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花屋町通り医院  作者: Louis
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太夫道中

あり得ない光景を見た。

島原ならいざ知らず。


その芸妓は凛とした表情をして真っ直ぐに前を見据える様な目をしていた。

その口元は少し上がり、笑みを湛えている様に見える。

全体が品に満ちた、そんな芸妓だ。

2人の禿(かむろ)が先導し、引船と傘持ちを伴ったそれは間違いなく太夫道中。

あの傘持ちが持つ傘は養花楼の見世のものだ。

しかし、今の島原にこの様な太夫はいただろうか?

そもそも、大門を出た花屋町通りにはお茶屋などは存在しない。

では、どこへ向かっていると言うのか。

周囲の者達は、男も女子も羨望の眼差しをもってその芸妓を見つめている。

女子などは、同性だと言うのになぜか芸妓に夢中なようだ。


島原の大門をくぐった太夫道中が花屋町通りを東へ向かっているとの話しを聞いて急いで来てみれば、目の前の一行に目が留まった。


いや、普通は島原の大門を出たところで太夫道中が見られるはずがないのだ。

太夫道中は置屋から楼閣へと向かう太夫の一行だ。島原を出る様な事はそもそもない。

では、一体・・・。


「土岐先生!!今度ぜひその格好で我らのお座敷に来てくだされ!先生には何時も世話になっておるのだから、我らが先生をもてなします!」

隣の男がそう声をかけ、顔を赤くして芸妓を見つめる。


その声に、芸妓の視線がこちらを向いた。


土岐先生、だと?


隣に居る男の口から発せられた一言に思わず芸妓に視線を戻せば、芸妓は立ち止まって驚きに目を見開く様に男を見つめ、その隣に視線を巡らせると参ったと言う様に自らの手を額に当て、今度は不意にこちらに視線を向けるとまた驚いた様に固まった。


何の冗談だ。

あれがあの土岐先生だと?

あの太夫がか?

言われてみれば、かなりの背の高さだが・・・。

いや、何がどうなっておるのだ。


男は普段の土岐を良く知っているだけに、目の前の芸妓と土岐が全く結びつかない。


「おい、沖田組長と山南総長が来られたぞ。」

短く誰かが囁く声が聞こえ、その名前に反射的にそちらを向く。


2人の男がこちらに駆けてくると、直ぐさま隣の男と場所を入れ変わった。


「ふぅ、何とか土岐先生の晴れ姿に間に合った。」

そう言った男は芸妓の姿に釘付けになったようだ。


「ーーーこりゃまた化けたもんだ。土岐先生だと言われねばわからない。」

呟く様な声が聞こえる。


「そうだね。明里から聞いてはおったが、これほどとは。」


そんな男達の会話がどこか遠くに聞こえる気がした。


山南、沖田だと?

もしや、この男共は新選組か!?

まずい、この様なところにおっては・・・!

そう思った瞬間、沖田と思われる男が不意にこちらを向き、近距離で互いの目線が交差した。

途端に背筋がゾクリとする。

ああ、間違いない。あの、沖田だ。

思わず顔が青ざめた気がして視線を逸らした。


沖田が首を傾げ、何か考えるような素振りを見せる。

するとそこに、少し低い不機嫌そうな声が芸妓の方から響いた。


「なぜ、ここに居られるのですか?」

それが誰に向けた言葉なのかはわからない。

沖田達新選組なのか、俺なのか。


立ち止まっていた芸妓が太夫道中の列を離れ、おもむろにこちらに向かって歩みを進めている。

その様子に皆の視線が芸妓に向く。

禿、引船と傘持ちは驚いてはいる様だが元の場所から動かない。


芸妓がチラリとこちらに一瞬視線を投げた時、その芸妓に「逃げろ」と言われた気がした。

そう判断した俺は、皆の視線が芸妓に向かっている隙に見物人の間から抜け出すとそのまま花屋町通り医院に向かった。


「これはこれは、新選組の皆さん。お揃いで。」

その土岐の良く通る声にはどこか棘がある。


内心絶対に会いたくないと思っていた人物達に出会ってしまった土岐は、演技無しで不機嫌だった。

土岐は扇を口元に当てると、目の前の人物達を見下ろした。


「土岐先生。いや、養花楼の太夫殿。余りにもお綺麗で見惚れ申した。」

「これは山南さん、そんな事をおっしゃって、明里さんに怒られますよ?」

皮肉を込めて土岐が山南を見ながら口元を扇で隠した。

そんな仕草も周囲から見ればたおやかだ。

周囲の者達は羨ましそうに芸妓と話をする彼らを見ていた。


「そう言えば、養花楼と医院が何やら企てておると聞いたが、この事でしたか。」

「これ、沖田くん!」

山南が止めるがもう遅い。


「へぇ、沖田さん。養花楼はともかく、医院も始めからこの企てに参加していたと?そもそも私はこんな事をする気はなかったんですよ。洗いざらい、はいてもらいましょうか?」

