その11 洗濯係り
タウアー湖畔に朝日が昇る。
俺は朝のトイレを済ませると井戸の横に作られた手洗い場で手を洗った。
ついでに顔も洗って髪を整える。
俺の周りにはやはり同じように顔を洗っている生徒が何人もいた。
俺達は現在、学園の”野外実習”のためにこのタウアー湖畔に来ている所だ。
ここは貴族の人気リゾート地なだけあって、建物も施設も充実している。
驚くなかれ、なんと8百人もの学生を収容できるほどだ。
まあそのキャパシティーがあるからこそ、学園はここを野外実習先に選んだんだろうけど。
昨日の夕方、俺達はこのタウアー湖畔に到着した。
フラフラになって倒れ込む俺達を迎えてくれたのは、学園に雇われた現地のスタッフだった。
俺達は彼らの適当な案内で、この後二日間の宿泊先となる掘っ立て小屋に放り込まれたのだった。
建物は古いしすし詰め状態だが、俺達は貴族じゃないし、客とも言えない立場だから仕方ない・・・のか?
その後、荷物を解いた俺達は晩飯を食って早々に寝た。
日本にいた頃は修学旅行などの旅行先で羽目を外す馬鹿が必ずいたものだが、過酷な行軍の後にそんな元気の残っているヤツは一人もいなかった。
ていうか、周囲には寮で毎日顔を突き合わせているお馴染のメンバーしかいないからな。
今更コイツらとはしゃぐ気にもなれないし。盛り上がる要素なんてどこにもないから仕方が無いだろう。
俺達は貴族学科の学生の世話をさせられると聞いていたので、食事の支度も俺達がするとばかり思っていたので、むしろそのためのスタッフがいた事で驚いたくらいだ。
だが考えてみれば、俺達学生が作った素人料理を貴族のご令嬢様方に食べさせる訳がないよな。
彼女達だってそんなものを食べたい訳がないし――いや、ローゼマリー会長達なら俺の作る料理に興味を示すかもしれないか?
まあ、料理なんて中学生の時に家庭科の授業でしか作った事はないので、まともに食べれるものが完成する保証はないけどな。
顔を洗い終えると、朝食までする事もないので、俺はおとなしく割り当てられた部屋へと戻った。
途中で何人かクラスのヤツともすれ違ったが、互いに目を合わせるだけで特に挨拶をするでも無い。
別に仲が悪い訳じゃない。男同士毎日同じ寮で一緒に生活していればこんなもんだ。
用事や話があれば声を掛けるが、特に無ければスルーで。いちいち反応していたら面倒でやってられない。
みんな昨日の疲れが抜けきらないのか、朝からだるそうにしていた。
いや、朝はいつもこんな感じか。
こういうところは日本だろうが異世界だろうが変わりはない。
いいじゃないか にんげんだもの あると
「今日は野外実習本番か。貴族のご令嬢方は森にモンスター退治、俺達は川に洗濯か?」
何だか昔ばなしっぽいフレーズだな、それ。
俺達は朝飯を食いながら今日の予定を話していた。
一緒に飯を食っていた同じ班の先輩が俺達の会話を聞いてニヤリと笑った。
「今のうちに食っとけよ、一年生。夜は飯が喉を通らないかもしれないからな。下手すりゃ明日の”行軍実習”でぶっ倒れちまうぞ」
「あー、毎年そんなヤツが出るよな。かく言う俺がそうだったんだが」
別の先輩がその話に乗っかり、食事の場が笑い声に包まれた。
夜は飯が喉を通らない? 今日は一体何があるっていうんだ?
俺達はイヤな予感に襲われてゴクリと喉を鳴らした。
「今日、貴族学科のお嬢様方は森に入ってモンスターを狩って来る。――と、言っても獲物の大半は鹿とかキツネとかの野生動物なんだがな。で、そんな獲物だがどうすると思う?」
どうするったって・・・食うのか? ジビエ料理とか言うんだっけ?
ダミアンも俺と同じことを考えたようだ。
「食べるんですか?」
「馬鹿お前、食べる前にしなきゃいけない事があるだろうが」
「?! ま・・・まさか」
先輩が言いたい事を悟ってギョッとする俺達。
「そう。その獲物の解体をするのが俺達の仕事だ」
「「「うへええええ~」」」
俺達の悲鳴に先輩達は大喜びだ。
どうやらこうやって一年生を脅すのが野外実習における毎年の恒例行事になっているようだ。
「そんな! ここの人達に頼む訳にはいかないんですか?!」
マリオは余程苦手なんだろう。早くも顔色が悪くなっている。
「何せ数が多いからな。人海戦術でやらないといけない。それともお前、自分が彼らの代わりに貴族のお嬢様方の夕食を作るとでも言うつもりか? そんな事出来やしないだろう?」
「確かにそれは・・・ でも・・・ だけど・・・」
後で聞いた話だが、昔マリオのお爺さんが飼っていた犬が死んだ時、その肉が夕食に上った事があったらしい。
マリオのお爺さん的には、死んだ犬の供養にもなるし、孫も肉が食べられて嬉しいだろうと考えて、良かれ思ってやったらしい。
しかし、マリオはそのショックでしばらく肉料理が食べられなくなってしまったそうだ。
まあ気持ちは分かる。年寄りのやる事は、時に俺達にはカルチャーショックだったりするよな。
すっかり食欲を無くしてしまったマリオをなだめすかして朝食を摂らせ、俺達は午前中の仕事として割り当てられた洗濯をするために他の班のヤツらと合流するのだった。
洗濯と言っても、貴族のお嬢様方の服や下着を洗う訳じゃない。洗うのは彼女達が寝るのに使ったベッドのシーツや手足を拭くのに使ったタオルなんだそうだ。
その話を聞いてダミアンが露骨にガッカリした顔になった。
何を考えていたか丸分かりだ馬鹿め。
俺達洗濯係りの最初の仕事は、宿泊施設の裏に山と積まれたシーツを川まで運ぶために荷車に積み込む作業だ。
建物の中からは貴族学科の一年生の手で追加でシーツが運び出されている。
コイツら何枚シーツを使って寝たんだ?
