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入れ替わりの聖女たち  作者: リコピン
異世界編
12/13

異世界1-05 聖女の最期

ディオンの執務室から連れ出された美咲は、そのまま黒塗りの馬車に乗せられる。荷物をまとめることも許されず、馬車は流刑の地を目指して走り出した。


(本当に、何もかも全部、お膳立てが済んでいたということね……)


美咲は、座席の上で膝を抱えて丸くなる。


リリーの記憶に「ヴェスティバ離宮」に関する情報はない。が、流刑の地なのだ、きっと王都からは遠いのだろう。窓のない箱の中から外を窺い知ることは出来ず、美咲の不安は募った。


どうして、こんなことになったのだろう――?


考える時間を与えられた美咲は、自問を繰り返す。


何度リリーの記憶を探ってみても、ディオンやアルマンの殺意を読み取ることは出来ない。リリーの主観がそう見せているのか、或いは、彼らの演技が卓越していたからなのか。


(殺したいほどの敵意って、あそこまで完璧に隠せるの……?)


そう考えて脳裏に浮かんだのは、元の世界の柏木の姿だった。


美咲は柏木に殺された。最後のあれは、事故ではなく故意の殺人だったと思っている。だが、最後の最後まで、彼に敵意や悪意のようなものは感じられなかった。代わりに浮かぶのは、最後に会った時の裕也のほの暗い眼差しだ。


落ち着いた今なら分かる。彼のあの眼差しには、身の危険を感じるほどの敵意が込められていた。それこそ、あの場で殺されていてもおかしくないほどの――


(階段から落ちかけたのは、やっぱり、裕也のせい……?)


背中に感じた衝撃は、気のせいではなかったのかもしれない。


だとすると、柏木が裕也から命じられたのは、美咲の説得ではなく殺害。そう考えると、全てがしっくり来る。柏木の「すみません」という言葉が脳裏に蘇った。


(……悔しい)


今更に、怒りが湧いてくる。リリーとして生きていくと決めて、けれど、元の世界で殺されたことを許せるはずもなかった。殺されなければ、美咲が今、こんな目に会うこともない。柏木が憎かった。それ以上に、裕也が憎くてたまらない。


怒りと憎しみに散々蝕まれ、美咲は無為な時を過ごす。


馬車に乗せられたまま、一週間が過ぎた。


しかし、目的地には未だたどり着かない。道の舗装はとっくに途絶え、馬車の乗り心地は最悪だった。用を足す以外、夜寝る時でさえ外に出してもらえず、美咲は疲弊しきっていた。何でもいい、兎に角もう楽になりたい。


座席に身を横たえ、美咲は朦朧とした頭で考える。


ディオンやアルマンに殺意が感じられなかったのは、恐らく、彼らにそれほどの敵意がなかったから。柏木と同じで、殺害の動機は敵意ではなく、何らかの「利」を得るためだったのだろう。


では、その利が何だったのかと考えると、一つだけ、思い当たることがあった。


(教会。……アルマンが怒ったのは、『私が教会に戻る』と言ったから……)


リリーの認識では、教会は「女神レステレアの名の下に自由を奪うもの」でしかなかった。だが、美咲の視点で見ると、教会は一つの巨大権力だ。そこに利権が存在しないわけがない。リリーが学園に入った経緯を踏まえると、王侯貴族を中心とする既得権益との対立も見えてくる。


リリーを学園に入れたのは、聖女を教会から切り離すため。


王家の関与があったかは不明だが、少なくとも、彼女のために金を積んだ貴族家の意図はそこにあるだろう。事実、学園在学中、教会がリリーに接触してくることはなかった。


(なかったと言うより、多分、出来なかった……。聖女は教会の象徴、それを放置するなんて、本来ならあり得ない)


だとすると――


(っ!最低だ。失敗した……っ!)


美咲がとったのは、とんでもない悪手だったことになる。


王家の思惑は聖女であるリリーの飼い殺し。王族や貴族との婚姻は認めないが、王家には仕えさせる。そのために、高位貴族の愛人にするくらいの計画はあったのかもしれない。が、美咲がそれを不要にした。


魔力減少の告白、霊薬調合法の開示。どちらも、身を守る武器を美咲自ら手放したと同義だ。


(……考えが甘すぎた)


王家にとって、無用の長物となった美咲。然りとて、聖女の肩書を持つ者を捨て置く訳にもいかない。国民の大半がレステレア教の信者であるスラートにおいて、聖女を囲う教会は無視できない力となる。


(っ!でも、だからって、ひとの人生を勝手に奪うなんて……!)


