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その7 エッダの冒険

 翌朝。俺は寝苦しさに体をよじり、引っ付いている体を押しのけた。


 何だと?


「・・・あ。悪い」

「あ、いや、こっちこそゴメン」


 俺に押しのけられた事でエッダは目を覚ましたようだ。

 そういや、昨夜は一緒のベッドで寝たんだっけ。

 あっ、エロい事は全く無かったからな。そこは勘違いするなよ?


 ていうか俺はいつの間にか眠っていたんだな。

 絶対に寝付けないと思っていたけど、人間横になっていれば案外寝ちまうものなんだな。


 エッダは毛布にくるまると俺の視線から顔を隠した。

 俺は慌ててベッドから下りた。


「ト・・・トイレに行って来るから、その間に休んでいてくれ」


 俺は靴を履くと上着を羽織って――エッダに腕を掴まれた。

 エッダは困ったような、何とも言えない表情を浮かべていた。


「あの、ウチもトイレに行きたいんだけど、その、部屋から出ても大丈夫かな?」


 ・・・そりゃそうか。


 しかしマズイな。この時間部屋の外には寮生が何人もウロウロしているはずだ。

 ここは男子寮でエッダは女子。

 大騒ぎになるのは間違いないだろう。

 だからといってこの部屋でして(・・)貰う訳にもいかないだろうし・・・


 どうすりゃいいんだ、コレ。


 俺は無理難題に頭を抱えたくなってしまった。




「取り合えずこれを着てくれ。髪は帽子を被れば隠せるだろう」


 俺はマリオのロッカーを開けると服を取り出した。

 幸いマリオは男としては小柄な方だ。エッダが着ていてもさほど違和感が無いんじゃないだろうか。

 胸だってささやかなものだし――ゲフンゲフン。

 流石に上着は家で着るために持って帰っているが、そこは俺の洗い替えを貸せばいいだろう。


 エッダは渡された服と俺の顔を交互に見ている。


 ・・・はっ!


「あ、ああ、俺は外に出ているから。着替え終わったら合図をしてくれ」


 俺は慌てて上着をひっ掴むと部屋の外に飛び出した。



 部屋から小さなノックの音がした。

 俺は急いでドアを開けるとサッと部屋の中に入った。


「きゃっ! どうしたんだい?」

「あ、いや、悪い。他のヤツらに変な目で見られてたからよ」


 朝っぱらから部屋の前でぼんやりと立っているのがよっぽど変だったのか、近くを通る度にみんなにジロジロ見られて困っていたのだ。


「それもそうか。・・・不審に思われちゃったかな」

「いや、別に。ちょっと変に思ったくらいじゃないか?」


 寮生は寮生にさほど興味を示さない。

 どうせ「何か悪ふざけでもしているんだろう」くらいにしか思わなかったんじゃないだろうか。

 というか俺なら間違いなくそう思うしな。


「そうなのかい?」

「男は男に興味が無いからな。そんなもんだ。それよりまだ目立つな。ちょっと待ってろ」


 俺はロッカーからマフラーを取り出すとエッダの口元が隠れるように巻いてやった。


「これでパッと見はマリオに見える・・・かしれない。まあいいか。後は出たとこ勝負だ。いいか。あまりキョロキョロせずにダルそうに歩いてくれ。そうすりゃ大抵のヤツは興味も示さないはずだから」


 俺がこの異世界に転生して知った事がある。

 それは世界が変わっても男子は男子という事だ。


 仮にエッダを見たヤツが、あれっ? 今のはマリオにしてはおかしくないか? と思ったとしよう。

 だが次の瞬間そいつは、けどまあいいか、と面倒くさくなってスルーするはずだ。


 面倒くさい事は全部スルー。

 それが男ばかりで寮生活を行う中でのマナーであり、楽な生き方なのである。


「・・・男子ってそういうものなの?」

「女子は違うのか? あっ、ダメダメ。上着は羽織るだけで前は合わせずに、服もズボンに入れない。ここじゃあまり真面目にしていると舐められるからな」

「わ、分かったよ」


 俺はエッダの服を整える?とドアに手を掛けた。

 

