その14 五人目の倶楽部メンバー
放課後のいつもの部室棟。
俺達はローゼマリー会長の話を聞き終えた甲冑少女――バルバラの反応を伺っていた。
「なるほど。そんな事があったんだな」
「いえ。あったというか、これからあることになるのですわ」
ややこしいけどそういう事だ。
ローゼマリー会長の悲劇はこれから五年後に起こる。
それを未然に防ぐために集められたのが、俺達”悪役令嬢対策倶楽部”のメンバーなのだ。
・・・あれ? 集められたのは俺だけで、後の二人は勝手に俺に付いて来ただけのような気もするぞ。
しかし、その理屈でいくならバルバラも俺達のメンバーに入るのか?
俺は固唾をのんで二人の様子を伺った。
「それで、ご相談したいのですが、ルーデン様もこの倶楽部に入って頂けませんでしょうか?」
おっと、会長、ストレートに勧誘したな。
「済まないがお断りする」
だが、あっさりと断るバルバラ。
というか、まあ普通そうなるよな。
しかし、そう思ったのは俺とディアナの二人だけだったようで、ローゼマリー会長とクラリッサは驚愕して固まっていた。
「ど・・・どうしてなのです?! ローゼマリーの話が信じられなかったのです?!」
「いや、信じる信じないは関係ない。私は騎士を目指して鍛錬を積んでいる道半ばの未熟者だ。他人の手助けをするなどおこがましい考えだ」
そんな・・・。 と、項垂れるクラリッサ。
バルバラは腕を組んで大きく頷いた。
「それに私は兄上から「お前は馬鹿だからすぐ人の言う事を信じて騙されるに違いない。だからそんな時にはさっきの言葉を言ってまずは断るんだ。」ときつく言われているのだ」
「それ言っちゃダメなヤツだろ!」
バルバラのぶっちゃけトークに思わずつっこんでしまう俺。
「何がダメなヤツなものか。兄上は研究熱心な立派な騎士だぞ。男女で体術を掛け合う絵を何枚も所有しているほど勤勉だ」
「よし、その話はよそうか! お兄さんも他人には知られたくないだろうしな!」
「そうだな、わざわざベッドの下に隠しているくらいだからな」
「お前実は分かってて言ってない?!」
俺の言葉にキョトンとするバルバラ。
天然かよ!
「・・・まあ、お兄さんの話はもういいよ」
「なぜその絵はわざわざ男女で体術を掛け合っていたのでしょうか?」
「いや、なんで会長は食いつくんですか?! 俺もういいって言いましたよね?!」
「兄上は「男女のどちらが見てもためになるようにそうなっている」と言っていたな」
「説明しなくていいよ! 家族に何言ってんだよ兄上!」
「兄上が父上から譲り受けた時にそう教わったんだそうだ」
「兄上も天然だったのかよ! そして父上は息子になにやってんだよ!」
取り敢えずこのままじゃ話が前に進まない。
俺は一旦落ち着く事にした。
「蜂蜜水、飲む?」
「・・・いや、お茶でいいや」
俺の返事に少ししょんぼりするディアナ。
どうやら自分も作ってみたかったみたいだ。
俺はお茶を飲んで一服すると改めてバルバラに向き直った。
「まず聞いておきたいんだが、バルバラは本当にローゼマリー会長の話を信じていないのか?」
俺の言葉に不安そうな表情になるローゼマリー会長。
「うむ。正直私は難しい話は良く分からないのだ。だから兄上にも言われた通り、人の話は信じない事にしているのだ」
バルバラの言葉にガッカリするローゼマリー会長。
そんな会長を見ていられなくなったのか、いきり立つクラリッサ。
「ローゼマリーはウソなんて言ってないのですよ!」
「まあ待て、シェーラー様。私は人の話を信じない代わりに、その人が信じられるかどうかで信じる事にしているのだ」
そう言うとローゼマリー会長の方を見るバルバラ。
