その12 湖畔を二人で
俺は洗濯場の近くの小屋の中でパンツ一丁になって火鉢の火にあたっていた。
俺の横には同じくパンツ一丁のダミアンがいる。
他にも何人かの学生がパンツ一丁で火にあたっていた。
言うまでも無く、ここにいる全員が先輩達によって川に放り込まれた犠牲者だ。
「全く、お前のせいで酷い目に会ったぜ」
「俺だって同じ目に会ったんだし、いいじゃねえか。それにこうして洗濯をサボれているしな」
「いいわけがあるかよ。大人しく洗濯をしていた方がよっぽどマシだ」
俺達の勇気ある行動?を認めた先輩達は、特別に作業を免除してくれたのだ。
とはいえ体は冷えているし、着替えは無いしで、結局俺達はこうして火鉢の火を囲む以外にやる事が無いのだった。
全く、何が悲しくて半裸の男同士で肩を寄せ合って寒さに縮こまってなきゃいけないんだか。
ダミアンは洗濯紐にかけてあった自分の服を取ると袖を通した。
「もう乾いているんじゃね? いけるいける」
「・・・なわけないだろうが。カゼをひいても知らんぞ」
何とかはカゼをひかないらしいけどな。
「せっかく合法的に休みがもらえたんだ。いつまでもこんなところでパンツ一丁でいてもつまらないからな。ちょっとこの辺を散策してくるぜ」
ダミアンは濡れた服を着こむとウキウキしながら小屋を出て行った。
そんなダミアンの姿を見て、「確かに」とばかりにあちこちで服を着る者が出始めた。
おいおいマジかよ。それなりの陽気とはいえ季節はもう秋だろうに。
こうしてすっかり人口密度の減った小屋の中は急に肌寒く感じるようになった。
・・・俺もダミアンに倣った方がいいのか?
俺がそんな事を考えているとダミアンがひょっこり小屋の入り口に顔をのぞかせた。
何だ? 結局寒くなって戻って来たのか?
「おいアルト、服を着ろよ。お前にお客さんだぞ」
「客? 俺に誰が?」
まあいいか。どうせ俺も服を着て外に出ようと思っていた所だ。
俺は干してあったまだ冷たい服を手に取った。
やっぱり服は全く乾いていなかった。
俺は濡れて肌に貼り付く服を不快に感じながらダミアンの後ろを付いて行った。
「! ディアナじゃないか」
そこに立っていたのは貴族学科の青い髪の美少女、ディアナだった。
ダミアンは俺の背中を叩くと「じゃあな」と言って去って行った。
ダミアンのくせにディアナ程の美人を前にやけにあっさりしもんだ・・・と思わないでもないが、これが平民の普通の反応なんだろう。
先日、会長達が男子寮にやって来た時、俺は数日にわたって好奇心旺盛な馬鹿共にあれこれ聞かれるという最悪な目に遭った事がある。
そんなヤツらだが、他人のゴシップは無責任に騒ぎ立てるが、自分では決して貴族学科の生徒と関わり合いになろうとは思わないらしい。
貴族は別の世界に住む人間。迂闊に関わってもいい事なんて何も無い。
この世界の平民の常識は概ねそんな感じのようだ。
「何か俺に用なのか?」
「別にない」
俺の質問に端的に答えるディアナ。こういった所はいつも通りだな。
何でもディアナはブリちゃん先輩から逃げ回っているうちに、みんなと一緒の仕事に入り損ねて一人だけ洗濯係りに入れられてしまったんだそうだ。
せっかくみんなと同じ班にしてやったのに、なんだかなぁ。
「それで洗濯係りの仕事はいいのかよ?」
「シーツが乾いて戻って来るまで何もない。他の子達は先輩達とお茶会をしている」
貴族の令嬢の社交場を苦手とするディアナは、そこで身の置き場が無くなったらしい。
仕方なく外をブラブラしていた所をダミアンに出くわしたんだそうだ。
一応二人は例の”白馬の王子様作戦”で面識があるからな。
そこでダミアンが気を利かせて俺を呼びに来た、という訳だ。
「まあいいか。俺もブリちゃん先輩達が帰って来るまで時間が出来たからな。一緒にそこらを見て回ろうぜ」
俺の提案にディアナは目を丸くして驚いた。なんでだ?
