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一騎当千の災害殺し  作者: 紅十字
第二章
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第64話 帰還

 現実世界へと戻ってきた空と氷室。

 氷室の側には空によって切り捨てられた千風がいる。

 かろうじて生きているとはいえ、今すぐにでも治療しないと助からない。


 千風の臓器は無造作にアスファルトへと投げ出され、状態が良くないのは明らかだった。


 だが、それでも呼吸はしている。

 風前の灯火とはいえ、しっかりと生きている。


 十二神将二人がかりでも手に負えないバケモノを相手に、元の世界に帰って来れたのだ。それだけでも十分な戦果と言える。


 そして空の背中にはそのバケモノが気持ちよさそうな寝顔ですやすやと寝息を立てている。

 なぜか無性に腹が立ち、空は背負っていた世界を投げ捨てる。


 ドサッと、軽くアスファルトにバウンドするも起きる気配はない。


「……」


 世界もまた千風と同様、意識を失っていた。


「はあ、はあ……氷室、すぐに千風を病院に連れて行くんだ。ボクはコイツの面倒を見る必要がある」

「わかった。けど……!」


 氷室が涙を浮かべながら叫ぶ。

 理由は当然、空も重傷だからだ。

 全開でないとはいえ、王の力まで引きずりだした。

 その代償は計り知れない。

 加えて世界と名乗った吸血鬼から受けた傷も大きい。


「君の言いたいことは分かるよ。この件が片付いたらちゃんとみんなで話そう」

「絶対だから……っ」


 千風を背負う氷室。

 彼の右手には千風の臓物が握られている。

 それ以上何も言わず、氷室は病院へと向かった。



「さて、どうしたものかね……」


 独りごちる空はひどく疲れたように見えた。

 もはや正常に思考することは難しい状態だ。


 世界を見下ろし、これからのことをふと考える。


 アリスと対峙したマキノが無事なのか。

 ヱオと名乗る、少年の行方。


 確かに殺したはずなのに、平然と生き返り、災害迷宮から離脱してみせた。

 ――そして、目の前の吸血鬼。


 考えることは、無数にある。

 だが、それよりも……問題なのは、千風が王の力を持っていたことだ。

 一体いつからだろう。

 C.I.にいた頃はそんな素振りを見せたことなど一度もない。



 王の力を持つということは、これから()()()()可能性があるということだ。

 かつての仲間……弟子を手にかけることになる。これまで以上に覚悟が必要になるだろう。


「ほんと、この仕事やってると命がいくらあっても足りないね……」


 嘆息まじりに呟きながら、物思いに耽る。

 とはいえ、知らぬ存ぜぬで何もしないわけにはいかない。


 重い腰を上げながら、空は転がる世界を担いだ。

 吸血鬼の生命力は人間とは比べ物にならない。

 このまま放っといても死ぬことはまずないだろう。


 なら向かう先は決まっていた。

 千風が執心している2人のところだ。

 今回の件は彼らの力があってこそ、全員生きて帰ってくることができた。

 2人を連れて、千風の元へ向かうべきだろう。


 空は世界を担ぎながら、病院とは反対方向へ向かうのだった。



 ******



 時を同じくして、災害迷宮内でマキノは苦戦していた。


「はあ、はあ……。あなたは一体何者ですか?」



 額に玉の汗を浮かべながら、マキノは目の前の少女に問う。

 見た目は高校生――捉え方によっては中学生にも見えるかも知れない。

 だが、その戦闘能力は学生の域を遙かに超えている。


 それどころか、プロの魔法師でもここまでの逸材はそういない。


「私は梅花学院生徒会長、神代アリス。ごく一般的な魔法師の卵よ?」


 肩書きだけで言えばそうだ。

 彼女は学生で、魔法を習う身。

 だからこそ、こんな場所に居て良いはずがない。

 何よりマキノと対峙し、平静でいられるのが異常だった。


 それどころか、マキノの方が深手を負う始末。

 傷を負った左肩を守るように、右手に力を込める。


「正直、予想外です。ここまで驚異だとは」

「そう? こっちは正直、拍子抜けですけれど?」


 軽口を叩くようにアリスが嗤う。つまらなそうに、まるで玩具で遊ぶのに飽きてしまった子供のように。


 からからと笑う姿は年相応だが、そのうちに秘めた力は本物だ。

 迷宮内で空間を隔離し、マキノや空を閉じ込めた。


 空間を隔離する魔法。

 それは今もなお続いている。

 つまり彼女は、魔法を常に発現させた状態で戦っていることになる。


 異常だった。

 本来、魔法は効果の持続するものほど構築に時間がかかり、練度が求められる。


 炎を生み、まき散らす。氷を射出し、凍てつかせる。

 およそ魔法と呼ばれ、想像しやすいものであれば、簡単に構築でき、すぐに出力できる。

 そして瞬時に高火力を生み出し、霧散する。


 だがアリスが構築し、発動しているものは、それらとは一線を画す。


 普通ならチームを組んで一人の魔法師が後方でみんなのサポートをするために構築するようなものだ。

 当然、その魔法師はそれ以外の魔法を使うことは出来ない。

 集中して法陣構築をしなければ、一瞬にして魔法は霧散してしまう。

