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鈴木一族の陰謀  作者: 仲山凜太郎
10/13

【10・出現、山田忍者隊!】

 生徒会の会長立候補者たちによる討論会当日の朝は、どんよりと曇っていた。


 高橋一族が朝を迎える。

「嵐になるか、雲が晴れるか」

 高橋一族の会長候補・一佐は、寮の自室から空を見上げつぶやいた。先日、校内支持率調査が発表されて以来、彼の顔は険しいままだ。今までトップを守っていた自分の支持率が、ついに弦間に抜かれたのだ。

「族長はん、ホンマに勝てるんでっか?」

 会計候補の高橋幸助が聞いた。彼は親の都合で全国を転校しまくった上、その都度そのときの言葉を使おうとした。その結果、言葉遣いが方言の混ぜご飯状態になってしまい、幸助弁とも言える独自の言語になってしまっている。

「場の空気が相手なんて、どう戦えばいいんかいな」

 テーブルの上から報告書の束をとる。場の空気発生プログラムの解析結果だ。

「わからないのは私も同じだ。せめてこのデータをあと三日早く手に入っていたら」

「なんか技術班は投票日までには何とかする言うてますけどな」

「何とかしなければ、高橋一族は学園で何となく虫の好かない集団にされるぞ。今日はとにかく正攻法でいくしかない。我々の学園生活レベルアップ策を訴え、今後の一年の学園政策を任せて欲しいと訴えるしかない!」

「何を言うてもあざとい人気取り扱いされるとちゃいますか? 鈴木一族のマニフェストが具体的ならなんとか責めようあるけどな」

 しわくちゃになった鈴木一族のマニフェストを広げる。そこにはただ一言「悪いようにはしない」とだけ書いてある。これが指示されるのだからたまらない。

「いや、他の候補者の悪口は出来るだけ避けたい。生徒たちだって、口を開けば他人の悪口ばかり言うような人をトップに据えたくはないだろう」

「そんな悠長なこと言ったら駄目すよ。政権交代はいつでもあいつらを引きずり下ろすって気持ちから起きてますのやからな」

『そうよ。悪い奴を悪く言って何が悪いの!?』

 壁のモニターから翔子が叫んだ。さすがに男子寮に入るのは不味いので、彼女はモニター越しの参加だ。

「罪を憎んで人を憎まずと言います。責めるべきは行為であり人ではない」

 真顔の一佐に、幸助も翔子も半ば呆れかえる。

「相変わらず綺麗事好きというか、真っ当ちゅうか……ま、それが一佐はんのええところやからな。面白みないけど」

「それで良いんです。トップに立つ人が理想をなくせば、その下についている人はどこに行けば良いのかわからなくなりますから」

 目を輝かせる翔子に、幸助は資料をテーブルに放り投げた。しかし、その顔は笑っている。彼は高橋一族のこういう所が好きなのだ。世の中綺麗事だけですまないぐらいは彼もわかっているが、目指すゴールは綺麗な方が良い。

 一佐はオーディオのリモコンを手にした。ここのオーディオセットは彼が最近はまったクラシックを聴くために持ち込んだものだ。

 部屋を単調で重く、そして勇ましい演奏が広がり、渦巻き始める。ホルスト組曲《惑星》より、火星・戦争の神。戦争の名にふさわしい、緩急をつけながらひたすら前進を続ける曲だ。

「まさに戦やな」

 幸助はテーブルに置かれた朝食のトレイを引き寄せた。腹が減っては戦はできない。


 渡辺一族が姿勢を正す。

「それでは、行って参ります」

 会長候補・渡辺舞華は、自宅玄関で両親に頭を下げた。両親ともに和服姿だ。

「舞華、自分をしっかり持ち、自らの政策を主張するが良い。いくら相手が攻めてこようが、己に揺らぎがなければ恐れることはない」

「困ったときには皆を頼りなさい。渡辺一族は一人で成り立っているのではありません。他の人に頼るのは決して恥ではありませんよ」

「はい、お父様、お母様」

 もう一度頭を下げ、今や彼女のトレードマークにもなった蛇の目傘を手に家を出る。送迎用の車に乗り込もうとしたところに、会計候補の渡辺真名が駆け寄ってきた。

「舞華様、これをお持ちください」

 差し出したのは、新しい蛇の目傘だった。

「昨夜、技術部が完成させた新型でございます」

「私は戦をしに行くのではありませんよ」

「胸騒ぎがするのです。今日の討論会、ただではすまないと。場の空気発生プログラムの対策装置も今日中の完成は難しいとのこと。渡辺号も建造が遅れて選挙期間の投入は無理とのこと。どうか、どうかこれをお持ちください」

 深々と頭を下げる。支持率調査を見ても紅葉に圧倒的差をつけられ、彼女が会計に当選する可能性はきわめて低い。それだけに申し訳なく、何かをしなければ気が済まないのだろう。

