せたよ!」

神はおじさんの白髪を触って、肩を叩いた。

白髪を動かして、おじさんも話に加わった。

「ちなみに、東京では何をなされるのですか?」

「ふふふ…」

神は不敵な笑みというやつを浮かべたが、おそらくその魂胆は、捻くれてはいないようであった。少なくとも、私にはそう見えたのだ。

「ひ、み、つ」

胡座をかきながら、人差し指を立て、それを口元に置く彼女に、私は一瞬強いインスピレーションのようなものを感じ、そして改めて、私は男なのだと感じた。

「して、何故ここに来た?」

私はすっかりと一番大切なことをすっぽかしていた。バイトの休みを利用してわざわざ遠出した訳、それは勿論、人助けのためである。

「幽霊さ〜ん?」

私の呼びかけに、やはり応答しない。

「幽霊さ〜ん⁉︎」

やはり、応答しない……

突如、私の心の中を、暗黒の気持ちが支配した。嫌な予感、というやつだ。

しかし、何も知らない神とおじさんは、きょとんとしているばかりで、助力にもならなさそうである。

私は恭しく言った。

「私と一緒にいた、幽霊を知りませんか⁉︎」


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