この世界ではヒト一人の命が軽い。生き方を強制されるだけでなく、容易く奪われてしまうこともある。美咲の一番の敗因は、それを本当の意味で理解していなかったことだ。


涙が零れそうになった。


美咲は、きつく握った両の拳を、閉じた瞼に押し付ける。泣きたくない。ここで泣いてしまったら、もう、頑張れなくなる。


美咲は、不快な振動に身を委ね、じっと耐え続けた。


やがて、馬車が止まる。美咲は強張った身体をゆっくりと起こした。同時に、固く閉じられた馬車の扉が外側から開く。そこに立つ男の姿に、美咲はギョッとした。


(ディオンの護衛騎士……)


名をなんと言ったか。


馬車を護送する騎士たちがいることには気づいていたが、その中に彼がいることには気づかなかった。途中、チラリとも姿を見かけることのなかった彼が、今、馬車の外で美咲を待っている。


慎重に外に踏み出した美咲の手を、男が取る。恐々見上げた男の顔には、何の表情も浮かんでいなかった。


男が、美咲の手を引いて歩き出す。彼の向かう先には、大きな屋敷が建っていた。が、経年で傷みの酷いその建物に、人の気配は感じられない。朽ちた門を潜り、雑草の茂る庭を抜けた先、屋敷の扉を前に、男が足を止めた。


彼が、美咲の手を離す。


「あの……?」


「……」


向かい合った男は、静かに美咲を見下ろす。その威圧的な雰囲気に、美咲は飲まれそうになる。


脳が警鐘を鳴らしていた。何故かは分からない。ただ、逃げ出すべきだと本能が告げる。しかし、彼に背を向けることが出来ない。そうすれば、全てが終わってしまう気がして、美咲は動けないでいた。


「で、殿下は……」


必死で言葉を紡ぐ。


「殿下は、私に蟄居を命じられました。王命だと……!」


望まれているのは、王都から、権力から遠く離れること。決して、死を望まれているわけではない。そのはずだと信じて、美咲は震えそうな感覚を追い払う。だが――


「……それは、殿下の恩情。殿下のお考えだ……」


言って、男が剣を抜いた。


「っ!?」


「禍根を残さぬためにも、聖女様にはこの場で死んで頂く。……それが、私の望みだ」


抜き身の刃物を向けられ、美咲の心臓が痛いくらいに鳴る。


「あ、あなたの都合で、私を殺していいと思っているの?……私は聖女よ?」


「なればこそ。貴女の死を望む者は多い。……あなたの存在は脅威だ」


「っ!?」


男の言葉に美咲は愕然とする。そして、気付いた。


そもそも、何故、リリーは殺されねばならなかったのか――


彼女を殺したのは、クローデットではない。確かめようはないが、アルマンがあれほど自信を持っていたのだ。彼女にアリバイがあるのは本当だろう。


それに、彼女には動機がなかった。ディオンの不誠実な態度が演技だと知っていたのだから、彼女がリリーに妬心を抱く必要はない。


彼女以外の誰か。霊薬の完成にも増して、聖女の死を望んだ人がいる――


「……少々、しゃべり過ぎましたな」


男の雰囲気が変わった。美咲はジリと後ずさる。


「だ、誰かっ……!誰か助けて……っ!」


一縷の望みをかけて大声を上げるが、男の余裕は崩れない。


「無駄です。ここには誰もおりません。……あなたの到着前に人を寄越す手はずでしたが、アルマン殿が握り潰しました」


「っ!?」


「彼の方もまた、ここであなたが消えることを望んでいる」


距離を詰める男に、美咲はイヤイヤと首を横に振った。怖い。死にたくない。けれど、身体が震えて思うように動けない。


歯の根が合わず、男を凝視する美咲に、男の顔が一瞬だけ曇ったように見えた。


「……すまない。だが、これも国のため、殿下の輝かしき御世のためだ」


白刃が煌めく。美咲は、迫り来る痛みを覚悟して、ギュッと目を閉じた。


だが――


(……え?)


いつまでも衝撃が襲ってこない。美咲はそっと目を開けた。


「っ!?」


目の前の光景に、美咲は小さく悲鳴を上げる。切り掛かってくる態勢のまま、男が固まっていた。その顔に苦悶の表情が浮かんでいる。と、糸が切れたかのように、男が地面の上に倒れ込んだ。


ドサリと音を立てて転がる身体。美咲の緊張が途切れ、ペタリと地面に座り込んだ。


(助かった、の……?)


だとしても、何が起きたのか分からず、心から安心することは出来ない。


茫然とする美咲の背後で、不意に風が吹いた。反射で振り返った美咲は、そこに立つ人の姿が信じられず、瞠目する。


「……やはりお前か。リリー、何故、お前がこのような場所に居る?」


振ってきたのは、記憶にない――けれど、幼い頃に聞いたはずの――声。長身の彼が小さく首を傾げると、長い真っすぐな金糸がサラリと揺れた。じっと見下ろす深緑の瞳に、その感情は窺えない。が、髪の隙間から覗く耳、細く尖ったそれを認めて、美咲の目から涙が溢れ出す。酷く懐かしかった。


泣き出した美咲に、彼が跪く。


「リリー?」


名前を呼んだ彼が、訝しげに眉間に皺を寄せた。


「……いや、違うな。……お前は誰だ?」


「っ!?」


彼の言葉に、美咲は驚き、そして、堪らず笑った。


彼は、ここに居るのがリリーではないことに気付いてくれた。そのことに、どうしようもない安堵を感じる。


美咲の意識が遠のいていく。身体がグラリと揺れた――


「おい……」


優しい腕に、身体を抱き留められる。


(……もう、大丈夫……)


何も心配することはない。


この世界でたった一人。無条件に信じられる腕の中で、美咲は気を失った。






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