「G.地獄の先はまた地獄」
【百記念だけだって……思ってたんだろう?】
そんなことはありません。
私はただ、「百話を記念して」と言っただけだ。
──記念とは、終わりを祝う言葉ではない。
辿り着いた節目に、
次の地獄への門柱を立てる行為である。
【ダンテは言っている。 天国には十の階層があると。
そして……地の獄もまた等しく】
ならば安心しろ。
今、お前が居るのは、まだ途中だ。
百話は第一圏。
二百話で、ようやく案内人が口を開く。
三百話を越えた頃には、
「これが底だ」と誰もが言い始める。
──だが、その下にもう一段ある。
記念とは、階段に名前を付ける作業だ。
地獄そのものは、律儀に続いている。
【夢ならば醒めろ!
残念でしょ? 申し訳ございません。
当然ながら正夢です】
目を醒ました先にあるのは現実ではない。
次の頁だ。
「百話で終わる」と願った者に、
百一話が現れ。
「ここが底だ」と叫んだ者の足元に、
新しい階段が増設される。
──おめでとう。
貴方様はもう、帰れない所まで来てしまった。
【一番最初に嬲り殺しやるよ】
漢がニタニタと嗤って──
俺の胴回りを羽交い絞めにした。
「捕まえた」
耳元で、湿った声が囁く。
冗談じゃない。
反射的に肘を叩き込み、踵で足を踏み抜く。だが、びくともしない。まるで鉄骨に抱きつかれているみたいだった。
「離、せ──ッ!」
暴れた拍子に視界の端で、扉が閉まる。
がちゃん、と。
嫌に静かな音だった。
その瞬間、漢は嗤みを深くした。
「ほらな?」
まるで、逃げ道が無くなる瞬間を、最初から待っていたみたいに。
(なんで、こうにもハリキリボーイになるのだろうか? )
──何時の様に予定の無い事をやり出す。
(取りあえず、話題を振れってことだ。)
【此処から先は百話を達成した、
新人WEB作家達への餞別タイムである】
まず最初に言っておく。
百話まで来た奴は、もう「書けるかどうか」を悩む段階を終えている。
悩むべきは、「何処まで地獄に付き合うか」だ。
十話で消える者は多い。
三十話で、自分の才能に絶望する者も居る。
五十話で、話数だけが積もって、何を書きたかったのか分からなくなる者も居る。
だが百話まで来た。
なら、お前はもう、思い付きだけで生きている新人ではない。
悪癖も、執念も、得意技も、書けないものも、全部抱えたまま、
なお「次」を書こうとしている。
──それは立派な病気だ。
安心してほしい。
治らない。
その上で、餞別をくれてやる。
【おめでとうございます!
──まだまだ、終わらないぞ? 】
百話を達成すると、
安堵と一緒に同じことを思う。
「こんなの誰も分からないだろ」と──────
【私の場合は十話から、それであった。
非常に難解な作品になるのだろうと】
此処からは自分の事を話す、
作品の事も話す。
【こちユルには目的がある。
それは『エンディングロール』をすることだ】
此処からは、自分の事を話す。
作品の事も話す。
【正しく言うと……。
『エンディングロール』をするために『祈っている』というべきだろうか?】
物語には、終わりが必要だ。
終わらせるための大団円でも、
綺麗な決着でもない。
ただ、あの長い旅路の果てに、
「ここまで来た」と振り返るための時間。
名前を呼ぶための時間だ。
途中で倒れた者。
一話しか出なかった者。
敵だった者。
味方だった者。
書いているうちに、いつの間にか此方の人生にまで居座った者。
──そういう全てに、一度だけ光を当てる。
だから『エンディングロール』なのだ。
誰も見ていない場所で始まった話が、
確かに此処に在ったのだと、
最後に証明するための儀式。
そして、こちユルは、
その瞬間のために祈っている。
百話も、二百話も、寄り道も、脱線も、
予定になかった話も、全部。
最後に名前が流れる、その一瞬のために。
【全ての元凶は作者であった】