 だから。アリスがこうして平然と笑いながらマキノと戦っているのは、それだけでおかしいのだ。


「焦っていますか、マキノさん?」

「ええ、けれどここで殺すくらいのことはできるでしょう」


 それだけの準備をマキノは戦いの中で準備していた。

 ただアリスを殺すためだけに、幾重にも魔法を重ねる。


 ――親指を弾く。

 それが、発動の合図だ。

 詠唱などいらない。起動は最低限。

 マキノは自分が扱いやすいように、魔法に細工していた。


「あは、さすがマキノさん――といった所でしょうか? 七つの魔法を同時に扱える人なんてそういませんよ!」


 当然だ。時枝に仕える人間として、この程度の事ができないと話にならない。


 アリスを囲むように無数の魔法陣が現れる。

 円環が七色にきらめいて……。怪しげに光る。



 アリスは楽しそうに笑い、目を見開く。

 この状況で何とも思わないのか、彼女は人差し指で小さく弧を描いた。



「ステラ、眩しくて怖いわ――()()()?」


 たった一言、そう呟いて。

 ふっと、息を吐く。

 それだけで、アリスを囲っていた魔法陣が霧散する。


「なっ――!?」


 マキノもある程度は回避されることは予想していた。

 決してアリスを舐めていたわけではない。

 アリスの対応によって行動パターンを合わせる予定で。


 まさか、それが一言でかき消されるとは思わなかった。


 アリスがどのようにして回避するのか、それを見定めるために放った魔法は不発に終わってしまう。

 まるで原理が分からない。


「まさか、この程度じゃないですよね?」

「規格外ね。あなたがただの学生をやっていることが不思議でしょうがないわ」

「いやですね~。私だって女の子なんですから、女子高生としてキャッキャウフフしたいわけですよ~」


 ぷにっと、頬に人差し指をつきながら、あからさまにあざとい仕草をする。

 こんな状況でなければ、可愛いとさえ思う美貌だ。

 だが、ここは生憎戦場で、マキノとアリスは対立している。


「……」

「え~なんか言ってくれないと、恥ずかしいじゃないですか~?」


 女子高生がやりたいなら、そもそも魔法などとは縁がない学校に通うべきだと、ツッコミを待っているのだろうか。


 だが、マキノにそんなツッコミが出来るほどの余裕はなかった。

 いつもはヘラヘラしている空でさえ、あの量の魔法を無傷で回避しようとすれば、それなりの表情になる。



「この程度で私を殺せると思っているようでしたら心外です。本気で来ないと死んじゃいますよ?」

「……リアリストというのは、みんなあなたのようなバケモノなのかしら?」


 ――Яe;Alice†(リアリスト)

 それは先ほどアリスの口から出た言葉だった。

 恐らくアリスの所属する組織の名前だろうが、マキノにはその名に心当たりがない。

 C.I.のデータベースにさえ載っていないような組織……。


 規模が小さいのか、強大でありながら今まで尻尾すら掴めなかったのか。

 おそらくは後者だろう。だが、アリスのブラフだという可能性もある。


「バケモノだなんて、やだな~。可愛い女の子って言ってくれなきゃ泣いちゃいます。えんえ~ん!」


 ぐすんと、わざとらしい泣き真似をしながらマキノの問いをはぐらかす。

 会話の間にも複数の法陣構築を進めるが、そのすべてが構築と同時に破壊されてしまう。


「構築途中の魔法陣に介入できる女の子は全然可愛くありません。むしろ畏怖の対象ですよ……」


 冗談めかして言うも、マキノは常に脳内で次の一手を考えるべく神経を研ぎ澄ます。


「時枝玄翠の側に居ながらその程度の実力では、主の底が知れるね?」

「閣下を侮辱するのは許しませんよ?」

「あはは、やっと本気になってくれましたか? ()()()()、見せてくださいよ~!」


「驚きました……。正直、危うさすら感じています。だからこそ、この場で殺しておきたいのですが」



 アリスの様子を見るに、まだ切り札を隠しているのは明白だ。

 こちらとしても手の内全てを晒して殺しきれなかった時のリスクは計り知れない。


「一度、この件は持ち帰らせていただきます」

「え~! つまんない、つまんな~い! やだやだ~」


 駄々をこねるアリスはまるで赤子のようだ。

 無垢な表情で、本当につまらなそうに頬をぷくっと膨らませる。


「あ、本当に帰っちゃうんだね……じゃあ私も今日の所は帰ろっかな? また遊ぼうね、マキノさん!」


 そういって、アリスはマキノを苦しめていた魔法を簡単に解いてしまう。


「あら、解いてしまってよいのですか?」

「え~だって、もう私の魔法犯し始めてるでしょ? 時間の問題だし、用事は果たせたから」

「……」


 気づかれていた。

 やはりこの少女は侮れない。


「また、会おうねマキノさん!」


 本当に少女のように笑う。

 出会った場所がこんな場所でなければ、愛しいとさせ感じさせるほどの笑顔だ。


「できれば遠慮したいですが、そうもいきませんね。あなたはいずれ殺す必要があるのですから」

「うん、楽しみにしてるよ!」


 二人の身体が同時に青白い光に包まれる。

 災害迷宮から離脱する合図だ。



 ――さようなら。

 アリスの唇が揺れる。

 それを最後に、マキノは災害迷宮から姿を消した。


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