7:暗転
短めです。
この世界にはモンスターがいる。
人の手が入った街以外のすべてにモンスターがいると思っていいらしい。
となれば、森を移動している俺達の元にモンスターが現れるのは必然だった。
緑色の肌に小さな子供のような背丈の小鬼二匹と俺達は遭遇する。
獣とは違った姿のモンスターに俺達は戸惑ってしまう。
「皆様、あれはゴブリンというモンスターです。対した力はないので、直ぐに済みます。だが、あまり動かれると守れないので大人しくしていてください」
眼鏡男は腰に差していた鞘から剣を抜き取る。
剣を抜いたと思った瞬間、眼鏡男はゴブリンの眼前に立ち尽くしていた。
手に持つ剣には紫色の血液が付着している。
いつの間にかゴブリン二匹は地面に倒れていた。
何をしたのかさっぱり見えなかった。
ソフィアさんもそうだが、眼鏡男の実力もまた化け物ということか。
眼鏡男の実力に戦慄していると噎せかえるような鉄の臭いが充満しだす。
ゴブリンの遺体を見ても血液が紫ということで現実感がなかったが、吐きそうになる血の臭いが生き物が死んだという事実をつきつけてくる。
吐いている者はいないが、顔を蒼白させる者がクラスメイトの中でも続出する。
「おや? これは、すいません。来訪者様の世界では生き物の死を見ることが少ないのでしたね……しかし、どうしましょうかね、これでは困る」
眼鏡男は剣を鞘に収めると手を顎に当てて悩ましげにしている。
「では、皆様、時間をかけてもなんです。進みましょう。安心してください。僕が守るので」
眼鏡男は笑顔を浮かべる。先程の芸当をやってみせた男の言葉には説得力がある。皆も男の言葉には一息ついて安心している。
「そういえば、ソフィアさんとかって盗賊団を依頼で追ってたとか言ってましたけど何者なんですか」
眼鏡男といい、ソフィアさんの実力は恐らくこの世界においても高いはずだ。その正体を今の今まで聞いていなかった。
「私とミリア殿は冒険者をやっており、ケイト殿は王都の騎士団に所属しているんですよ」
「眼鏡男____ごほんごほん。ケイトさんは別だったんですか」
「はい、ケイト殿はミリア殿の知り合いで盗賊団討伐に強力してくれる事になってたんです。これでもAランクの冒険者ってことで私達も中々やるんですよ」
「あー、なるほど」
冒険者でAランクといえば冒険者の中でも上位のランクと相場が決まっている。そうだとしたら、ソフィアさんとかの強さも納得だった。
「でも、来訪者の皆様ならもっと強くなれますよ。それに魔法スキルを得ている皆様ならばゴブリン位ならば相手しても、余裕をもって対処出来るだけの力はあるはずですよ」
それについても、異論はない。東雲さんが見せたような風の刃を筆頭にクラスメイト達ならば問題なくゴブリンならば倒せるだろう。
気持ちの問題を除けばの話ではあるが。
「おや、どうやらまたゴブリンが現れたようですね」
俺達の先に再度ゴブリンが現れる。だが、数が先程とは違う。
十数匹は間違いなくいる。
「これは、私達だけでは討ち漏らしてしまうかもしれませんね……誰か手伝ってくれると助かるのですが」
眼鏡男が視線を後ろに寄越しながら言う。
これは、嘘だろう。ソフィアさん達ならば十数匹のゴブリン等ものともしないはずだ。
俺達に戦闘を経験させる為だろう。
それに、こういう言い方をすれば名乗りでる男が俺達の中にはいる。
「僕がやります」
やはり、一人の男が手をあげた……天神だ。
「ちっ、灰人、俺も行ってくるぜ。俺が志保を守らないと」
俊輔も彼女の為と奮起し、前にでる。
「俊輔に太陽……よし、俺もやるぞ!」
「俺だってやるぞ! 俺の魔法を見せてやる!」
二人が前に出れば、男子達が流されるように後に続く者が現れていく。
こうなってしまえば決着はついたようなものだ。
「うおぉぉぉ、見せてやるぜ。ファイアーブレッド!!」
俊輔が掌をピストルの形を作り魔法を放つと【火弾】が射出される。
【火弾】はゴブリンの胸を貫通し内部から熱で焼いていく。
「俺だって負けねーぞ【岩槍】!」
一人の男子生徒が岩の槍を作り出しそれを投擲する。
槍はゴブリンに突き刺さりゴブリンは地面に倒れる。
魔法を覚えたクラスメイト達がゴブリンを次々に倒していく。
いつの間にか眼鏡男も男子達に任せて見守っている。
ものの数分でゴブリン達は全滅した。