「私にはまだメッテルニヒ様の事を信じ切れるだけの付き合いがない。だからこの話も信じない。このお返事ではダメかな?」
どこか辛そうにそう告げるバルバラ。
厳しい言葉だが、これは彼女なりに精一杯の誠意を示した返事なんだろう。
その想いが伝わったのか、クラリッサもこれ以上バルバラに噛みつく事は無かった。
「そうか。こっちとしては残念だが、強制するような事じゃないからな」
俺の方に振り返り、裏切られたような表情になるローゼマリー会長。
だが、会長も理屈では俺の言った事を理解しているのだろう。ただ感情がそれを許さなかっただけだ。
会長は黙って顔を伏せた。
「ところで、アルトもこの倶楽部の一員なのか?」
「というか、平民アルトが最初のメンバーなのですよ。元々コイツが始めた事なのです」
いや、俺が始めたわけじゃないだろう。俺だって巻き込まれただけなんだぞ。
クラリッサの言葉に俺がそう言い返そうとしたその時、バルバラがサラリと言った。
「そうか。じゃあ私もこの倶楽部に入ろう」
「「「「は?」」」」
あっさりと倶楽部に入ると言ったバルバラに、俺達は咄嗟に言葉を失ってしまった。
「今後よろしく頼む」
「いやいや、ちょっと待ってくれ!」
バルバラの言葉にようやく俺は再起動した。
「お前さっき会長の話は信じないって言ったよな?!」
「いや、”まだメッテルニヒ様の事を信じ切れるだけの付き合いがない”と言ったのだ」
そうだったか。まあいいや。
「それで何でこの倶楽部に入る事になるんだ?!」
「この倶楽部はアルトが作ったんだろう? 私はお前の事なら信じられるぞ。そのお前が作った倶楽部に入るのはやぶさかではないさ」
えっ? 何で?
俺はバルバラの言葉が脳内で処理できずに再びフリーズしてしまった。
「お前とは一度剣を交えた間だしな。それに見ず知らずの私にずいぶんと良くしてくれた。お前は信用しても良い人間だ」
会長とクラリッサが、えっ? そうなの? という表情で俺の方を見た。
いや、知らんがな。
何故かディアナだけはいつもの眠そうな目でウンウンと頷いている。
その前後の動きに合わせて、彼女の豊かな実りがプルンと揺れた。
ありがとうございました。
というか、バルバラの中ではあの追いかけっこは剣を交えた事になっているのか?
コイツ本気でハンガーノックで意識が朦朧としていたんじゃなかろうか。
というかそもそも・・・
「そもそもこの倶楽部は俺が作ったんじゃ「そうですわ! ここはアルトが作った倶楽部ですのよ!」
は? ローゼマリー会長、一体何を言って・・・
おおう、物凄く良い笑顔で振り返りましたね会長。
俺はいつもは無邪気な会長の中に貴族らしいしたたかさを見た気がした。・・・って、大袈裟過ぎか。
「でもローゼマリーの話を信じていない人をメンバーに加えるのはどうなのです?」
「目的の不一致」
この展開に疑問を持つクラリッサとディアナ。
ローゼマリー会長はそんな二人にポツリと呟いた。
「ではお二人は騎士の修行をしているクラスの男子を誘って下さいな」
会長の言葉を聞いた途端、二人の目から瞳が無くなり顔に縦線が走った。
俺の目には二人の背後に走る稲妻フラッシュが見えた。
「歓迎するのですよ! これからはアタシの事はクラリッサと呼んで欲しいのです!」
「僕ディアナ。よろしく」
「おお、クラリッサとディアナか! こちらこそよろしく頼むぞ!」
ええ~。それでいいのか、二人共。
俺は一人だけ少女達のノリに付いていけずに置いてきぼりを食らっていた。
こうして”悪役令嬢対策倶楽部”は無事に五人目のメンバーが加わることになったのだ。
結局また女の子なんだな。しかもまた美少女。まあ会長達が喜んでいるからいい・・・のか?