その14 ディアナの秘密
森の中はざわめいていた。火事の煙が既にここまで漂って来ているのか、森の奥は薄っすらとモヤがかかっているように見える。
思っていたより下生えは少ないが、石や木の根や倒木のせいで走り辛いったらない。
俺は生まれも育ちも都会っ子なんだよ。ここは貴族のリゾート地なんだから、森の中に道くらい作っておいてくれてればいいのに。
俺は前を走る青い髪の少女――ディアナに追いつくと彼女の腕を掴んだ。
「ディアナ! 待てよ! この先はマズい! 火事が起きているみたいだ!」
確か火事って火そのものより煙の方が厄介なんだっけ?
煙に巻かれて窒息死する危険の方が高いとかなんとか。
「精霊が! ブリギッテが倒れている!」
ディアナは俺の手を振り切ろうともがいた。
? どういう事だ? ディアナのはとこの小っちゃい先輩、ブリちゃん先輩がどうしたって?
ディアナは俺を振り返ると――俺の訝し気な表情を見てハッと身をすくめた。
俺はディアナのこの顔を見た事がある。わずか数日前の事だ。
何だったか・・・ ちょっとした俺の言葉に反応して彼女はこんな表情を浮かべたはずだ。
それからディアナは俺と距離を置くようになってしまった。
せっかく今日はいい感じに仲直り出来そうだったのに、またあの状態に戻っちまうのかよ。
俺はディアナの理不尽さに苛立ちを覚えた。
「待てよ! ブリちゃん先輩がどうしたって言うんだよ!」
「精霊――ううん、アルトには僕の言う事は分からない。離して」
俺の言動から俺が苛立っているのを感じたのか、ディアナは俺の手を無理やり振り切ろうとした。
「そっちが言ってくれなきゃ分かるも分からないもないだろうが! いい加減にしろよ!」
「もういい。土の精――「させるか!」キャッ!」
俺を魔法で拘束しようっていうんだな?! そうはさせるか!
俺はディアナを近くの木に突き飛ばすと手をついて逃げ道をふさいだ。
いわゆる『壁ドン』というヤツだ。壁じゃなくて木だけどな。
「ブリちゃん先輩に何かあったのか?! お前は何か根拠があってそう言っているんだな?!」
「・・・アルトには言えない」
顔を伏せて小声でつぶやくディアナ。
言えない・・・か。俺には分からない、よりは一歩進んだ、のか?
しかしそうか。俺に言えないだけでディアナ的には根拠はあるんだな。
「分かった。じゃあ言わなくていいよ。で? あっちに行けばブリちゃん先輩が倒れてるんだな?」
ディアナは俺の言葉に目を丸くして驚いた。
何だ? 言い争いをしている時間が惜しいんじゃないのか?
「そう・・・だけど、アルトはそれでいいの?」
「言えないって事か? そりゃあ誰にだって他人に言えない事くらいあるだろうが」
ディアナは俺の言葉が信じられないようだ。
何だ? それほどの秘密なのか?
俺にだって誰にも言えない秘密がある。俺の中身は日本の高校生だという事だ。
「お前の秘密が何なのか知らんが、多分俺の抱えている秘密に比べたら大した事じゃないと思うぞ」
「なっ?! そんな事ない! 僕の秘密はアルトの――」
「あ~、そういう意地の張り合いみたいなの今はいいから。
それより俺が言いたいのは誰だって秘密は持っているものだって事だ。俺だってディアナだって会長達だってだ。
けどだからといって言えない事があったら友達になれないって理由にはならないだろ? そんな事を言ってたらこの世に友達なんて誰もいなくなっちまうからな。秘密はあって当たり前。その上でみんな友達を作っているんだよ。
だからええと・・・つまり何が言いたいかというとだな――」
俺は自分の説明の下手さ加減にイライラして頭をかきむしった。
「――そう。言いたくない事は言わないでいい。それで俺がディアナの友達じゃなくなるなんて事はないって事だよ!」
どうだ? 伝わったか?
ディアナは一瞬嬉しそうな顔を見せたが――直ぐに顔を伏せてしまった。まだダメか。
どうやらディアナの抱える秘密は余程彼女の心を強く縛っているみたいだ。
・・・いや、けどやっぱりどう考えても俺の秘密に比べたら大した事ないんじゃないか?
