第31話 静かな極限
袖に戻ったあとも、
舞台の熱が、まだ体に残っていた。
呼吸が少し速い。
胸が、大きく上下している。
何かを考えようとしても、
うまく言葉にならない。
ただ――
終わった、という感覚だけがあった。
瑛太はその場に立ったまま、ゆっくりと息を吐く。
全部、出した。
それだけは、はっきりしていた。
「……」
隣にいる星羅も、黙ったまま。
けれどその表情は、どこか遠くを見ている。
同じ舞台に立っていたはずなのに、
今は少しだけ、違う場所にいるように見えた。
やがて――
「……生きてる」
ぽつりと、星羅が呟く。
瑛太が視線を向ける。
星羅は、少し笑っていた。
「瑛太さん、私――」
一度、息を吸って。
「今、最高に生きています」
「……俺もや」
小さく、そう返す。
言葉にした瞬間、
胸の奥に残っていた熱が、少しだけ形になる。
瑛太は一度だけ息を吐いて――
それから、ふっと笑った。
「……俺も、サイッコーに生きてるわ」
ニカッと笑う。
星羅は天井を見上げた。
「だよね……生きてる感が溢れてる」
一度だけ息を吸う。
「――最高に、生きてる」
そのまま、花が開いたように瑛太へ笑顔を向けた。
そのとき、
ひときわ大きな笑いが、会場を包んだ。
さっきまで遠かったはずの音が、
急に現実味を帯びて耳に届く。
二人の動きが、わずかに止まる。
今、舞台に立っているのは――
アイドルの花咲真奈美と、落語家の花道亭遊戯。
軽快なやり取り。
客席を確実に掴んでいく間。
そして、また一つ、大きな笑いが起きる。
「……すごいな」
瑛太が、小さく呟く。
その一言で、
さっきまでの“自分たちの世界”が、少しだけほどけた。
ほんの少しだけ、現実が入り込む。
星羅も、その音を静かに受け止めていた。
けれど――
ふっと、息を吐く。
「……もう一回、やりたいな」
ぽつりと、そう言った。
瑛太は一瞬だけ目を細めて、
それから、いつもの顔に戻る。
「よし」
短く言って、立ち上がる。
「次はわからんけど――次のネタの練習しよか」
星羅が顔を上げる。
「うん。オムライスの話」
「そう、オムライスや」
自然に言葉が重なる。
さっきまでの熱とは違う、
もう一つの熱が、静かに灯る。
その後、俺たちは袖を離れ、廊下に移動した。
そこで、一通りネタを流した。
さっきまでの舞台とは違う、静かな空間。
それでも、言葉は不思議と途切れなかった。
そして――
呼び出しのアナウンスが入る。
結果発表の時間だった。
会場に戻る足が、少しだけ重い。
ステージの空気が、さっきとはまるで違っていた。
司会者の声が、響く。
「それでは、決勝戦に進む2組を発表いたします」
一瞬、空気が張り詰める。
「まずは――花咲真奈美と花道亭遊戯ペア!」
会場が、大きく沸いた。
拍手と歓声が、押し寄せる。
瑛太は、その音を正面から受け止める。
そして――
「そして、もう一組は……」
ほんの一瞬の間。
やけに長く感じる。
「三谷瑛太、相原星羅ペアです」
――一瞬、何も聞こえなくなる。
音だけが、遠くにある。
「……」
瑛太が、ゆっくりと顔を上げる。
星羅も、同じように立ち尽くしていた。
少し遅れて、
言葉が、胸の奥に落ちてくる。
「……俺ら、や」
かすれた声で、瑛太が言う。
星羅が、小さく頷く。
「……やりましたね」
その目が、わずかに潤んでいた。
瑛太は一瞬だけそれを見て、
ふっと息を吐く。
「おいおい」
少しだけ笑って、
「まだ終わってへんで。いくぞ、星羅」
星羅は涙をこらえながら、笑う。
「うん。行こう、瑛太」
二人は、前を向いた。




