↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/30

ある少女のおはなし

白銀のひかりが、夜の空にひとつ。

なんの遠慮もせず、強くあふれ出したとき。


「月が綺麗ですね」


空を見あげたまま青年は言った。


「そうだね。こわいくらい」


ちょうど、白い衣服をまとった少女が青年のそばへ近寄ったところ。

まだ幼い顔にむじゃきな笑みを浮かべて、彼女は見知らぬ青年へ返事をした。


「お月さまって、人をくるわせちゃうんだって。おかあさまが言ってたよ」


幼い少女を月光が照らし出す。白銀に光る少女のほおに、不似合いな赤い色が混じっていた。

ほおだけではなかった。

彼女のあちらこちらが乱雑に赤く染まっていた。髪の毛も、肩も、袖も、スカートすらも。


ほんの少し前についたばかりの鮮血は、彼女のものではない。彼女のうしろ、十数歩ほど向こうに倒れている男が噴き上げたものだ。


「おじさんも、くるっちゃう?」

「ぼくはもう、狂っていますから」


青年は柔和な表情のまま、少女へと顔を向けた。

満月の強い光のもとでは、少女のいまの姿をどうにも隠せない。しかし青年は、血まみれの少女をみても驚きもせず微笑んだままだ。


きっと彼はくるっている。


「そうなんだ。あたしも、くるってるの」


白銀のひかりが、夜の地にひとつ。

幼い少女のひたいから、白銀の光があふれ出した。光は次第に少女の輪郭をつたっていき、その右手へと集まっていく。

光は鋭く尖りながら、彼女の手におさまった。


生まれたのは光の短剣。魔法の刃だ。

人を殺すのに、それはとてもちょうどいい。


「《ペラドーマの長い爪》ですか。暗殺や行きずり殺人に適した魔法ですね」

「……おじさん?」


はじめて少女の表情が変化した。困惑したからだ。

青年の表情は変わらない。柔らかな微笑を浮かべたままだ。


青年の視線が、今頃になって少女の後方へ向かう。倒れた血まみれの男。息をしていない事は明らかだ。彼はついさっき、少女が手にかけて遺体になった。


殺人者と被害者の姿を確認してなお、青年は動揺をみせることがない。まるで見慣れた光景のように、瞳をゆっくりと動かしただけだ。


「《銀の姫》クラスウラ・エレジメント。報奨金付きの犯罪者。最重要の指名手配犯。報酬を得るにあたり、その生死が問われる事はなし——」


淡々と述べたあと、青年は感心した風を見せた。


「あなたですね、お嬢さん。まだ幼く見えるのに驚くばかりです」

「賞金かせぎなんだ、おじさん」


少女が身にまとう白銀の光が、急に荒々しくなる。楽しんでいる場合ではなくなったからだ。彼女の前にいるのは狩人だった。いつも弄んできた無力な生贄ではないのだ。

人を狩れる力をもつ者だから、少女も本気を出さねばならない。


「おじさん、いいひとに見えたのに。あたしと同じ。人をきずつけるんだね」

「そうですね、あなたと同じです。悪い人です」

「わるいおじさんはきらいなの。だから、さよならするね」


白銀の光が、くだけて散った。


「……え?」


くだけて散った。


魔法の短剣は、もうそこにない。

少女は自らの手を眺め見た。何が起きたか分からなかったからだ。


彼女は今まさに、魔法の刃を振りかざそうとしたところだった。それなのに、短剣は前触れもなく無数の粒に分解されて、中空へと消えてしまった。


彼女が魔法を解いたはずがない。まだ殺してもいないのに、刑罰の女神の爪を切り捨てる者はいない。

それなのになぜ、彼女の魔法はその手から吐き出されるように消えてしまったのか。


「え」


答えが来る間もなく、今度は彼女の身体から光が吐き出され始めた。

それは少女の意思ではない。


そんなつもりはない。ないのに、光はあらゆる場所から容赦なく抜け出していく。

髪の毛から、肩から、袖口から、スカートの内側から。彼女の魔力が次々に吐き出され、はかなく散って消えていく。

そして手の力も足の力も抜けていって、ついに彼女は立っていられなくなった。


「これ、ま、じゅつ?」


両手を地についてうずくまる、少女の口から言葉が漏れた。あらゆる力が失われる地獄。そんな中、やっとの思いで彼女は顔を持ち上げる。


「おじさ、ん? なん……なの?」

「そうですね。挨拶がまだでした」


青年は、力なく見上げる少女を見つめ、和やかな声で答えを返す。


「ぼくは《殺人鬼》です。申し訳ないですが、あなたには犠牲になってもらいます」


はたして少女は答えに満足したのかどうか。

それを知る者はいない。彼女はもう、何も語らない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。