たった一つの物語
これからの話は、あくまで私の独り言として聞いて下さい。
初めに、私は未来からやって来ました。
私は生駒山の奥の奥に神殿を築きました。神の呪いという結界を張って外部との完全遮断を施し、現実世界と幻想世界の糸口を作りました。
幻想世界は現実世界の何万年と後の世界…野蛮な獣人が権力を持ち、再び人類が歩んだ同じ過ちを繰り返そうとしているのです…
私はその未来を是正しようと考えました。そして今回、この世界にやって来たのです。
遡る事数万年前。
私は“百治家”と呼ばれる名家の出身です。私…可也が姉で、アール…葎花が妹。その百治家がかつて、人類を滅ぼすきっかけとなったある重大な事件を引き起こす事になりました。
それは人類兵器“白銀”の製造でした。白銀は、謂わば人造人間です。人としての気持ちを失い、ただ破戒だけを求められた哀れな人形…それが彼女でした。
彼女はたちまち世界を死に追いやりました。氷の力を自在に操り、体は不死身で無敵。彼女に敵う人間はいませんでした。人間がいなくなって、彼女の心に開いたままの穴は次第に憎悪の気持ちに変わっていきました。その気持ちから始まったのが“氷河期”だと言われています。
しかし氷河期の中、人類は数を減らしながらも血を絶やさずに今日に至りました。そして私たちは間氷期を迎えました。白銀の怒りがふとした瞬間から消え去り、生命と自然豊かな原始の惑星としての人生を、地球は再び歩み始めたのです。
私たち人類は決意しました。二度と同じ過ちは犯さないと、血で血を洗うような残酷な事や、自然を犠牲にして文明を発展させていく事はもう決してしないと…
しかし、獣人が現れたのはそんな時でした。君達でいう“クロウム”という存在です。
彼らは圧倒的な力を持っていました。私たち人類は二倍もの差の体躯を持つ彼らに力で敵うはずがなく、やがて段々と世界の端の方へと追いやられていきました。獣人は我々のように発展しました。国ができ争いが起き、血で血を洗う無様な連中…それが私たちの獣人に対する評価でした。
私たちはその間に、技を磨きました。百治家には秘宝がありました。それがここ“幻想世界”と、そして“ますかけ酒”なのです。
百治家の人間は、生まれつき特異な霊感を持っています。それを生かして様々な幻覚を相手に見せたり、結界を張ったりできます。簡単なものから難しいものまで、召喚も可能です。これらは全て百治家の秘宝であり、幾代も伝えられてきた百治の命なのです。
そして私の代になり、人類はさらに迫害されるようになりました。愚かな獣人は私たちなどには耳を貸さず、裁判なしの偏見だけで私たちを死刑に処するようにもなりました。そして高潔な百治の血さえもが、蛮人によって汚される事になったのです。即ち、私はクロウム…ジードの嫁として迎えられる事になりました。彼は幼い頃に私の母“フミ”が戦場より救い出した獣人で、母と密接に関わっていた事から日本語も達者です。しかし母が早くに死んでしまい、私は置き去りにされました。母を亡くした私に待っていたのは、孤独な運命でした。私は人類として、我慢の限界でした…
だから私は未来を変えるべく、君たちに会いにきたのです。
百治家は人間兵器を完成させます。しかしその根本には、莫大な資産があるのです。その資産は一体何なのか…そう、遥か彼方の昔に、超有名な“作曲家”と“漫画家”が稼ぎに稼いだお金なのです。私たちの先祖が自力で稼いだお金なのです…それが仇となり、最終兵器は生まれてしまったのです。
そのお金のせいで世界が歪んだと私は推察しました。よって…私はあなた方二人を幻想世界を通して正しい未来へと送り届けるべく、ここにいるのです。その為には邪魔者は全て消す。例え愛する人を思う善良で勇敢な太刀の戦士であっても、私の前に立ちはだかるのならば容赦なく殺す…全部人類の為なのです…
あなた方の他にも色々な人がここにやってきました。谷山は私の忠実なるしもべ、ジェーンはあなたが連れてきた面倒な幽霊ちゃん…二人とも、決して私の計画に無かったわけではありません。何らかの誤差が生じる事は既に把握済みでした。
だが分からなかった事が一つありました。それは安東の事です。安東は私たちとは一切関係ない人間のはずが、ここにひょんな事でやってきたのです…気に食わなかったけど、今を思えば、安東のお陰で私のやるべき事も有利に進んだのかもしれません。その点は感謝です。
さて、こう長々と話していても仕方がありません…これで分かっていただけましたか?直ぐには信じてもらえない事は分かっています。だけど君達が信じてくれる事を私は望みます…信じます。
壮絶だった。神…可也の静かな声を聞いているだけだったが、言葉に込められた思いが私の身体中を駆け巡った。可也は自分の悩み、使命、葛藤…それらを全部吐き出した様子で、先程までの失意の底に沈むような顔は晴れていた。笑ってはいなかったが、微笑ましかった。
「私の遠い先祖の皆様方…」
可也は続けた。
「どうか…私の言いつけをお聞きください。そして…私たちの未来を、託します…
白龍!」
可也は右手をあげた。その瞬間、ものすごい風が辺り一面に吹き荒れ、私も史さんもとても目を開けてはいられなかった。やがて、白龍が天高く舞いながら白沙の地へと降り立ち、そして私たちを例の目で見つめていた。
「…お別れですね」
可也は言った。
「なんだか、こんな事言ったらいけないって分かってるんだけど……楽しかったです。何処か楽しかった!また会いたいけど…お別れです」
にんわりとした笑顔が強い風の向こう側に見えた。私は言葉を返してやりたかったが、口すらも風により開けなかった。
「じゃあ…さようなら!」
神は大きく手を振って場を後にした。残されたのは私と史さんと、そしてこの白龍だけだった。やがて風が収まり、私は目を開けた。
「白龍…神は行ってしまったね」
私は言った。
「まるで…泡沫の夢のようだね。夢だったらいいのにな」
史さんも言った。
私は白龍に乗った。同じく白龍に乗った史さんに合図を送ると、史さんは頷いた。
帰るのだ…いよいよ。
途方も無いほどの長い時間が走馬灯になり、ほんの一瞬のように思えた。散々嫌だと言っていた私たちの世界ですら、恋しく感じていた。成長と経験と、そして淡い気持ちを積み重ねた…そんな宝物のような思い出も…やがて全て忘れてしまうのだろうか。
いや、きっとまた会えるさ…
「行こう、白龍」
私が言うと、白龍は空高く舞い上がった。そしていつぞやの霧靄が私たちを覆い隠した。
「史さん、しっかりと手を握ってね」
「はい」
そして私たちは霧の向こう側へと消えて行った。一体この先には何が待っているのだろうか…期待、不安、矜持、過去と未来、全てが鎖で結ばれて、二重螺旋を描いていく…そして、いつぞやの私たちの明日へと繋がっていくのだ。
物語は決して交わる事は無い。だからこそ、私たちはオンリーワンの物語を作る事ができる。私の物語は、ここから始まるのだ。




