第三話『振り向くと、最高のボケ』
第3話用プロフィール
三谷 瑛太
・ツッコミ担当。
・人との距離感を測るのが下手で、正解だけを言ってしまう。
・「面白い」と「踏み込む」の境界線で、いつも立ち止まる。
・ノートにはネタより、言えなかった言葉のほうが多い。
相原 星羅
・若手女優。
・完璧な演技の裏で、自分のズレに一番鈍感。
・笑うときだけ、役を忘れる。
・気づけば、ツッコミを待つ位置に立っている。
午後の公園は、どこか中途半端だった。
休日でもなく、平日でもないような空気。
ベンチの上には、使い古されたノートとボールペンが置かれている。
三谷瑛太は、そのノートを開いたまま、何も書けずにいた。
ネタが出ないわけじゃない。
ツッコミも、構造も、頭の中にはある。
ただ、どれも妙に現実感がなくて、指が動かなかった。
(……余計なこと、したかな)
オーディション会場での出来事が、何度も頭をよぎる。
正しいツッコミだった。
でも、正しいからといって、踏み込んでいいとは限らない。
「……三谷さん」
背後から聞こえた声に、瑛太の肩がわずかに揺れた。
振り向くと、そこに立っていたのは相原星羅だった。
同じ事務所の女優。
見かけたことは何度もあるが、こうして話す距離に立つのは初めてだ。
今日は舞台衣装でもなく、オーディション用の服でもない。
シンプルな私服姿で、髪も無造作にまとめられている。
端正な顔立ちはそのままなのに、
今はどこか輪郭が柔らかく見えた。
「……どうも」
瑛太は立ち上がらず、軽く会釈だけした。
距離を詰めすぎない癖が、無意識に出る。
星羅は少し迷ってから、隣ではなく、正面に立った。
「この前は……本当に、ありがとうございました」
瑛太は視線をノートに落としたまま答える。
「ツッコミですから。
あの状況なら、誰でも言います」
「言わない人のほうが、多かったです」
星羅の声は穏やかだったが、そこには確かな実感があった。
「失敗しそうな時って、
だいたい“何も起きてない顔”してるんですよね。
私、あの時……たぶん、笑ってた」
瑛太は、ゆっくりと顔を上げた。
確かに、そうだった。
完成された笑顔。
その裏で、呼吸だけが浅くなっていた。
(……やっぱりな)
「演技が悪かったわけじゃないです」
瑛太は言った。
「むしろ、上手すぎる。
だから、ズレが目立つ」
星羅は小さく目を見開いたあと、苦笑した。
「厳しいですね」
「ツッコミなんで」
そう言ってから、瑛太は少しだけ言葉を選んだ。
「でも……あのまま行ってたら、
相原さん自身が、一番つらかったと思います」
星羅は一瞬、黙った。
それから、ふっと息を吐く。
「……不思議ですね」
「何がですか」
「怒鳴られたのに、
ちゃんと見てもらえた気がした」
その言葉に、瑛太は返事ができなかった。
見ていた。
確かに見ていた。
でも、それはツッコミとしてであって――それ以上の意味を、考えたくなかった。
「……相原さん」
少しだけ間を置いて、瑛太は続けた。
「無理に、完璧でいようとしなくても、
ズレた瞬間のほうが……人は笑います」
星羅は、きょとんとした顔をしてから、急に吹き出した。
「それ、女優に言うセリフじゃないですよ」
「芸人なんで」
今度は、彼女が声を上げて笑った。
舞台用でも、営業用でもない、
少しだけ無防備な笑いだった。
瑛太は、その笑いを見て、胸の奥がざわつくのを感じた。
(……危ないな)
面白い。
でも、それだけじゃない。
笑わせたいと思うと同時に、
壊れそうなところを、これ以上増やしたくないと思っている。
論理が、噛み合わない。
「三谷さん」
星羅は笑いを収めて、まっすぐ瑛太を見た。
「もしよかったら……
もう少しだけ、話を聞いてもらえませんか」
その頼み方は、女優のそれじゃなかった。
仕事の相談でも、媚びでもない。
ただ、
一人の人間としての声だった。
瑛太は、ノートを閉じた。
「……少しだけなら」
その答えに、星羅はほっとしたように微笑んだ。
この時点では、まだ何も始まっていない。
コンビでも、恋でもない。
ただ、
互いのズレに気づいてしまった二人が、
同じベンチの近くに立っていただけだ。
それでも瑛太は思っていた。
(……振り向いたら、厄介なボケが立ってたな)
そしてそのボケは、
これから先、何度も自分を振り向かせることになる――
そんな予感だけが、静かに残っていた。
次回は水曜日の21時です(=^・^=)
猫田笑吉