そう言ってにっこり微笑む土岐の指が沖田の頬に触れた。


すると女子達からの黄色い声が聞こえる。

土岐としては「その面貸せや」な気分であるが。

沖田は何とも言えない恐ろしさを覚えるとともに、見ず知らずの美人な太夫に触れられている様で落ち着かない。


「あ、いや、それは、ですね。」

そう言った沖田をジッと見つめていた土岐だったが、少し離れた禿の1人から声がかかる。


「せんせ、『土岐太夫』は今、養花楼の『高』の字を背負ってはります。戻ってください。」


その芸妓の鏡とも言える子供の言葉に土岐は困った顔で頭を傾けると、「フゥ」と大きく息をはき出した。

そしてうっすら口角を上げると沖田の頬に触れていた指をその輪郭をなぞるように下げ、沖田の胸にトンッと人差し指を当てる。


「と言う訳で残念ですが、医院まではこのまま行かねば。後日、またゆるりと。」

その仕草がなぜか妙に色っぽく、沖田を始め、周囲の隊士達が顔を赤くした。

そんな様子を山南が苦笑して見ている。


土岐は山南や沖田、周囲の見知った隊士達を一巡して睨むと、ゆっくりと身体を禿達に向けて歩き出した。


「あの土岐先生の流し目、たまらんな。」

そう呟いた隊士を今度は沖田が睨む。

「あ、いや、組長。深い意味がある訳ではっ。」

その言葉に、沖田が思わず深いため息をついた。


土岐としてはただ単に睨んでいただけだが、隊士達には土岐が流し目をしたように見えたらしい。土岐は新選組の一部の隊士達に相変わらず人気があるのだ。

土岐にしたら、有り難迷惑な話である。


まったく、危なかった。

見物人の中に高階さんとその直ぐ隣に見知った新選組の隊士がいた時は目を疑った。

そして次には高階さんと沖田さんが思い切りバッティング。少し前にはなるけど、彼らは顔を合わせてはいないものの、隊士と命のやり取りをしている。

沖田さんは気付いてなかった様だけれど、高階さんは完全に気付いていた。

以前自分の事を殺そうとした集団が直ぐ隣にいたら、私だったらパニックを起こすかもしれない。高階さん、よく耐えたと思う。無事に逃げられた様で良かった。

まさか彼が京都に戻って来ているとは思わなかった。

大丈夫。私の対応は不自然ではなかったはずだ。

見世物パンダが役に立ったのならそれで良い。


土岐は通りに並んで自分を観ている人達を視界にとらえると、三枚歯下駄を脱いで打ち掛けも脱ぎ捨て、走って医院に逃げ込みたい衝動に駆られた。


うわぁ、もうホント無理!

もう止めて良いかな?

これ、後で悪い意味で色んなところの噂話になるかもしれない。


土岐は逃げたい衝動をグッと抑え、周囲に向かってゆっくりと微笑む。


「せんせ、もう少しです。」

お香代が申し訳なさそうに土岐に声をかけると土岐の手を取った。

お香代と松吉も高階の存在に気付いていたはずだ。きっと2人共私同様に焦った事だろう。


土岐は無言で頷くと、150mほど先に見えている医院の門を見据えた。


よし。ゴールは見えてる。

頼むからもう何も問題起きないでよ!


「『太夫』、ほな参ります。」

禿がそう声をかけると、2人同時に内八文字を踏み出した。

その後ろをお香代と土岐が続く。

そして傘持ちである松吉が後ろに控える。


子供の内八文字だ。ぶっちゃけとてもゆっくりだ。

最初こそ足下に気を取られていた土岐だが、リズムをつかんでからは意外と前を向いていても内八文字は踏める。

出来るだけ速く医院にたどり着くぞと考えていた土岐だったが、禿の内八文字の遅さに早々に諦めた。


「ほぉ、本当ちや。島原を出ちゅうが、本当に太夫道中じゃの。のぉ、長岡。」

「才谷、声が大きか!」


もう少しで医院だという手前で、男2人がこちらを観て何かを言っている。

土岐はそちらをチラリと見て男の内の1人を確認し、その男の隣にいる背の高い男の方に視線を向けて内心叫びそうになった。


出たっ!!

