表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/59

第十一話:すれ違いの距離

その日から、二人は少しだけ会わなくなった。

忙しくなったわけでも、喧嘩をしたわけでもない。

ただ、タイミングが合わなかっただけだ。

瑛太は一人、事務所の小さな稽古場にいた。

ネタ帳を開いては閉じ、ペンを持っては止める。

「……あかん」

ツッコミを書こうとしても、言葉が立たない。

構成は組める。理屈も通る。

けれど、どこか空っぽだった。

前なら、ここで相方の顔を思い出していた。

「ここ、もっと来いよ」

「今の間、遅い」

――今は、その相方がいない。

代わりに、浮かんでくるのは

舞台の袖で、星羅が投げてきた、あの一言。

「……ツッコミ待ちの顔、してましたよ」

思い出して、瑛太は小さく舌打ちする。

「なんでやねん」

一人で言って、一人でツッコんで、

それでも笑いは生まれない。

一方、星羅は撮影現場にいた。

台詞は少ない。

立ち位置は端。

カメラが自分を捉える時間は、ほんの数秒。

「はい、次いきまーす」

監督の声で、星羅は一歩引く。

いつものことだ。慣れているはずだった。

――なのに。

「……間、早かったかな」

ふと、そう思ってしまった。

即興の舞台で、瑛太が投げてくれた間。

あれがあったから、次の一言が生きた。

「拾ってもらえる」

そう思えたから、踏み出せた。

今は、誰も拾わない。

カットの声がかかり、星羅は軽く頭を下げる。

周囲は忙しく動いているのに、

自分だけが少し、取り残された気がした。

帰り道。

スマホを取り出して、名前を探す。

――三谷 瑛太

指が止まる。

「……別に、用ないし」

画面を消して、ポケットにしまう。

でも、胸の奥の違和感は消えなかった。

その夜、瑛太は居酒屋にいた。

あの夜と同じ店。

同じカウンター。

違うのは、隣の席が空いていること。

「一人ですか?」

店員の声に、瑛太は短く答える。

「はい」

ハイボールを一口飲む。

味は、前と変わらない。

「……変わらんのは、酒だけか」

ぽつりと零す。

あのとき、

あの声がなかったら。

あのボケがなかったら。

自分は、今日ここに来ていただろうか。

同じ頃、星羅も一人で帰宅していた。

台本を机に置き、ソファに座る。

セリフを口に出してみる。

でも、どこか違う。

「……違うな」

自分の声なのに、しっくりこない。

頭に浮かぶのは、

「それ、今じゃない」

と、静かに止める声。

ツッコミなのに、否定じゃない声。

星羅は、はっとして息を止める。

「……あ」

その瞬間、二人は同時に気づいていた。

一緒にいたから良かったわけじゃない。

でも、一緒にいないと、何かが足りない。

それは依存じゃない。

期待でもない。

ただ、

「相手がいる前提」で、

自分が動いていたという事実。

まだ、約束はない。

まだ、コンビでもない。

それでも――

離れてみて、初めて分かった。

あの舞台は、

一人じゃ成立していなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