【取りあえず、老後の二千万問題が実際は皮算用だったとも知らず。
作者は二年前の十月よりNISAを始めた。
そして、翌年の五月にクビになった】
だが、多分。
スタートは良かったのだと思う。
少なくとも、「始める理由」としては十分すぎるほどに。
人は大抵、立派な覚悟や高尚な理想で書き始めたりしない。
不安だった。
暇だった。
むしゃくしゃしていた。
将来が怖かった。
何かをしないと、自分が空っぽになる気がした。
──だから書いた。
それで十分だ。
問題は、その後も続いてしまったことだ。
十話で飽きるはずだった。
三十話くらいで、「まぁこんなもんか」と満足するはずだった。
百話記念など、他人事のつもりだった。
なのに、気が付けば。
クビになった後も、
予定に無かった話を書き、
予定に無かったキャラに振り回され、
予定に無かった地獄を、自分で増築している。
【何故なら、作者は気付いてしまったからだ。】
書くことは、生活を立て直す方法ではなかった。
生き延びる方法だったのだと。
(今、こんなことを懇切丁寧に説明する。
そんな作家は一生居ないぞ? )
【取りあえず、今でもNISAやっているし。
投稿もしているし、転職もなんとかやり通せた】
(全く! こちユルの話をしてない!)
【結構前に、算命学の話をチラリとしたと思う。
これがこちユルのテーマというか。
内面的なテーマになっている】
つまり、こちユルの根っこにあるのは、
「何を成すか」ではない。
「何に成っていくか」だ。
第一の枠にある者は、
まだ何者でもない。
故に、何者にでも成れる。
だが同時に、何者にも成れずに終わる危うさを抱えている。
散法とは、纏まらないことだ。
あちらへ行き、こちらへ行き、
興味も、衝動も、感情も、
一つに定めず、四方八方へ散っていく。
普通なら欠点として扱われる。
落ち着きがない。
一つに決められない。
寄り道ばかりする。
──だが、こちユルは違う。
寄り道そのものが道なのだ。
仕事を失ったことも。
百話を越えてなお、予定に無い話を増やし続けることも。
「エンディングロール」を祈りながら、
途中で何度も別の地獄へ迷い込むことも。
全部、散っているようで、
精神の成長という一点に向かっている。
だから、こちユルは「管理会社」の話でありながら、
本当は管理できないものの話なのだと思う。
人生とか。
衝動とか。
書く理由とか。
自分自身とか。
作者はそれを、どうにか整理しようとして、
結局は今日も、予定に無い話を始めてしまう。
【全ては散っている。
だが、散っているからこそ。
最後の最後に、一つのエンディングロールへ辿り着けると思っている】
【餞別として最後に言っておこう】
【足掻いて、苦しんで、嘆いて、血反吐を吐いて、
────────最後に立っている奴が勝者だ!】
才能の差はある。
運の差もある。
書ける日と、書けない日もある。
だが、それら全部が過ぎ去った後。
更新が止まり、
評価が落ち、
自分の言葉すら信じられなくなった、その先で。
それでも尚、
机に向かい、
続きを書き、
エンディングロールの名を一つずつ拾い集める者がいる。
そいつが勝つ。
勝利とは、誰かを追い越すことではない。
途中で終わらなかったという事実だ。
【歌舞いて、踊って。
誑かして、魅てやろう……】
私としてやれることをやってみる……。
【また、君達を騙したな? 】
漢はどうにも、ままならない。
──そんな風に首を傾げる。
【多分また、君を誑かすだろうね。
そうでないと、私が現実に押しつぶされるからだ】
漢はニタニタ嗤って呟く。
【さてと? 君の脚をひっかけて、
どのように地獄に送り出すか? 私は考えることにする】
彼はゆっくりとプラプラと左右に揺れて、
──遠ざかっていく。
そして、泡のように消えたかと思うと。
────霧になって、消え散った……。