「わかりました」

 自分の傘を真名に渡した舞華は、代わりに新型の蛇の目傘を持って車に乗り込んだ。

「推香留、舞華様をよろしくお願いします」

 続けて乗り込む推香留にも同じように頭を下げる。渡辺推香留。渡辺一族が誇る女剣士で、フランス人だった祖母譲りの長く癖のある金髪、中性的な凛々しい立ち姿から「渡辺一族のオスカル」と呼ばれている。

「安心しろ、命に代えても舞華様をお守りする」

 手にしたサーベルを掲げてみせる。

 走り去る車を見送る真名。

「舞華様……ご命運を」

 旧式蛇の目傘を手にした真名はその場に跪いて祈った。


 とにかく元気な田中一族だ。

『田中一族、生徒会選挙にかける五つの誓いーっ!』

 会長候補・田中直進のかけ声に従い、田中一族が学園の門をくぐった。直線のすぐ後ろで田中の旗を掲げるのは、会計候補の田中セレナーデ。「オッパイで釘が打てます」と評判の乳が旗の柄を挟み込み、安定させている。

『ひとつ! どんな時でも元気で笑おう!!』

『ひとつ! 天気の良い日は日光浴!!』

『ひとつ! おやつは決して食べ過ぎない!!』

『ひとつ! トレーニングは忘れても、人の心は忘れない!!』

『ひとつ! いつも声だし、楽しく生きる!!』

『おまけ! お金を拾ったら、たとえ一円でも交番に届ける!!』

 内容が以前と違っていたが、誰も気にしなかった。田中一族は、やっぱり田中一族だった。


 空を漂う雲は朝からさらに厚くなり、生徒の中には傘を持ってこなかったことを不安視するのもいた。

 御代氏学園高等部第二体育館は、既に座席の半数近くが生徒達で埋まっていた。討論会まであと三十分。この調子なら、始まる頃には八割近く埋まるだろう。体育館に来ない生徒たちも、学校敷地内数カ所に設置された中継テレビの前に集まり始めた。

 その様子を弦間は校舎の屋上で見下ろしていた。その後ろには、真が百人近い制服姿の人たちを引き連れ、控えている。

「見ろ真、生徒たちがゴミのようだ。生ゴミの日でもないのにうようよしている」

「そろそろ体育館に入られた方が。本番前の準備もありますし」

 真の言葉に弦間は頷き、天に向かって叫ぶ。

「時は来た! いつの時代、どの場所も優れた人間が権力を握り、人々を動かしてきた。そして今、我々鈴木一族が権力を握る番だ。今日の討論会の風は今は小さなそよ風でも、いずれはこの御代氏学園を、日本を、地球を動かす嵐となるだろう。場の空気発生マシン、作動!」

 叫びと同時に稲妻が光り、轟音が学園中に広がっていった。


 鈴木家中央管理室。鈴木家のセキュリティをまとめて管理するこの部屋の一角で、聖人は鼻歌交じりでモニターに向かっていた。彼は何を言い出すかわからないということで討論会は欠席するよう命令されていた。普通ならばプライドが傷つけられたと怒るところだが、聖人はそんなことは全く気にしない。むしろ喜んでいた。

「遅れていた分取り戻さなきゃな」

 モニターには本来映っているはずの喬太たちのいる地下落とし穴は映っていない。紅葉の白衣にカメラを隠されたが、彼はそれに対する対処はしなかった。むしろそれを理由に、監視を放棄ししていた。

 今、モニターに映っているのは無数の文字。聖人自作の小説「聖人さま大好き」である。彼は小説を書くのが趣味で、すでに八作を書き上げていた。みんなエロ小説で、自分のホームページ「俺を認めない奴はみんな馬鹿」で発表している。今年度中にはいくつもの新人賞で同時受賞、芥川賞と直木賞、ノーベル文学賞も受賞して華々しくデビューする予定である。

 小説はとにかく書いてて楽しかった。普段自分に対して偉そうにしている弦間も、小説の中では聖人の奴隷だった。聖人に対して卑屈で、命じればウンコも食べた。

 女もそうだった。紅葉も花崗も、渡辺舞華も彼が命じればどんな恥ずかしいことでもよだれを垂らして喜び実行するメス豚に成り下がった。

「豚だ豚だ、おまえらみーんな僕の豚だぁ」

 指が動く度にディスプレイの文章を舞台に、女子たちの痴態が繰り広げられる。皆がどれだけ恥ずかしい、淫らな姿をさらけ出すかを競っている。

「ぬふふふふふ」

 聖人のキーボードを叩く音がリズミカルになっていく。ノッてきた証拠だ。

 次なる痴態のターゲットは花崗だ。

「何が佐藤一族だ、何が正義の味方だ。変態エロ豚女め」

 想像力を駆使して花崗を犯していく。彼女のよがり声が文章として紡ぎ出されていく。

『あん、あん……いい……』

 ディスプレイに書かれた文字と音声が重なって聖人の耳に入る。それが刺激となって、聖人の指が激しくキーボードを叩き、聴覚を通してあえぎ声が脳を刺激する。

「あれ?」

 指の動きを止める。しかし、聞こえてくる花崗のよがり声は止まらない。

(本物?!)