「本当はトイレに行った後は顔を洗いたい所だが、流石にそれはマズいだろう。けど顔を洗わないヤツも多いからな。素通りしてもさほど目立たないはずだ。洗顔用の水は後で俺が汲んできてやるよ」

「顔も洗わないって・・・男子ってどうなっているんだよ」


 いや、俺はいつも洗っているぞ。洗わないヤツがいるってだけだからな。

 俺は最後にエッダに確認すると、彼女を引き連れて廊下に出るのだった。




 部屋に戻った途端にエッダは勢いよくベッドに腰掛けた。


「いやあ、ドキドキしたよ! 案外バレないもんなんだね!」


 エッダは興奮に頬を染めている。

 実はあの後無事にトイレから戻って来た俺達は、今まで寮食堂に朝飯を食いに行っていたのだ。


「まあ何人かは変な顔をしていたから、後で何か聞かれるかもしれないな」


 流石に食べている最中までマフラーで口元を隠しておく事は出来ない。

 なるべく目立たない席を選んだが、それでもやはりこちらを気にしているヤツは何人もいた。

 しかし、エッダが堂々としていたせいだろう。何となく声を掛けづらかったのか、何か言ってくるヤツはいなかった。


 こういうのは後ろめたい態度を取る方が変に目立つのだ。

 そういう勘所の良さは流石エッダだ。度胸もあって押さえる所は押さえて来る。


「寮の中が賑やかだったから食堂もさぞ賑わっているのかと思ったら、そんな事もないんだね」

「基本的にみんな犬食い(・・・)だからな。食堂では口は喋るより食う方に使う。そんな感じなんだろうな」


 ガツガツと飯を掻っ込む事を”犬食い”と言うらしい。

 俺がこの世界に来て初めて知った言葉だが、日本でもそう言うんだろうか?

 もし元の世界に戻れる事があれば、ぜひ調べてみたいもんだ。


 エッダは今も興奮冷めやらぬ様子で今朝からのあれこれを振り返っている。

 面白い事好きでいたずらっ子な所のある彼女には、今朝からの冒険は楽しくてたまらなかったのだろう。


 俺は楽しそうなエッダを見ているうちに、ふと昨夜彼女から聞いた話を思い出した。


 今日の夜にはエッダはこの学園を去って外国に行ってしまう。

 もしいつかエッダがこの国に戻って来ても、俺達が会う事は一生無いだろう。 


 こうしてコイツと一緒にいられるのも今日限りなんだよな。


 その思いは俺の心に針で突かれたような痛みを与えた。


 誰かが唐突にいなくなる。もちろん今までの人生で一度も無かった訳じゃない。

 しばらく会っていなかった友達が、そのまま転校していた事を後で知る、ある日突然部活を止めた先輩とそれっきり会わなくなる。

 だが、そのどのケースでも、俺は今のエッダに対して感じているような感情を抱いた事は無かった。


 俺にとってエッダの存在は、いや、悪役令嬢対策倶楽部のメンバーの存在はそれほど大きなものになっていたのだ。


 俺は彼女達の誰とも別れたくない。

 外国になんて行かないでくれ。そう言えればどんなに楽だろうか。

 だがエッダはこのままこの学園に留まる事は出来ない。

 実家のヒス女が雇った刺客に狙われているからだ。


 エッダのために今の俺が出来る事。それは彼女を今夜無事に送り出してやる事に他ならない。

 そしてそれは彼女との永遠の別れを意味する。


 俺は心に割り切れない思いを抱えながらも、表面上は平静を取り繕いつつ、楽しそうなエッダの話に相槌を打ってやるのだった。

次回「メイド連絡係り」

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