(1)
口の中に何かが注ぎ込まれ、ロッシュは軽くむせながら目を覚ました。
咳き込みつつ、口の中のものを吐き出さず、覚えのある味を確認する。
体の傷や体力を回復させてくれるポーションだ。しかもかなり効果の強い、高価なもの。
瓶の先が唇にあてがわれ、素直に口を開く。
ごくりと飲めば、じわじわと体が温かくなり、傷の痛みが遠くなっていった。
「お前、ロッシュだな」
目を開けて、状況を確認する。
ロッシュは倒れたときと同じ室内にいた。ただ、扉のすぐそばで眠りに落ちたのだが、そこからは移動させられていて、反対側の壁に寄り掛かるように座っていた。
そしてロッシュを取り囲むように、三人のガタイのいい男たちがいる。そのうちの一人がロッシュにポーションを飲ませてくれたらしく、膝をついてロッシュの顔を覗き込んでいた。
「レオの幼馴染だという騎士だろ?」
「……あんたらは」
三人とも黒っぽい服を着ている。
マントはフード付き、そして首元にたぐまっている布は、ひっぱり上げれば目の下まで覆い隠せるのではないだろうか。
一瞬、襲撃してきた賊の仲間かと思った。だが、それにしては殺気がない。
襲って来た賊はチンピラ上がりと暗殺のプロが混じっていたが、この三人はどちらでもないように見える。もっと品がいい。
「俺たちのことはどうでもいい」
むすっとした声。
彼等はそろって体格がいい。騎士だろう。そして、見栄えが良く、きちんと装えば貴族のように見えそうだ。
「もしかして、あなたたちは、近」
「黙っていたほうがいい」
ロッシュの言葉にかぶせるように、一人がそう言った。
「俺たちが何者か知られたら、あんたを殺さなければならなくなる」
「レオは怒るだろう。俺たちがレオに殺される」
「だから、黙っていてくれるとありがたい」
「……わかりました」
間違いない。三人は近衛騎士だ。レオナルドの元同僚だろう。
「あの、ここがレオの屋敷で、レオの奥さんが殺されそうになったことは知っているんですよね」
「「「……」」」
三人は誰も答えなかった。
近衛騎士は国王の犬で、国王の命令には絶対に逆らえない。レオナルドがそう言っていたことをロッシュは思い出す。
だから、フィアナの護衛に、近衛の仲間を頼らないのだと。
「あの扉から逃げたのは、奥さんか? 無事か?」
「……」
味方とは言えない相手に、そんなことは話せない。
ロッシュが眠ってどれぐらいたったのか、フィアナが出て行った扉は破壊されて開かれていた。
室内にはロッシュと三人の近衛騎士以外には誰もいない。
「あんたんとこの女伯爵、阿呆すぎるぞ。奥方の職場に乗り込んで、とんでもない秘密を大声で話しやがった。あそこの所長は盗み聞きなんてなんとも思わないゲスだってのにな」
「意識が低すぎるようだ。関係は切ったほうがいいと、レオに忠告しておいてくれ」
「というより、この国と縁を切ったほうがいい」
三人はロッシュに話すというより、独り言のようにそっぽを向いてつぶやいた。
どうやら、近衛騎士という立場上、レオナルドの味方をすることはできないが、影ながら応援はしているということなのだろう。
「クラリッサ様は離婚を勧めに来たと聞いてますが」
それでなぜ急にフィアナは命を狙われるのか。
しかも、近衛騎士が来ているということは、フィアナを殺そうとしたのはこの国の国王ということになる。
「離婚して帝国に行くことを勧めたんだと」
「あれを遺す相手に、恩師を指名する遺言を書くようにともな。恩師は帝国にいるそうだ」
低く呻き、ロッシュはがくりと肩を落とす。
それでは、王家がフィアナを殺してしまおうと考えるのも当然だ。
フィアナが離婚して帝国に行っても、遺言を書いてから亡くなっても、黄色のヴェネラは帝国のものになってしまう。
離婚が成立する前、遺言を書く前にフィアナが死ねば、花の権利は夫であるレオナルドのもの。
しかも、予言では王女と再婚して花は王家のものになるとされているのだから、予言通りにフィアナは死んでくれと考えるだろう。
「王国内で奥方を守りつつ安寧に暮らせる場所はもうないだろう」
「俺たちがここにいたことを知れば、レオなら何が起きているのかわかるはず」
「一刻も早く国境を越えろ。それで、生きやすい国を探せばいい。居を定めたら連絡よこせよ」
そう一方的に話すと、三人はフードを深くかぶって髪と目元を隠し、首元の布を鼻の上までひっぱり上げて顔を隠す。
「ありがとうございます」
小声で言って、ロッシュは頭を下げる。
三人の元レオナルドの仲間たちは、ひらりと小さく手を振って、その場を去っていった。
「なんてことだ……」
ロッシュは低くうなり、そのまま床の上に寝転がった。
高級ポーションのお陰で出血はとまり、傷口もふさがったが、体が受けたダメージまですべて消えるわけではない。
特に失った血液は急に増産されないので、すぐに動くのは不可能。
それでも、死ぬ危険からは脱せた。ありがたいことだ。
(一刻も早く、フィアナ様を追いかけないと)
脱出用地下通路の先、逃走用の馬を預けている商家には、レオナルドがいざという時のためにしっかり依頼してある。
フィアナには一番いい馬を出してくれただろうし、一人だとわかれば、護衛の騎士をつけてくれたはず。
(フィアナ様、とても心細そうだった)
逃げろと言ったロッシュに対し、フィアナは逃げるところなどどこにもないと泣いていた。
彼女の悲しそうな泣き顔を思い出すだけで、ロッシュは胸がつぶれるような痛みを感じる。
フィアナと一緒に逃げるのは自分でありたかった。
(やはり俺は、フィアナ様のそばを離れるべきではなかった)
ロッシュは後悔のため息をつき、体の力を抜く。待ってましたといわんばかりに、強烈な眠気が襲いかかってきた。
眠り香はすでに消えていたが、ロッシュの体が早期回復のために休息を必要としているからだろう。
目を閉ざすと、抗えない強さで眠りの中に引き込まれていった。




