その19 六人目の倶楽部メンバー
「やあ、皆さん初めまして。ウチはエッダ・バカンス。この倶楽部に入部を希望します」
俺の後ろからひょっこり顔を出して部員達に挨拶したのは、黒髪をパッツン前髪にした小柄な美少女。
エッダである。
「あの、バカンス様はどこでこの倶楽部の事をお知りになったのでしょうか?」
ポカンとする部員達の中から辛うじてローゼマリー会長が問いかけて来た。
その目は疑わしそうに俺の方を見ている。
ああ、これ絶対に俺が事情を喋ったと思っているな。
でもこれが違うんだよな。
「アルトからこの倶楽部の名前を聞いてさ。”悪役令嬢対策倶楽部”。うん、良いね。なんだか凄く面白そうじゃないか」
そう。エッダは名前のインパクトだけで入部を決めたのだった。
「こうして私は溺れ死んでしまったのですわ」
「へ・・・へえ。それはお気の毒だったね」
おっと、ローゼマリー会長の話が終わったようだ。
ローゼマリー会長はすっかりおなじみになった流れで、エッダに自分に訪れる破滅の未来を語り始めた。
ちなみに途中までは真面目に聞いていた俺達だったが、結局神経衰弱をやって時間を潰していた。
いや、仕方が無かったんだよ。流石に四度目ともなればすっかり飽きてしまったのか、クラリッサが暇そうにしていたんだよ。
そんなクラリッサに懇願するような目で見られて、ついついアイツの事が可哀想になってしまったんだよ。
決して俺もヒマだったからではないんだよ。
「なっ! 平民アルトはそうやってアタシだけを悪者にするつもりなのですよ!」
俺の心の中の言い訳に憤慨するクラリッサ。
「何を言っているのですよ? 口に出しているのです!」
えっ? 本当に? 俺の心の声って駄々洩れだな。気を付けなければ。
などと俺が阿呆の子と「誰が阿呆の子なのですよ!」クラリッサと戯れている間にも、エッダは困惑した表情で何とか会長の話を受け入れようと頑張っているようだ。
そういえば本当に勝負事に強い人間は、誰よりも現実主義者だと聞いた事がある。
エッダはある意味この部屋の誰よりも常識人であるが故に、「会長の未来の話」などという荒唐無稽な話が受け入れられないんだろう。
俺はエッダが気の毒になって助け船を出すことにした。
「信じられなければ無理に信じなくてもいいんじゃないか? 元々倶楽部に入るという話だってそっちから持ち掛けて来たんだ。やっぱり入るのは止めておく、という事にしても誰も文句は言わないぜ?」
俺の言葉にハッとした表情を浮かべて俺に振り返るエッダ。
この目・・・。 俺はこの目に見覚えがあった。
そして俺は、エッダの肩越しに、真剣な表情を浮かべてジッと俺を見つめるバルバラの視線を感じた。
あの目・・・。 あれは「ヒマなので筋トレをしてもいいだろうか?」と俺に訴えかけている目だな。
バルバラは最近俺から筋トレの効果とそのメニューを聞いて以来、すっかり筋トレにハマっているのだ。
もちろん俺は「ダメだ」という意志を込めた視線を送っておいた。途端にガッカリするバルバラ。だが今はそんな話はマジでどうでもいい。
「しかし、君たちはメッテルニヒ様の話を信じて集まっているんだろう?」
「まあそういう事になるかな。でも皆と違ってエッダが会長の話を信じられないんじゃ仕方がないだろ?」
「僕は信じてるか微妙」「私は信じてないぞ」
「皆さんあんまりですわ!」
「よし、そこの二人は黙っていようか!」
実は倶楽部の約半数が会長の話を信じていなかったという事実。
ショックで涙目になるローゼマリー会長。
てか、そういやそうだったわ。
本当にコイツらなんでこの倶楽部に入っているんだろうか?
俺はこういう時にいの一番に噛みついてくるクラリッサが妙に静かな事に気が付いた。
「あ! お前何ズルしてるんだよ!」
「!! な、何を言っているのですよ!」
コイツ、今しれっと神経衰弱のカードをめくって、自分が覚え易いようにカードを並び替えようとしていたな。
俺はテーブルの上のカードを両手でわちゃわちゃとかき混ぜた。
「ああっ! せっかく覚えたのに酷いのです! この平民アルト!」
「お前がズルしたのが悪いんだろうが! 被害者ぶってんじゃねえよ!」
それと平民アルトは罵倒語じゃないからな。
「ふうん。神経衰弱か。ウチも参加しても良いかな?」
ゲームに目の無いエッダが俺達のやり取りに興味を示して来た。
「では皆でやりましょうか」
ローゼマリー会長の鶴の一声で全員での参加となった。
エッダの実力を知らない会長達はのんびりと構えているが、俺は戦いの予感に身が引き締まるのを感じていた。
「ええっ! どうしてそんなに簡単に取れるのですよ?!」
クラリッサが驚愕の声を上げるが、俺にとっては最初から想定内だ。
それにしてもやはりエッダが一人抜け出したか。厳しい展開だぜ。
「神経衰弱はカードを覚えていれば取れるからね」
「それが難しい」
しょんぼりと答えるディアナ。手元には一枚のカードも無い。
矛盾するようだが、論理的な思考を好む割には案外感覚的に物事を捉えがちなディアナは、こういった記憶力が左右するゲームは苦手のようだ。
「あっ! しまった。隣のカードだったか」
しめた!