「ブリちゃん先輩ってブリギッテの事?」
あっとしまった。ついいつも心の中で呼んでる呼称が口をついて出ちまったか。こりゃあマズいな。
「あ~、スマンが本人には内緒にしておいてくれると助かる」
「ううん。ブリギッテにはそっちの方が似合っている。僕も今度からそう呼ぼうかな」
ディアナが冗談を言うなんて珍しい事もあったもんだ。
最近は少し俺と距離を置いていた様子だったが、環境が変わった事で少し気持ちに変化があったのかもしれない。
俺としてもこういう変化なら大歓迎だ。
「アルト?」
「いや、何でもない。さてどこに行くかな」
森の中は今頃ブリちゃん先輩達が狩りに入っているはずだ。
つまりは森にさえ行かなきゃどこをうろついても問題は無いだろう。
幸いここは貴族のリゾート地だ。適当にブラついていても見る物を探すのに苦労はしないんじゃないかな?
俺はディアナを連れて足の向くままに辺りを散策する事にした。
俺はディアナと一緒に湖の周りをあてどなく歩いていた。
「あれは地獄だった」
「いやいや、そうは言うが絶対に馬車の中の方がマシだと思うぞ。外で追っかけてた俺達の方が大変だったって」
俺達の間の会話は自然に昨日の行軍実習の話になった。
まあ、ある意味一番ホットな話題だからな。
「帰りも馬車に乗ると思うと憂鬱。もう一生分馬車に乗った」
「そうは言うが、卒業までに後四回はコレを経験する事になるんだぞ」
俺の言葉にギョッとするディアナ。
その後しおしおと崩れ落ちた。
「・・・それを忘れてた。来年どうしよう」
「お互い一年たったら良い思い出になっている事を期待しようぜ」
望み薄だがな。
俺の言葉にディアナはクスリと笑った。
「アルトの発想はいつも新鮮」
そうか? ディアナの言葉に俺の心臓がドキリと跳ねた。
そりゃ女の子から「つまらないヤツ」と言われるより「面白い」って言われた方が嬉しくなるってもんだろう?
「面白い? ・・・そう、面白い。僕だけじゃない。倶楽部のみんなもそう思っている」
「それは言い過ぎだろ」
「違う。アルトのそういうところを最初に見抜いたローゼマリーは凄いと思う」
ディアナが言うには、俺は他の人間より感性というか、ものの見方が違っているんだそうだ。
俺は頭から冷水をかけられたみたいに、さっきまでの浮ついた気持ちが消えるのを感じた。
・・・まあ、俺の中身は日本人だからな。
外国人どころか異世界人なんだから、感性どころか常識だって違っていて当然だ。
見た目はそこらの平民なのに、中身は常識外れの異邦人。それがこの俺、アルトの正体だ。
そんな俺の言動が彼女達の目に新鮮に映るのも無理は無いだろう。
俺はいつまで彼女達にこの事を黙ったまま付き合い続けて行くんだろうな。
「・・・・・・」
「どうしたの?」
ディアナは急に俺が黙り込んだせいで訝し気な表情を浮かべた。
俺は軽く頭を振って暗い考えを振り払った。
今は考えたって仕方が無い。こういうのはなるようにしかならないもんだ。
「腹が減っちまったな。そろそろ昼だし、みんなの所に戻るか」
その時遠くからドーンという低い音が響いて来た。
何だ? まるで何かが爆発したみたいな・・・
俺達が辺りを見渡すと、ディアナが森を指差して叫んだ。
「煙が!」
「!!」
森の奥、青い空に一筋の黒い煙が立ち上っているのが見えた。
煙のまわりには無数の鳥達が羽ばたいている。
一体何が起きているんだ?!
「ディアナ! 急いでみんなの所に戻るぞ! ディアナ?!」
「精霊が!」
ディアナは一言叫ぶと森に向かって走り出した。
「おい待て! どこに行く気だ! ディアナ!」
俺は一瞬判断をためらったが、すぐにディアナを追って走り出した。
「戻れ! ディアナ! 戻るんだ!」