 モニターを切り替えるが相変わらず真っ暗である。

『すてき……気持ちいい……鈴木一族のってすてき……太くて、堅くて……』

 聞こえてくる花崗の声は、聖人の聞く限り明らかに欲情した女の声だ。

『喬太さん、私にも……』

 今度は紅葉の声だ。少し恥ずかしげに、しかしその口調は明らかに男を求めている。なまじ映像が映らない分、想像力を刺激する。聖人は指を止め全神経を聴力と妄想力に向けた。紅葉と花崗の声が彼の妄想と下半身を刺激していく。

『先輩、そんな……うっ』

 戸惑いと期待の混じった喬太の声。

『して……鈴木一族のもので、あたしを女にして……欲しい』

 もう我慢できないといった感じで、花崗の男を求める声が聖人の脳髄を刺激する。

『駄目ぇ、喬太さんは私の!』

『そんな、あぁん。もう一人鈴木一族がいればいいのに。あたしを犯してくれる男がいればいいのにぃ』

 花崗のなまめかしい言葉に、たまらず聖人が駆けだした。

 管理室を飛び出し、エレベーターに飛び乗った。地下へ降りる間に靴を脱ぎ、靴下、上着、ズボンと脱いでいく。地下につくと扉が開ききる前に素っ裸で駆け出し、落とし穴まで行く。

 壁のボタンを操作して扉を開く。

「僕もまぜろーっっ!」

 叫びながら飛び降りる。それと入れかわって、喬太の組んだ手を踏み台にした花崗が一気に落とし穴の上まで飛び上がっていく。

「え?」

 聖人が着地すると同時に、彼の尻を紅葉が蹴飛ばした。たまらず聖人は壁に激突、その衝撃でカメラを隠すように壁に張りついていた紅葉の白衣が落下、目を回す裸の聖人の股間を隠した。

 その隙に、花崗と同じようにして紅葉が飛び上がる。穴の縁まで届かない腕を、上の花崗がつかんで引っ張り上げた。続けて喬太がソロコンを投げて二人に渡す。今度は喬太自身が助走をつけて壁に飛び上がり、花崗がその腕をつかんで一気に彼を穴の上まで引き上げた。

「閉めろ!」

 紅葉が壁のボタンを操作し、落とし穴の蓋を閉めた。中に聖人を閉じ込めたまま。

「こんな見え見えの手、引っかかるとは思わなかった」

 四つん這いになって呼吸を整える喬太。説明するまでもない。先ほどの痴態は、全て聖人をおびき寄せ、蓋を開けさせるためのお芝居である。いきなり全裸で飛び込んできたのはさすがに予想外だったが。

「監視しているのが聖人だから」

「新手が来る前に脱出よ!」

 拳を固めて立ち上がる花崗。

「張り切ってますね」

「ピンチの時ほど燃えるのが佐藤魂よ。正義が必ず勝つのは、勝つまで決して諦めないからよ」

 言い切る彼女の瞳はいつもの花崗だ。体力はともかく気力は十分だ。

「見つからないうちに急ごう!」

 紅葉の先導で階段に通路を走る。

 スーパー鈴木ロボの格納庫に出ると、警備の制服に身を包んだ鈴娘と木君が走ってくる。

「気をつけて、そいつらの格闘能力はプロ並み」

 喬太が叫ぶよりも早く花崗が動いた。殴りかかる鈴娘の手を腕を取り、そのままねじるように相手を一回転させ床にたたきつける。さらに木君の背後に回ると、そのまま相手の腰に手を回して思いっきりのけぞる。バック・ドロップだ。木君の頭部が先ほど転倒させられた鈴娘の腹部にめり込むと、火花を散らせて二体は動かなくなった。

