表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
2/87

第1話:『最高のボケと、最低のツッコミ』

人生は理屈じゃ笑えない――でも、笑いの隙間に心は揺れる。

売れないツッコミ・三谷瑛太と、完璧そうで実は少し抜けている女優・相原星羅。

最高のボケが、論理の外から、静かにやって来る――。

夜の居酒屋。

三谷瑛太は、売れない芸人だ。 しかもツッコミ。

――一人で成立しない役割。

氷が、かすかに鳴る。 グラスの中で溶けていく音だけが、やけにはっきりしていた。

相方はいない。 ネタはある。 でも、舞台がない。

「……理屈で笑いをやると、人は疲れるんだよな」

呟いた瞬間、胸の奥に小さな引っかかりが残る。

(ほんまに、それだけか)

考えかけて、やめる。

そのとき。

隣のテーブルから、笑い声が落ちた。

軽い。 高い。 なのに、なぜか耳に残る。

「いや今の間、絶対いらんでしょ。間が寂しがってるわ」

女の声。

瑛太の指が止まる。

(……誰やねん、それ)

視線を向ける。

相原星羅。

事務所で見たことのある女優。

まだ売れていない。 でも、存在だけが少し浮いている。

「ボケは良かったのに、欲張りすぎ。あれ、完全にツッコミ待ちの顔してた」

笑いながら言っているのに、 視線はちゃんと“見ている”。

(……そこまで分かるんか)

その瞬間。

歩道橋の夜が、ふと重なる。

『大丈夫、大丈夫』

あの時の、少しだけズレた笑い声。

(似てる)

理由はないのに、そう思った。

「緊張してるとね、無駄な動き増えるの。自分守ろうとするから」

星羅は続ける。

正しい。 たぶん、全部正しい。

でも――どこかだけ、ズレている。

今の笑いもそうだ。 一拍、早い。 言葉より先に空気が動く。

(この人……)

目が離せない。

面白い。 それだけじゃ、ない。

「……なんやそれ」

気づけば、声が出ていた。

星羅がこちらを見る。

「え?」

「あ、いや……今の分析」

少しだけ視線を逸らす。

「合ってると思います」

星羅は一瞬だけ止まって、それから笑った。

「ありがとうございます。……でも、結構適当ですよ?」

「いや、適当でそこまで言えたら十分バケモンです」

「ひどい言い方」

笑う。

その笑いの奥に、 ほんの少しだけ、さっきと同じ“ズレ”が残る。

瑛太はそれに気づく。

気づいてしまう。

(……やっぱりや)

放っておけばいい。 関係ない。 そう思えば済む話や。

それでも、残る。

直したくなる感じ。

息苦しくなる前の、ほんの手前。

グラスを置く。

立ち上がる。

――関わったら、たぶん同じことになる。

「お先です」

それだけ言って、店を出る。

夜風が頬を撫でる。

歩きながら、ふと足が止まる。

さっきの笑い声が、まだ耳の奥に残っている。

(……誰か、あの人にツッコんだれよ)

“無理して笑ってるやないかい”って。

一瞬、本気でそう思う。

でも。

踏み込まない。

「……関係ないか」

そう言って、歩き出す。

なのに。

頭から離れなかった。

――最高のボケは、だいたい厄介や。

そして。

それに気づいてしまうツッコミは、もっと厄介だ。

第一話をお読みいただきありがとうございました。

「笑う君に恋をした」は、ツッコミとボケだけでなく、二人の微妙な心の揺れも描いていきます。

次回もどうぞお楽しみに。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
理屈で笑いを考えるツッコミの瑛太と、的確すぎる分析をする女優の星羅。 二人の笑いへのこだわりがぶつかり合う瞬間が、静かだけどかっこいいです! 笑いの中に自分を隠していることを見抜いた瑛太が、これか…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