「あ。アルト」
シーツを抱えていた青い髪の美少女が俺を見付けて声を上げた。
”悪役令嬢対策倶楽部”のメンバーのディアナだ。
ディアナも洗濯係りだったんだな。
俺は最近彼女から軽く避けられていた感じだったが、慣れない集団作業に身の置き所が無かったのか、ディアナは知り合いを見付けて嬉しそうな顔になった。
とはいえここで話し込む訳にはいかない。
俺はディアナからシーツを受け取りながら、小声で「よう。そっちも頑張ってんな」と声を掛けるだけに留めた。
それだけでも嬉しかったのか、パッと顔をほころばせるディアナ。
お前どれだけ不安だったんだよ。何だか可愛いヤツだなオイ。
荷車に積まれたシーツは別の班のヤツらによって運ばれて行った。
「これで最後よ」
知らない貴族の令嬢が建物から顔を出すと俺達にそう告げた。
残りのシーツはそれほどの量じゃない。わざわざ荷車が戻って来るのを待つほどでもないだろう。
俺達は全員で手分けして残りのシーツを抱えると荷車の後を追った。
川には洗濯用に作られたスペースがあった。
別の班のヤツらがすでにタライと洗濯石鹸を用意していたらしく、荷車に積まれたシーツがどんどん下ろされている。
「待った待った。もう荷車は戻らなくてもいいぜ。これで全部だ」
「よーし、一年と二年は洗濯、三年は脱水係りだ。四年は三年生と交代しながら手の足りない所に入れ」
毎年恒例の行事に、五年生ともなると流石に段取りを把握している。
俺達は彼らの指示に従って行動を開始した。
「お前は脱水係りに入れ」
「うーす」
脱水係りは力が必要なのか、俺達の中でもガタイの良いダミアンが三年生達の方へと引っ張られて行った。
さて始めるか。
俺達一・二年生は裸足になるとシーツの山を崩す作業にかかった。
この世界にも石鹸は存在する。とはいえ、日本人の俺が想像するような石鹸じゃなく、変な匂いのする柔らかいゼリー状の謎物質だ。
本当にこんなもので汚れが落ちるのか不安になるような代物だが、平民だろうが貴族だろうがみんなコレを使っているらしいので、ちゃんと効果はあるんだろう。多分。
そんな謎物質を水を張ったタライに入れ、そこにシーツを浸してから取り出す。
その濡れたシーツを裸足で踏んで汚れを取るのだ。
昨日の強行軍の翌日にコレをやらされるのは正直かなりキツい。
「オイ、そんなに力まなくてもいいからな。俺達は明日には昨日の道を逆に辿って学園まで帰らなきゃならないんだ。休み休みゆっくりやればいいんだよ」
俺達に混ざってシーツを踏んでいた四年生の先輩がそう言って俺達をたしなめた。
なるほど。たかが洗濯に随分人数がいると思っていたらそういう理由だったのか。
「下級生共そこをどけ! コイツを川に放り込むぞ!」
「馬鹿! 止めろコラ!」
「「「せーの!」」」
ドボーン!
「ぎゃああああ!」
仲間に手足を持たれて川に放り込まれた先輩が水の冷たさに悲鳴を上げている。
その様子を見てゲラゲラと笑う先輩達。
多分あの先輩が川に落とされた事に特に理由は無いんだろう。要は仲間同士の悪ふざけだ。
随分タチが悪いって? まあ男の悪ふざけなんて、日本だろうが異世界だろうが似たようなもんだ。
ずぶ濡れになった先輩が怒って別の先輩を捕まえると、今度はその先輩の周囲に人が集まってすぐさま抱え上げられた。
「あの辺が深そうだ! あそこを狙え!」
横で見ていた別の先輩が川の一部を指差しながら囃し立てている。
「「「せーの!」」」
ドボーン!
「ブハッ! 馬鹿野郎! シャレになんねえぞ!」
ゲラゲラと笑いあう先輩達。
俺はふと悪い予感に振り返った。
予想通り俺の後ろにはダミアンが立っていた。
「よおアルト。俺達も参加しようぜ」
「お前ならアレを見て絶対そう言うと思ったわ!」
俺は咄嗟に逃げ出したが、ダミアンはすかさず俺の肩を掴むと周りの連中に声を掛けた。
「アルトも川に飛び込みたいってよ! みんな手伝ってやろうぜ!」
「止めろ馬鹿! そんなわけないだろうが!」
「おー、元気のいい一年達だ。よもや自分達からリクエストしてくるとはな!」
周りの先輩に捕まる俺――とダミアン。
「へっ? あの、ちょっと待って下さい! 俺じゃなくてコイツが・・・」
「いや、先輩。俺は関係なくて、コイツが・・・」
「「「せーの!」」」
ドボドボーン!
川に二つの水しぶきが上がり、ゲラゲラと笑い声が上がった。
冷た! 川の水マジで冷たいんだけど!
体を動かすと汗ばむ陽気とはいえ季節はもう秋だ。
川の水の冷たさは俺の想像を超えていた。
「冷た! 死ぬ! 死ぬってコレ!」
「馬鹿が自業自得だ、俺を巻き込みやがって! 肩まで浸かってゆっくりして行け! そして死ね!」
全く誰のせいで俺がこんな目にあっていると思ってんだ!
俺はダミアンの馬鹿をののしりながら急いで川から上がった。




