第33話 『笑いの先にあるもの』
会場に拍手が広がり、先に出ていたペアの漫才が終わった。
――司会者の声が重なる。
「それでは続きまして――三谷瑛太、相原星羅ペアです!」
「どうぞ!」
一瞬だけ、時間が止まる。
瑛太と星羅は、互いの手を強く握った。
ぎゅっと、確かめるように。
「……いくぞ」
「うん」
ライトが二人を照らす。
客席のざわめきが、すっと引いた。
ほんの一瞬の静寂。
瑛太が一歩前に出る。
瑛太&星羅「どうもー!」
客席から、ぱらぱらと笑いと拍手が起きる。
星羅「よろしくお願いします」
瑛太「よろしくお願いします」
少しだけ間を置く。
瑛太「ところでさ、この前初めて白ごはんじゃないオムライス食べてん」
客席がわずかにざわつく。
星羅「えっ?」
瑛太「なんかバターライスに卵かぶせて、茶色いソースかかってるやつ」
星羅「うん……よくあるやつだよね」
星羅が首をかしげる。
星羅「……普通のは?」
瑛太「白ごはんに卵かぶせて、ケチャップかけるやつ」
一瞬の間。
星羅「いやそれ普通じゃないよ!!」
客席に笑いが広がる。
星羅「じゃあチキンライスは?」
瑛太「目玉焼きやろ」
星羅「分離してるじゃん!!」
笑いが一段大きくなる。
瑛太「でもな、そのオムライスめっちゃ美味しかったんや」
星羅「うん」
瑛太「例えるなら、めっちゃ美味しかったオムライス」
星羅「例えてなさすぎるでしょ!!」
客席からしっかりと笑いが返ってくる。
瑛太「でもな、この前気づいてん」
星羅「なに?」
瑛太「俺、オムライスのことちゃんと分かってなかった」
星羅「うん、知ってた」
小さな笑い。
瑛太「だから考えたんや」
瑛太「オムライスって何なんやろって」
瑛太「俺は卵+ごはん+ケチャップやと思うねん」
星羅「雑すぎるでしょ」
瑛太「だから、天津飯にケチャップかけたらオムライスや」
星羅「違うよ」
笑いが続く。
瑛太「ちょっと整理するで?」
星羅「なんでそんな自信あるの」
瑛太「卵あるやろ?」
星羅「ある」
瑛太「ごはんあるやろ?」
星羅「ある」
瑛太「ほな、もうオムライスや」
一瞬の間。
星羅「……あれ?」
客席がざわっとする。
星羅「……それ、オムライスかも」
笑いが広がる。
瑛太「せやろ?」
星羅「……私、今まで何見てたんだろ」
瑛太「せやねん、世界は広いねん」
星羅「ねえ」
瑛太「うん?」
星羅「親子丼も……いける?」
瑛太「いける」
星羅「だよね!!」
星羅「全部オムライスじゃん!!」
客席が大きく笑う。
瑛太「せやで」
星羅「……」
一瞬、真顔になる。
星羅「違う違う違う」
さらに笑いが重なる。
瑛太「でもな」
星羅「なに?」
ほんのわずかに空気が変わる。
瑛太「一番うまかったのは」
ほんの一瞬の静けさ。
瑛太「一緒に食べたオムライスやな」
客席の空気が、わずかに揺れる。
星羅「……」
少しだけ目を逸らす。
星羅「……それは、ずるい」
小さな笑いと、やわらかい空気。
星羅「そういうのは、ちゃんとしたオムライスで言って」
瑛太「白ごはんでもええやろ」
星羅「それ、もう料理じゃないから!」
大きな笑いが弾ける。
瑛太&星羅「どうもありがとうございました!」
*
ネタが終わった瞬間、
大きな拍手が二人を包んだ。
ライトの中で、ほんの一瞬だけ視線を交わす。
言葉はない。
けれど――それだけで十分だった。
二人は一礼し、舞台を降りる。
袖に戻ると、さっきまでの熱がまだ体に残っていた。
呼吸が少し荒い。
けれど――もう、不安はなかった。
「……やりきったな」
瑛太が小さく呟く。
星羅は少しだけ笑って頷いた。
「うん」
そのあと、少しだけ沈黙が落ちる。
さっきまでの熱が、ゆっくりと静まっていく。
瑛太が、ふっと息を吐いた。
「……なあ」
一拍。
星羅が顔を上げる。
瑛太「また、一緒に漫才やってくれるか…」
ほんの少しだけ、声が落ちる。
星羅は一瞬だけ目を丸くして――
それから、やわらかく笑った。
「うん」
迷いのない一言。
その返事を聞いて、瑛太は小さく笑う。
「……よかった」
その声は、ほとんど息みたいに静かだった。
少し離れた場所で、歓声が上がる。
結果発表の時間が近づいていた。
でも――
二人の中では、もう一つの答えが出ていた。
並んで歩き出す。
さっきよりも、少しだけ自然に。
足音が重なる。
呼吸が揃う。
言葉は、もういらなかった。
――それでも、確かにそこにあった。
二人で、笑っていく理由が。




