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【第二章 犯人は二人】 (三十二)現場

「ここに吉岡さんが前のめりに倒れていて、肩を押して起こして」


 島田は竹林にしゃがみ、そこまで言うと、ふうっと長い息を吐いた。


「上体を竹にもたれさせてみたら、胸に傷が」


 言葉が途切れた。


 ――前のめりに倒れていた。


 渥が見たときは、竹にもたれて座っているように見えた。現一狼が渥に見えないように立ちふさがったから顔くらいしか見ていないが、それでも、うつぶせでなかったことはわかる。


 ――どうして、倒れたのだろう。


 死後に体が弛緩(しかん)するものだろうか、でも、竹にもたれているのに? 力が抜けたとしても、前のめりに倒れることは、あるのか。

 考えてみるがわからない。

 島田は、まだ言葉を続けられず、地面を見つめている。


「つらかったら、詳しく話さなくてもいいの。だいたいの場所だけで」


 桂が島田の顔を覗き込む。


「いや、話したいんだ。一人で抱えていられないんだよ」


 手を払うように動かし、島田は渥たちを見た。


「頭領が、脈がないことを確認して、胸の傷が致命傷じゃないかという話になったんだ。森島さんは、地面に横たわった状態で、そちらも、頭領が確認をした」

「頭領、島田が来る前には生きているか死んでいるか確認しなかったのかな」

「いや、したと思う。現場には手を触れていないと言っていたけど、頭領の(はかま)に血の痕があって。羽織や着物はきれいなままだったし、遺体を大きく動かしてはいないだろうけれど、脈を診ることぐらいはしたんじゃないかな。頭領は、助かりそうな人は必死で助けようとする人だからさ」

「そうなの?」

「前に、稽古中に(とも)()さんが倒れたんだ。頭領が心臓マッサージで粘ったおかげで、何とか死なずに済んだ」

「友井って、井筒の腰巾着?」

「言い方が悪いよ。ともかく、あの人は放っておけるたちじゃない。応急手当をしなかったということは、すでに亡くなっていたとしか」


 島田が、う、とうなり、言葉に詰まった。桂も、渥も、箕津も何も言えず、ただ、島田の回復を待つ。


「森島さんには、もっと、教えて欲しかったなあ」


 絞り出すような声が、頭を抱え、うつむいた島田から聞こえた。


「森島さん、何を教えてくれていたんだっけ」


 桂がしみじみとした口調で問うた。


 ――知らないのだろうか。


 渥は違和感を覚え、桂を見つめる。


「教えてもらっていた内容は秘密。頭領の命令で、門下生同士でも内容を話しちゃいけないことになっているんだ。……面白かった、としかいえないな」


 そう言われると気になる。行儀が悪いと思いながらも、手がかりを探す。確か、井筒が島田は大学時代にアルバイトをしていたと言っていた。


「島田さん。大学は何学部の何学科だったんですか?」

「え?」


 島田がきょとんとした顔で渥を見た。


「いや、俺も来年、受験だし」

「ああ。工学部の電子工学科」


 確かに、パソコンがらみの学部ではある。渥のように、ただパソコンが使える、というレベルではなく、もっと知識が深いに違いなかった。一方の多津見流は情報戦が強いらしい。昨年登場したOSのおかげで、インターネットには気軽につなげるようになった。そういったネットワークを使った情報戦というと、ちょっと犯罪じみてくる。

 あまり深入りしないほうがよさそうだな、と思って、渥はそれ以上の質問をやめた。


「渥君は、今のところ何学部志望なんだ」

「ええと、法学か経済です」

「得意科目は?」

「物理と数学」

「理系じゃないか」


 島田が呆れている。

 渥だってわかっている。でも、錦の専門と似たことを学ぶ学部に行けば、もしかして役に立てるかもしれない、という野心はある。少なくとも、昨年の事件を経験したり、現一狼のことを知ったりして、刑法は学んでおきたいと思っている。もし、身内が罪に問われたとき、刑法を知っていればそのあとどうなるのか、どうすればいちばん自分たちにとっていいのか、わかるかもしれない。

 

「自分の可能性を試したいんです」


 三学期の三者面談を切り抜けたときの言葉を言ってみる。島田は、そういうのもありかもな、と言って少し笑った。


「それで、森島さんはうつぶせに倒れていたんだっけ」


 桂が話を戻す。


「うつぶせ……そうなんだろうな。左側を下にして、右側が上で」

「傷口から、だいぶ血が?」


 桂はしゃがみ、森島が倒れていたという場所の土を触っている。見たところ、血の痕はなかった。現一狼たちがきれいに片づけたのだろう。


「渥君、ここ、におう?」


 突然問われて、渥は、神経を研ぎ澄ます。


「いや」

「じゃあ、吉岡さんが倒れていた辺りは?」

「うーん。ほんの少し」

「事件当時はどうだった」

「においました」


 桂は(あご)に手をやり、考え込んだ。


「島田。森島さんたちを、どうやって運んだの?」

「どうって。担架で。ぼくが担架を取って戻ったときには、副頭領が遺体にかける布をもってきていて、森島さんにも吉岡にもかけられていた。布ごと遺体を持ち上げて、担架に乗せて、車庫まで運んで」

「どちらを先に運んだの?」

「森島さんだよ。そのときは頭領も一緒に行って、頭領はそのまま車庫に残って。で、ぼくたちはここに戻って吉岡さんを運んだんだ」


 しばらくぶつぶつ言っていた桂が、はっとしたように立ち上がった。


「どうした? 桂」

「あ、私、ちょっと、用事を思い出したんだ。副頭領に買い出し頼まれてて。ごめんね」


 ――用事があったそぶりなんてなかったのに。


 渥は違和感を覚えた。

 

「箕津君。ちょっといいか」


 声をかけて、渥も桂のあとを追う。


「どうしたんですか。渥さん」

「興味がわいただけだよ」


 先ほど、桂は何かを思いついたような顔をしていた。直前に話していたのは、遺体を車庫に運んだことだ。


 案の定、桂は辺りを見回し、角を曲がった。夢現流の塀にそって北に向かっている。ちょうど、龍之介が車を下ろしてくれた辺りだ。この先には、車庫があるはず。

 塀は、二階建てのコンクリート造りの建物の一部になるようにして終わっていた。建物の一階はガレージで、車が停まっている。二階には窓があり、六畳か、八畳くらいの部屋がありそうだ。角から、桂が中に入るのか見守る。

 不意に、桂が足を止めた。バレたのかと思って角から頭を引っ込める。しばらく何も反応はなかった。

 

 どうなったのかと思って、再度顔を出したときだった。


「どういうことかな、渥君」


 桂の着物をつかんだ龍之介が、怖い顔をして立っていた。戻ろうと振り返ると、島田が仁王立ちで待ち構えていた。

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