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幻想世界物語  作者: 森 日和
泡沫の夢
35/35

それぞれの次代

「ここは…何処だろうね?」

「…さぁ、見覚えすらも無い」

私と史さんは二人並んでポツンと見知らぬ道路の真ん中に佇んでいた。そして早々に

「ブーー!」

と、突然車のクラクションが鳴り響き

「気をつけな!」

と怒鳴られた。

「なんか、懐かしい感じがするね」

史さんはそう感想を言っていた。



「あー、お前!」

路上で路頭に迷っていると、見知らぬ男が話しかけてきた。

「…誰?」

私が素っ気なく聞いたのが不味かったのか、男はカチンと来た様子だった。

「俺だ!山尾だよ!」

「山尾…?」

「ああ、bustersの山尾だ!お前のせいで地に堕ちた山尾だよ!」

「……誰だ?」

「ぬぁー、覚えてないのかよ!…結局お前にとって俺は咬ませ犬だったんだな、永久に!」

「…まあそんなもんでしょ」

口論が続き、割愛はしたものの経過を話すと、私の舌鋒鋭さに山尾を名乗る男は泣いて帰ってしまった。

「噛ませ犬にもなってなかった気がする」

史さんはそう感想を言っていた。


やがて二人は公園に入った。側から見れば、仲睦まじいカップルそのものだった。

「夕焼けだねぇ…黄昏っていいよね」

「うん、そう思う」

「何か、強いインスピレーションを感じるなぁ」

「うん、そう思う」

「だけど思い出せないや」

「うん、確かに」

史さんは感想を言ってくれるどころか、私と会話する事に倦怠感を感じていた様子だった。だけど彼女の顔はというと、とても嬉しそうだった。夕焼けを眺める彼女の目はとても美しかった。それはまるで夕日に向かって、大切なものに語りかけているようだった。

「そういえば、あなたの名前は?」

「ん、広人だけど?」

「違う、フルネーム」

「…うーむ、覚えてないな」

私が言うと、彼女はその場でくるりと回った。そして

「だったら、これから見つけよう」

と、満面の笑顔で言ってくれた。










「過去を変えたかったんだよね、可也は」

「ええ。そうよ白龍」

「だったらいっそ、あの二人を殺めてしまった方が早かったんじゃない」

「何言ってるの。それだったら私が生まれてこなくなるでしょう?」

「へへ…まあ、それもそうか」

「全く、体は大きいのに考える事は恐ろしいのね。彼らの芸術家としての記憶を消し去れば全て事が済むのよ。その方が断然平和的でしょう?」

「許してよ可也」

「いいよ。白龍……私ね、もういいかなって思ってる」

「…そうなんだ」

「うん。これからはゆっくりと生きていきたい。何にも縛られず、ひっそりと一人で生きていきたい」

「…君はよく頑張った方さ、可也」

「へへ…ありがとう。だからね、みんなを守ってほしい」

「…どう言う事だ?」

「私の代わりに、みんなを守ってほしいの。今からあなたと一緒に葎花達の所へ行く。片道切符、最後の旅よ」

「…僕はどうすればいい?」

「彼女達は神の呪いの中で、夢を見ているはず…白龍、あなたはこれから葎花に仕えなさい」

「でも、僕は君じゃないと…」

「安心して。葎花も百治の血を継ぐ者…きっとあなたを操れる。私の事は…死んだ事にしておけば良いから」

「そうか…ありがとう。今まで」

「ごめんね白龍、私のわがままに付き合ってくれて」

「いいんだよそれくらい。じゃあ…」

「ええ、行きましょうか。この美しい夜空…幻想の夜空、これを見ると、まだまだ地球は捨てたもんじゃないって思えるの。だから正しきの道を行きなさい、白龍。どんな時も、信念を曲げたらダメだよ!」