「はは……なんだ。意外と簡単じゃねーか」
「うぉぉぉぉ!! やったぞ!!」
「俺達は勝ったぞ!!」
男子達はそれぞれガッツポーズを取り、勝利を喜ぶ。
「血の臭いにモンスターが集まってきます。先に進むとしましょう。ただ、皆様なら集まってきても余裕でしょうけど」
「そうだ! これるもんなら来てみろ!」
「俺達には魔法があるんだ! 怖いもんなんてねーぞ」
初戦闘の興奮は冷めていないのか男子達は嫌にやる気になっている。
これが吉とでるか凶とでるのかは分からないが、変に生き物を殺した罪悪感を感じるよりはいいと思っておくことにする。
一度、ゴブリンを倒した事で勢い付いたのかそれからも男子達には次々に現れるモンスターを魔法を使い倒していく。
男子達があまりに呆気なく倒しているからか、東雲さんや曽根原など、気の強い女子達も男に混ざって魔法を放っていたりする。
「皆さん、もう少しで森を抜けます。そうすれば街まで僅かですよ!」
眼鏡男の言う通り、それから20分程歩いたら開けた所にでる。
日の光が強く感じ、上を見ても緑が見当たらない。
俺達は森を抜けることができた。
「んーー!! やっと森を抜けたなぁ」
やはり、森にいた頃より解放感があるような気がして大きく伸びをする。
「初めはどうなることかと思ったけど意外とどうにかなるもんなんだな」
「だなぁ、これなら案外楽勝に強くなれちゃうな」
「いや、既に俺達強いんじゃね?」
「それもそうだな! ははは」
見るからに浮かれている。気持ちは分からんでもないがあからさまに浮かれすぎている。
まだ、街に入ったわけではないし気を抜かないでいて欲しいのだが弛緩した雰囲気が漂いはじめていた。
浮かれて調子付いているクラスメイト達にどこかついていけていない自分がいる。
まぁ、全く活躍していないのが原因なのだが、浮かれる事はできそうになかった。
でも、森を抜けれたのは素直に嬉しい。
森をもう一度振り替える。
「ん……??」
それに最も早く気がついたのは俺だった。
「ねぇ、ソフィアさん。あれはなんですか?」
「どうしたのですかカイト殿?」
俺は空に指さす。ソフィアさんは俺が指した方向に視線を向けて……見事に固まる。
「あれは……いや、まさか」
ソフィアさんは森の木々が織り成す緑と空の青の真ん中辺りにポツンとできた黒い影に目を細める。
俺とソフィアさんの様子に気づいたクラスメイト達も後ろを振り返り同じものを目撃する。
「ソフィアさん、あれが見えますか?」
眼鏡男も一番目がいいであろうソフィアさんに尋ねる。
「ケイト殿、今すぐ急いでこの場を立ち去りましょう」
「ソフィアさん? 何故です?」
ソフィアさんが慌てたように口にする。いや、焦燥だけではないソフィアさんの声には恐れも混じっていた。
「いいから皆そのまま真っ直ぐ走るのです!!!!」
ソフィアさんが大きな声で叫ぶ。
聞いたことのないソフィアさんの叫びに俺達は戸惑い動けずにいる。
「ソフィアさん。急に大声を出してどういうつもりですか、来訪者の皆様も驚いているじゃないですか」
「ケイト殿、逃げないと殺されます。あれはド_____」
ソフィアさんの声は突然吹いた風にかき消された。
突風とも呼べるその風に俺達は強制的に地面に伏せさせられる。
気づいたら空が暗くなっている。
……馬鹿な。今さっき明るいと思ったばかりなのに?
俺は慌てて空を見る。
「え……」
空にいるそれに俺は茫然とした声しかだせなかった。
黒い翼にギラギラと光を反射する漆黒の鱗。
鋭い牙を覗かせる存在が自分こそが空の王だとばかりに悠然と浮かんでいる。
『懐かしい気配を感じてきてみたら面白い客人がおるではないか』
モンスターが喋ったという衝撃はそれそのものの存在の前では霞んでしまっている。
「馬鹿な……何故このような場所にいるんだ!!」
眼鏡男も混乱し、喚いている。それだけ、目の前の存在を受け入れられないのだろう。
今回ばかりは、眼鏡男と気が合いそうだった。
空に浮かぶ存在に体の芯から恐怖で震えそうになり、何でもいいから喚きたくなる。
俺達は異世界に来たばかりだぞ。いわばまだレベル1の状態なんだ。物語でいえば序盤も序盤なのに、これはおかしすぎるだろう。
……なんで、なんでラスボス級の存在が来ているんだよ。
漆黒のドラゴンに対して俺は心の中で毒づく事しか出来なかった。