多分俺と同じ悩みを抱えているヤツなんてこの世界に一人もいないと思うぞ?
「分かった分かった。じゃあ逆に考えようぜ。俺達はお互い大きな秘密を抱えている同士。お揃いじゃねえか。秘密繋がり友達だ」
「! だから僕とアルトの秘密を一緒に・・・」
珍しく苛立ちを隠さずに俺の事を睨み付けたディアナだったが、不意に言葉を切るとハッとした表情を浮かべた。
何だ? 俺、というよりも俺の背後を見ているみたいだが・・・別に何もないな。
? どういう事だ?
まさか幽霊でも見えたのか? それとも、変な精霊でもいたとか?
「そう・・・か。うん。アルトも誰にも言えない秘密を持っている。僕と同じくらい」
「うん? ああ、そうだ。勿論」
ディアナはさっきまでの頑なな態度が嘘のように急に大人しくなった。
むしろ少し嬉しそうにも見える。
「うん。秘密繋がり友達。そういうのもありかも」
ええっ? 本当に急にどうしたんだよ?
お前俺の背後に何を見たんだよ。ヤバい物じゃないよな? どうしよう、すげえ気になるんだけど。
ディアナは何を納得したのか、今ではすっかり落ち着きを取り戻している。
逆に俺の方は自分の背後が気になって仕方が無い。今もキョロキョロと辺りを見渡していた。
「アルトの言いたい事は分かった。だからもう離れて」
「あっ。そ、そうだな」
そういやまだ『壁ドン』してたままだったわ。俺は慌ててディアナの前から離れた。
ヤベー、今更顔が火照ってきたぞ。
俺はさっきまで目と鼻の先にあったディアナの美貌を思い出してコッソリ悶絶した。
「ブリギッテ――ブリちゃんはこっち。急ごう」
「お、おう、分かったぜ」
そう言うとディアナは森の奥を目指して歩き出した。
俺は彼女の後ろに続こうとして、その青い髪からのぞく耳が赤く染まっているのに気が付いた。
どうやら今更恥ずかしくなったのは俺だけじゃなかったみたいだ。
俺は何故かその事に妙に安心した。
「・・・早く」
「わ、悪い」
俺の視線に気が付いたのか、ディアナは髪をかき上げて耳を隠すと俺を睨み付けたのだった。
「風の精霊」
ディアナの魔法で辺りに立ち込めた煙が上空に吹き飛ばされた。
さっきまで焦げ臭くてたまらなかった空気が清浄なものに変わる。魔法万能だな。
「あまり長くは保たない。急ごう」
「分かった」
森の中はあちこちで火が燃え広がっていた。
「水の精霊」
ディアナはピンポイントで魔法を使って火を消すと最短距離を急いだ。
それでも今までにかなりの数の魔法を使っている。
「そんなに魔法を使っても大丈夫なのか?」
「・・・大丈夫」
魔法自体は精霊が使うが、その代償として人間はMP的な何かを消費するらしい。
精霊ってタダで働いてくれるんじゃないんだな。そりゃそうか。
ディアナが言うには湖の近いこの森には水の精霊と風の精霊が多くいるんだそうだ。
そのため水と風の魔法ならさほど疲労せずに使えるらしい。
「でも火事のせいで火の精霊の数が増えている。逆に水の精霊は火を嫌って少しずつ逃げていく・・・はず」
なるほど。精霊的にも環境によって居心地の良い悪いはあるだろうな。
水場には水の精霊が、火のそばは火の精霊が、それぞれ集まりやすいんだろう。
「あそこが目的地。水の精霊!」
ディアナが今までよりも強く声を掛けると、広範囲にまるで機関銃の弾のように水の礫が飛んだ。
水の弾丸は目の前のひと際大きな火の中に次々と叩き込まれた。
まるで横殴りのスコールだ。
火の付いた太い木の枝が付け根から弾き飛ばされて地面に出来た水たまりの中に落ちていく。
あっという間に周囲の火は消えてしまった。
消防車だってこうはいかないだろう。全く凄まじい威力だ。
あっ!
「人だ! 人が倒れているぞ!」
「! ダメ! アルト! 止まって!」
貴族学科の先輩だろうか? 倒れた女子生徒を見付けて俺は走り出した。
「信じられない! なんて古くて巨大な精霊! そこは危険だわ!」
俺の背後でディアナが悲鳴を上げた。