遂にこの人が出てきた。

あの顔はきっとホンモノだ。

いや、私は何も見てない。話してもいない。これからも話さない。

この人の事は置いておこう。

とりあえず、早く部屋に帰って着替えたい。


内心の叫びとはうらはらに、土岐は男2人に無理矢理笑顔を向けると目の前に迫る医院の門を見据えた。


やっと、やっとゴール。

土岐にはその門が、フルマラソンを走った時のゴールの様に見えた。


「おまんは養花楼の太夫か?なきに島原から出ちゅう?この医院で宴会でもするがか?」


ゴールテープを切る気でいた土岐は、突然掴まれた左手と掴んだ男に視線を向けた。


ちょっ、私に関わらないでよ。

内心の言葉が漏れそうになったのを、咄嗟に止める。

それは周囲から太夫が息を止めた様に見えた。


傘持ちの松吉が男と土岐の間に入って男の手を土岐から外させる。

そしてもう1人の男を見た松吉は記憶にある人物に告げる。


「あなたはもしや、土佐の長岡さんか?こちらは太夫ではなく、医院の土岐先生だ。」


「は?」

ポカンとした顔の長岡がジッと土岐の顔を見つめる。

「・・・おお、言われてみればそうじゃそうじゃ!!よう化けたのぅ。」

長岡が嬉しそうに土岐を見て大きく頷く。


「土岐先生?土岐先生ちゃ、長岡が前から言うとった医院の土岐先生か?」

そう言った男は長岡から土岐に目を向け、その顔をマジマジと見つめた。


「いやぁ、こじゃんと女子にしか見えんが、おまんが本にあの若先生か?俺は土佐の才谷梅太言うがじゃ。よろしゅうのう、先生。」


「土佐の、才谷さん?若先生?何のことどっしゃろ?」

土岐はにっこり笑って、あくまで太夫の仕草を崩さない。



土岐の対応に長岡と松吉が驚いた様に土岐を見る。

才谷と名乗った男はポカンとした表情で土岐を見つめた。

その土岐の受け答えで、この場で土岐が才谷に対して無視を決め込むつもりだと悟る。

普段の土岐を見ていれば、それはおかしな事だった。

けれど何かしら意図があるものと松吉もお香代も納得する。


才谷は、ここで本名を名乗らなかった。

周囲の目があれば仕方がない事かもしれないけれど。

だったら別に私も名乗る必要は無いでしょう。

以前長岡さんと出会った事で、あなたに会う可能性は格段に上がった。

それでも私はあなたに会うつもりはなかったよ、才谷さん。

まったくもって、よろしゅうしたくない。

土佐にも知り合いが出来たから避けて通るのは難しいとは思ってた。

けど、頼むから、これ以上私と関わらないでほしい。

私の中では長州に新選組で既にキャパオーバーなんですよ。


「せんせ、もう少しどす。お侍さまも堪忍え?」

脇のお香代が土岐を促す。


「ほな。」

そう男2人に言って土岐は禿が先導する中、ゆっくりと医院の敷居を跨いだ。


真っ直ぐに前を見れば、医院の入り口には落ち着いた藍色のアンサンブルを着た嶋田先生が立っていた。その首元には以前土岐が送ったスヌードが巻かれている。

いつもは無造作に結われた頭は鬢付け油でかっちりと撫で付けられ、しっかりと結われていた。

さながらどこかの高貴なお侍さんだ。


「お帰り、松吉、お香代さん、土岐さん。禿の2人もご苦労様。・・・何やら大勢引き連れておるようだが、うちの医院には入り切らぬよ。」

嶋田の言葉に帰って来た3人が振り返れば、そこには先ほど遭遇した何人かが門の外から躊躇いがちにこちらを見ていた。その中には途中出会った新選組の面々は見られなかった。

土岐は内心ホッとする。


こうして見れば、本当にここで色んな人々に出会ったものだ。

土岐は感慨深げにゆっくりと門へと向き直った。


「皆さま、太夫道中を楽しんでいただけたなら何より。また本年も、医院の者一同皆さまの健康の助けとなる様精進してまいります。お覚悟を。」


ニヤリと笑う土岐の顔は太夫のメイクをしていても、いつも診察時に見せる「土岐先生」の顔そのものだった。

その言葉に、門前にいた者達は微妙な表情をしつつもあれはやっぱり土岐先生で間違いないのだと確信する。


土岐はそのまま頭を下げようとしたけれど、頭が重過ぎて無理だと判断し、目線を下げて右足を一歩下げ、打掛の裾を摘むとゆっくりと両膝を軽く曲げた。


この場でカーテシーがわかる人が居るとは思えないけれど、何となく礼だとわかるだろう。たぶん。


再度ぐるりと集まって人々に視線を向けると、そのまま打掛を翻して身体を医院に向け、土岐はゆっくりと医院の中に消えて行った。


「・・・あいちゃあ返事をせんかったが、土岐先生にかぁーらん?」

「そうちや。おまんに返事をしとぉなかったがやか?」

からかう様な男の言葉にもう1人の男は思わずといった具合に顔をしかめたが、何か面白いものでも見つけたように、楽しげな目をして医院の奥を見つめた。


前回から随分と時間が経ってしまいました。

不定期かつ拙い文章をお読みいただき、本当にありがとうございます。


皆さま、どうか良い年末年始をお過ごしください。

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― 新着の感想 ―
[一言]  はじめまして。何度も拝読している、いちファンですが、主人公の土岐先生はもちろん、登場する人達の人柄が好ましく、また、お話が小気味良くて好きです。 残念ながら今はお休みされているようですが、…
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