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【第二章 犯人は二人】 (三十三)重量

 (かつら)龍之介(りゅうのすけ)にこってり絞られているようだ。道場に連れ戻されて、中棟に入っていったきり、二時間も出てこない。


「あいつ、車庫に何の用だったのかな」


 島田(しまだ)(みの)()たちの部屋に来ていた。一時的に、渥の護衛が箕津と島田の二人になったのだ。すでに「(りゅう)」の襲撃は済んでいるから、護衛というより見張りに近い。


 箕津以外の少年たちは、畳の上に問題集を開いて相談しながら解いている。話からして、中学二年生の問題らしい。一人が、ノートを抱え、ちらちらと島田を見ていた。教えて欲しいところがあるのだろう。

 

「さあ、もうお葬式は終わりましたし。でも、荷物は保管されていると思います」

「荷物を見て、どうする気だったんだろう」


 箕津も島田も、話に夢中で同室の少年たちの様子に気づいていない。渥はノートを抱えた少年に近づいていって、どこ、と尋ねた。指さされた問題を、ノートの余白になるべく丁寧に解いて見せる。少年はしばらく式を眺めていたが、ああ、と言って微笑んだ。


「ありがとうございます」


 思いの外、大きな声だった。島田たちが振り返り、首を傾げる。


「勉強を教えていただけです。情報を整理しましょうか。書いてもいい紙、ありますか」

「あ、これ使ってください」


 箕津がルーズリーフを一枚出した。


「ありがとう。じゃあ、現場の見取り図から」


 道路と門、竹林を書き、道路と門の中間地点くらいに吉岡(よしおか)たちの位置を示す。森島(もりしま)はうつぶせ、腹部に傷。吉岡(よしおか)は胸に傷。


「ナイフはどこにあったんですか」

「吉岡から十メートルは離れていたかな。頭領が凶器を探していて見つけたんだ」


 ――(げん)(いち)(ろう)か。


 渥が見たとき、吉岡の顔はすでに血の気がなかった。もし、ぎりぎり生きていて、現一狼を敵と見間違えて攻撃したいと思っても、十分な力が出ないだろう。それこそ文字通り、現一狼に一蹴されて終わりだ……ろうか。


「吉岡さんて、強かったんですか」

「そうだな、多津見(たつみ)流にしては珍しく――何人か殺したことがある人だ。頭領である森島さんをずっと守ってきたんだよ」

「現一狼と比べるとどうです」

「比べる相手が悪すぎる」


 島田があきれ顔をした。


「あの人は最強だよ。ちょっとでも触れれば稽古場の端まで投げ飛ばされる。もちろん、稽古のときは手加減しているから、よほど無茶をしないと、そんなことにはならないけれど。吉岡なんてかなうはずがない」


 その現一狼がかないそうもないのが(せい)(りゅう)なんだけどな、と心の中でつぶやく。現一狼がそこまで強いと思われているということは、夢現流は「龍」に対して、危うい状態にあるのかもしれない。今回の襲撃は、青龍の態度からして現一狼が目的だろうから、門下生をつぶそうとは思っていなかったのだろう。門下生が追い詰めた「龍」の構成員も二十人程度だったという。攻めては来ず、青龍の逃走と同時に逃げたというから、もしかすると、門下生を現一狼のいる客室から遠ざけるためだけの人員だった可能性もある。


 ――まずいな。


 夢現流の門下生は、「龍」の襲撃に勝ったつもりでいる。だが、戦いではなく、いいように振り回されただけかもしれない。

 門下生が自分たちの力を見誤る要因になるかもしれない。


「どうした、渥君」

「いえ」


 とりあえず、襲撃は終わった。今は、森島たちの事件の犯人捜しに集中したかった。


「島田さん。吉岡さんの棺なんですけれど、こんなことを聞いて悪いんですが、具体的に、森島さんの棺より、何キロくらい重かったと思いますか」

「ああ、持った感じでは十キロ以内かな。いや、五キロ……よりは重かったか」


 渥はあのときのことを思い出す。棺に手を掛けていたのは井筒たちで八人いたはずだ。そこに島田が加わって、九人。


「……棺は頑丈だったんですよね。遺体で底がたわまない程度には」

「ああ、そうだ、な」


 島田と渥は視線を交わす。島田が渥からシャープペンシルを奪い、棺の形と、持っていた人の位置を書く。


「あとは単純な計算だ。……ああ」


 島田が頭を抱えた。渥も暗算してうなずく。

 しばらく、互いの顔を見るだけで、言葉が出なかった。


「二人とも、どうしたんですか」


 箕津が心配そうに声を掛けた。

 島田が口を開こうとするのを手で制し、渥は問いかける。


「箕津君。今日の食事の当番って誰?」

(とも)()さんだったと思いますが」

「箕津君はいつ当番なんだ?」

「明日です」

「わかった。一つ、気をつけて見ておいてほしいことがある」


 渥は箕津の耳元にささやく。箕津がわけがわからない、というような顔で渥を見た。


「でも、それって単にお腹がすいたのかも。そういう人はいます」

「とりあえず、一日だけ確認してみたいんだ。あとは、別のやり方で詰める」

「……はい」


 箕津が心配そうな顔でうなずく。


「おい、渥君。何をするつもりだ」

「証拠が欲しいんです。じゃないと」


 現一狼はあの手この手で逃げるだろう。


「ともかく、今のことは内密に。誰にも話さないでください。ここにいる俺たちだけの秘密です」


 棺の謎は解けた。

 だが、まだ解けないものはある。


 誰が吉岡を殺したのか。


 渥としては、現一狼ではないと信じたかった。龍之介の話から考えても、新井(あらい)(うつつ)は自分が現一狼であることにこだわっている。それを捨てるようなこと、つまり、流儀に反した行いは、するはずがない。

 それに羽織や白い着物の汚れがなかった。替えたのは袴だけだ。


 だとすれば、犯人は二人。

 一人は現一狼。

 もう一人は、吉岡を殺した人物だ。

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