「言うと思った」

「最後くらいは言っておきたいからね」

「そうだね…じゃあ、乗って」

「うん。葎花達の事くれぐれも頼むよ」

「任されました。可也様…」






大きな、龍とも呼べる白い鳥が、葎花のそばで佇んでいた。やがて葎花が何かに起こされたように目を開けると、佇む白龍を見て言った。

「あなたは…?」

「僕は白龍。預かった物があるんだ」

喋る龍、白龍は嘴の先に引っ掛けられていた紐のような物を私の目元にまで持ってきた。それを見て、葎花はハッとした。同時に、尋常じゃない悔し涙を浮かべた。

「これは…姉の笛ですね」

「うん」

「という事は…姉は死んだのですね?」

「……うん」

白龍は表情を一切変えず、ただ話すだけだった。葎花はその場で泣き崩れ、泣きのたまひた。

「何で…何でみんな行ってしまうの。母も姉も…何でみんな……」

葎花は吃逆を催しながら、涙をぼろぼろと流した。白龍はただそれを見ているだけだった。いつもの目で葎花を見ていた。葎花の方に一歩二歩と歩み寄った。しかし白龍は何もできなかった。

「神の呪いを、解いて」

そう言って。白龍は笛を地面に振り落とした。白龍にできる事はたった一つ、可也から受け継いだ笛を葎花に託す事、それしかできなかった。葎花は未だに俯きながらボソッと呟いた。

「…私にはこれは鳴らす事ができないわ」

弱々しい声だった。幸せが何もかも逃げて行ってしまいそうな声で、葎花は言った、

「いや、きっと鳴るさ。勇気を持って。可也だって、最初は鳴らなかったんだから」

しかし白龍は屈しなかった、葎花の気持ちに屈しなかった。澄んだ目の先に葎花を捉え、熱い気持ちをぶつけるように彼女を見つめた。

すると、葎花は振り落とされた笛を持ち上げた。そして座り込みながら笛に息を入れた。

音は…無い。

「…やっぱり。鳴らないんだ」

「もっと気持ちを込めて!」

「駄目だ…姉じゃないと」

今度こそ終わったかと思った。だけど白龍は諦めなかった。その気持ちの源には、可也が心を込めて渡してくれた笛を何としても渡さなければならないという決心があった。白龍は思いのまま伝えた。

「君がやらなきゃ誰がやるんだ!…僕は君の音が聴きたいんだ。そして可也に届けたい」

「…届ける?」

「ああ、可也に笛の音を届けたいんだ」

葎花はやっと顔を上げた。そして笑って言った。

「…ありがとう、なんか勇気出てきたよ。やってみる」

可也は笛を持った。深呼吸した。

「いくよ…」

全てを見透かすような目で可也は笛を吹いた。音は…高らかに空に響いた。どこまでも伸びていくような音が空いっぱいに響いた。

「良い音だよ」

「ありがとう。あなたのおかげよ!」

葎花は泣きそうな顔をしていた。涙を拭って白龍に近づいて、その肌に触れた。それを包み込むように白龍は佇んでいた。

「姉さんには届いたのかな…?」

「きっと届いたさ」

二人は感慨深そうに、しばらくそのまま体を寄せ合っていた。


その瞬間、葎花は目覚めた。飛び起きるように目覚めた。

「アール…目覚めたか」

「ここは…」

あの陰湿な森だった。聞けば葎花は、谷山やジェーン、安東と一緒に原因不明の居眠りをしていたらしい。

「…広人がいない⁉︎」

葎花は声を荒げた。しかし他の三人は微笑みを浮かべていた。風に靡く彼らの姿は、まさにクールの骨頂であった。

「安心しな。広人は無事帰ったよ、史を連れて…龍の背中にのって飛び立っていくところを、確かに見た」

「龍…それって」

「ああ、白い龍だよ」

葎花は驚きを見せていた。握りこぶしの力がさらに大きくなった。そして…みんなと同じように微笑みを浮かべた。

「そうか…それは良かった!」

「なんだ?やけに上機嫌ですなアール殿」

「違うよ、私の名前は葎花!」

葎花がそう言い切った途端、突然真紅の光が彼女達を照らした。同時に鳥のさえずりが一段と大きく聞こえてきて、例えるならばそれは…幻想のようだった。

憂鬱な森が赤い光に照らされると、たちまち美しい光景が目前に広がった。極彩色の草木や生物が会話をするように暮らしており、空気が心を洗い流してくれるようだった。森のハーモニーが聞こえてくるようだった。

葎花は目を輝かせていた。鼻を赤くして、隠しきれない笑みを浮かべていた。そして、右手に握る笛を、また強く握りしめた。

[完]


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