第二話:『ツッコミは、救命胴衣』
第2話用プロフィール
三谷 瑛太
・ツッコミ担当。
・ズレに気づくのが早すぎて、黙っていられない。
・本人は「普通の指摘」のつもりだが、言葉の圧が強い。
・救うつもりで投げた一言が、だいたい人生を動かす。
相原 星羅
・若手女優。
・本人は気づいていないが、緊張すると完成度が上がりすぎる。
・ズレているのはボタンだけではない。
・ツッコミを向けられた瞬間、なぜか呼吸が楽になる。
オーディション会場の控え室は、空気が重かった。
静かすぎるわけでもないのに、誰も余計な音を立てようとしない。
ページをめくる音、椅子が軋む音、浅い呼吸――それらが妙に際立つ。
三谷瑛太は、壁際に立ち、腕を組んでいた。
自分の出番はない。ただの付き添いだ。
それでも、ここに来てしまったのは、最近この場所の空気が嫌いじゃなくなったからだった。
理由は分かっている。
分かっているが、認める気はなかった。
視線の先に、相原星羅がいた。
台本を手に、背筋を伸ばして椅子に座っている。
姿勢は完璧。表情も整っている。
けれど、瑛太には見えてしまった。
シャツの、ボタンがズレてとまっている。
(……おい)
ツッコミ脳が、嫌なタイミングで起動する。
こんなミス、星羅が気づかないはずがない。
それでも直していないということは――
(緊張してる)
昨日、居酒屋で聞いた言葉がよぎる。
「緊張すると、無駄な動き増えるの」
今は逆だ。
動かなさすぎて、止まってしまっている。
星羅は立ち上がり、深呼吸を一つ。
名前が呼ばれる直前だ。
瑛太の中で理屈が叫ぶ。
――関係ない。
――お前が出る幕じゃない。
それでも、身体が先に動いた。
「相原さん」
声をかけた瞬間、自分でも驚くほど大きな音が出た。
控え室の数人が、ちらりとこちらを見る。
星羅も振り返った。
「……三谷さん?」
その一瞬。
彼女の目に浮かんだのは、安心じゃない。
むしろ、完全に追い詰められた人間の目だった。
瑛太は、もう引けなかった。
「君、緊張しすぎて――」
言葉を選ぶ暇はなかった。
だから、最も正直な言葉が出た。
「君、緊張しすぎてシャツのボタンズレとるやないかぁーい!!」
控え室の空気が、一瞬、止まる。
星羅は目を見開き、次の瞬間、自分の胸元を見た。
それから、はっと息を呑む。
「……っ!」
書類を掴み、何も言わず控え室を飛び出していった。
静寂。
瑛太は、自分の心臓の音がうるさいほど聞こえていた。
(……やったか?)
怒らせたかもしれない。
余計なお世話だったかもしれない。
数分後。
星羅が戻ってきた。
ボタンは、きちんと揃っている。
けれど、それ以上に変わっていたのは――顔だった。
さっきまでの硬さが消え、呼吸が深くなっている。
星羅は瑛太の前で立ち止まり、小さく頭を下げた。
「……ありがとうございました」
声は低いが、はっきりしている。
「言われなかったら、あのまま出てました。
たぶん、演技も……ダメだった」
瑛太は視線を逸らした。
「ツッコミなんで。
崩れそうなところ、放っとけないだけです」
星羅は、少し笑った。
「変ですね。
怒鳴られたのに、助けられた気がしました」
その言葉に、瑛太は返せなかった。
呼び出しの声が響く。
星羅の名前だ。
「行ってきます」
彼女はそう言って、舞台の方へ歩いていった。
背中は、さっきよりずっと軽そうだった。
瑛太は、その後ろ姿を見ながら思った。
ツッコミは、攻撃じゃない。
崩れる瞬間に、浮き輪を投げる行為だ。
――救命胴衣みたいなものだ。
舞台の奥から、星羅の声が聞こえる。
緊張はある。
でも、震えていない。
瑛太は、知らず息を吐いていた。
(……まただ)
関わるつもりはなかった。
それなのに、もう一度、関わってしまった。
この一声が、彼自身をも水の中へ引きずり込むことを――
ツッコミは、人を救う。
そして同時に、ツッコミを放った人間も、もう戻れなくする。
第3話、何か始まりそうです(≧▽≦)
1/10(土曜日)の昼頃に第3話公開
ヾ(・ω・*)ノヨテイ