バルバラのミスしたカードを俺が揃えた。
これで5組目。エッダに並んだ事になる。
カードも残り半数になった。ここからは一つのミスが勝敗を分ける事になるだろう。
「くそう! 負けた!」
「いやあ、悪いねアルト。でもギリギリの勝負だったよ」
確かにエッダの言う通り。決して言い訳ではなく、一手順番が違っていれば勝っていたのは俺だったはずだ。
「どうやったらそんなにカードを覚えられるのです?」
「うん、それにはコツがあってだね、ウチは全体を大きく四分割してそれぞれをABCD四つのエリアと考えるんだ。ここにカードがあった場合それはA-5のカードと覚えてだね、A-5を中心にさらに・・・」
クラリッサに持論を披露するエッダ。
なるほどコイツはそうやって覚えていたのか。
俺的にはなかなかためになる話だったが、多分クラリッサは部室を出る頃には覚えていないと思うぞ。
これだけ熱心に教えた相手の努力を全て無駄にするんだから、クラリッサもたいがいに罪作りなヤツだな。
「じゃあ今のウチの説明を覚えている間に、もうひと勝負行こうか!」
元気よくカードを広げたエッダだったが、ローゼマリー会長が自分の事を見ているのに気が付いて気まずげに動きを止めた。
「・・・あ、ゴメン。ウチが仕切っちゃって」
「謝る事は何もありませんわ」
「でも・・・倶楽部に入る事をしり込みしてたのに、ゲームの時だけは調子良く参加するなんて・・・」
しょんぼりとするエッダ。すっかり彼女にほだされていたクラリッサが、元気を失くしたエッダの姿にあたふたとしている。
ローゼマリー会長はそんなエッダに優しく話しかけた。
「それでも良いと私は思っているのですわ」
そう言うと会長は俺の方をジッと見つめた。え~と、何で?
「私は自分が破滅する未来を知った時、その未来をどうにか回避しようと執事のゼルマと二人で色々な事を試しました。でも残念ながらそのどれもが上手くいきませんでしたわ。そんな時私はアルトと出会い、大きな転機を迎えたのです。」
会長の言葉に少女達の視線が一斉に俺に集まる。いや、めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど。何この羞恥プレイ。
「人は運命を避けようとしてとった道で、しばしば運命に出会うと言います。アルトを中心に集まったこの”悪役令嬢対策倶楽部”によって、そしてアルトを見ているうちに、私は今まで私に足りなかった何かがある事を知りました。それが何かはまだハッキリとは分かりません。でも私はバカンス様にも私がその何かを見つけるお手伝いをして頂きたいと思っているのですわ。」
えっと、何だろうねこの褒め殺し。それとこの倶楽部の中心は俺じゃなくて会長なんですがね。会長の中では俺は一体どういう立ち位置なんだろうか。一度その辺をじっくりと聞いてみたい気がする。
「ウチは遊びに目が無いだけの、男爵家の娘でしかないんですが」
・・・やっぱりそうか。
俺はローゼマリー会長の話を聞いた時のエッダを思い出した。
あの時、俺に振り返った時に見えた彼女の目。俺はあのエッダの目に見覚えがあった。
あれは初めてローゼマリー会長の話を聞いた時の俺の目だ。
俺はエッダが現実主義者だから”会長の話を信じられない”んじゃないか、と考えた。
しかし、それがそもそもの俺の思い違いだったんだ。
エッダは俺が思っていたよりもずっといいヤツだったんだ。
彼女は会長の話を聞いて何とか力になりたいと思ったんだ。
だが、彼女は現実主義者だからこそ”自分なんかでは力になれないんじゃないか”と不安になったんだ。
そんな時に俺から「信じられないのなら立ち去っても良いよ」などと言われた事で、エッダは梯子を外されたような気持ちになったんだろう。
あの一言は俺の勘違いによるミス。失言だったという訳だ。
「私だって伯爵家の娘でしかないですわ。それもこの学園を卒業するまでの間ですわ」
会長の言葉に胸を突かれたような表情を浮かべるエッダ。
俺は今度こそ間違えないように慎重に言葉を選んでエッダに話しかけた。
「それを言うなら平民の俺なんて、もっと何の力にもなれないんじゃないか? でもこんな俺でもこうして倶楽部のメンバーとして会長に必要とされているんだよ。エッダも気負わずに自分にやれる事をやればいいんじゃないかな。」
エッダは俺と――そして倶楽部のメンバーの顔を順に見渡した。
皆何も言わない。エッダの中で結論が出るのを待っているのだ。
やがてエッダはもう一度ローゼマリー会長へと振り返った。
「・・・そうか。うん。だったらやっぱりウチもこの倶楽部に入れてもらえるかな?」
「もちろんですわ」
「「「これでアルトを負かせるメンバーが入った・な・ですわ!」」」
「そんな理由ってある?!」
喜ぶメンバーに取り囲まれてはにかむエッダ。
俺は自分も望んだ事とはいえ、また倶楽部に美少女が増えた事にいい加減諦観を覚えていた。
こうしてエッダを加えて総勢六人になった”悪役令嬢対策倶楽部”。
果たして俺達六人は五年後のローゼマリー会長の破滅の未来を回避する事ができるだろうか?
全ては今後の倶楽部の活動内容にかかっているのだ。
今回の話で本編の一話に出て来たメンバーが揃いました。
最後にエピローグを三話挟んで第二章に移ります。
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