「何か言った?」

 軽く体を動かしながら体を起こす。花崗にとって、今の戦いなど準備運動程度らしい。

「いえ、別に……」

 そこへ警報が鳴り響く。

「見つかった?」

 身構える花崗と喬太に、紅葉が軽く首を振り、

「鈴娘や木君が外部からの力で破壊されると、自動的に警報が鳴るんです」

「それを先に言って!」

 扉が次々と開いては鈴娘や木君たちが飛び出してくる。全員目の色が赤く、戦闘モードに入っている。

「紅葉さん、こいつらを止める緊急用シグナルか何かない?」

「ありますけど、中央管理室からでないと」

「とにかく早く外へ!」

 エレベーターにかけ出そうとする喬太の襟首を花崗がつかんだ。

「階段を使うわ。エレベーターだと閉じ込められる」

「階段って……」

 隅にある階段を見上げる。どうみても通常の建物十四~十五階分はある。

 鈴娘たちが迫ってくる。迷っている暇はない。階段に駆け出す三人に向けた鈴娘や木君たちの掌から青白い稲妻が発せられる。掌自体が放電器になっているのだ。

「おい、あいつら紅葉にも攻撃しているぞ」

「つまり、殺傷力はさほどでもないって事よ!」

 花崗がスピードを上げ、警備の群れに突っ込んだ。一斉に攻撃対象を花崗とする鈴娘たち。鈴娘たちの電極と化した腕を流れるように交わしつつ、足を払い、背を蹴り、飛び上がっては相手の頭を踏み台に跳び回る。その動きは一瞬たりとも止まらない。

 その動きに対応しきれず、鈴娘たちの電極は仲間の体をつかみ、同士討ちを起こしていく。

「すげぇ」

 たまらず喬太が声を上げた。休息を取ったとは言え、丸一日拘束されていたとは思えない。

 しかし、鈴娘と木君は次から次へと現れる。エレベーターの扉が開き、壁の一角が開き、現れると言うより湧いてくる、

「いちいち相手にしたいたらきりがない、階段へ急げ!」

 階段へと走る三人の前に立ちはだかる二体の木君。

(花崗先輩ほどは出来なくても)

 喬太の回し蹴りが見事に決まった。と思ったが、

「痛っあ~っ」

 足を押さえて倒れる。慌てて紅葉が抱き起こし

「彼らは鉄より固い鈴木プラスチック製です。まともに攻撃したらこっちが怪我します」

「なんで花崗先輩は平気なんだよ」

 半泣きの目で花崗を見る。よく見ると、彼女は鈴娘たちを殴ったり蹴ったりするのは必要最小限にとどめている。相手の動きを利用して転倒させたり、攻撃を別の鈴娘を盾にして防ぐなどしている。うかつな攻撃は、自分に跳ね返ることを知っているのだ。

 紅葉と喬太を鈴娘や木君たちが取り囲む。

 二人の下に行こうとする花崗だが、多すぎる敵になかなかそうはいかない。

 そこへ高笑いしながら聖人が現れた。お供の鈴娘たち(裸エプロンバージョン)をつれているのを見ると、彼女たちの助けで落とし穴から這い上がってきたようだ。

「お前ら、よくも僕のクリスタルハートを傷つけたな」

「それよりも、まずパンツをはけ」

 聖人は全裸のままだった。

「立派だろう」

 ぐいと腰を突き出した聖人を見た花崗と紅葉がそろって

「ぷっ」

 と吹き出し、頬を膨らまして笑いをこらえる。それが聖人の神経を逆なでした。

「お前たちぃ!」

 花崗が喬太たちをかばうようにして聖人を見据える。

「二人とも、あたしがこいつらの相手をするから、その間に脱出して」

「拒否します。もともと俺たちは先輩を助けに来たんです。見捨てるぐらいなら、昨夜のうちに紅葉と二人だけで逃げていますよ」

 拳を鳴らし、身構える。

「みんなで脱出します。紅葉、しっかりついてこい!」

「はい」

 ソロコンをしっかと抱えた紅葉が走るために腰を落とす。その顔は実にうれしそうだ。

 周囲の鈴娘と木君たちが一斉に手のひらを突き出した。青白い稲妻が手のひらに発生、周囲と共鳴するかのように合わさり、大きくなっていく。

 その時だ。光の帯が宙を舞い、木君たちの突き出した腕をなぎ払うかのように流れた。

 ひと呼吸おいて、突き出された腕が帯の通り過ぎた場所から綺麗に切れ落ちた。

 突然風が吹き荒れ、木君と鈴娘たちを吹き飛ばしては壁や床にたたきつける。

 起き上がろうとしたところへ炎の塊が降り注いだ。

 彼らが焦げ付いたところへ大量の水が押し寄せ、そのまま渦を巻いて木君たちを飲み込んでいく。

 とどめとばかりに、渦の中に無数の雷が落ちて爆発が起こる。

「な、何だ?!」

 慌てふためき聖人が辺りを見回す。

 周囲に散らばっていた水や炎が幻のようにかき消え、木君と鈴娘の残骸ばかりが辺りに散らばっていた。かろうじて難を逃れた機体も、動くのは危険と察したのか聖人を守るように囲んでまま動こうとしない。

「何だ今のは?」

 訳がわからず立ち尽くす喬太と紅葉に対し、花崗は険しい顔で

「この技……まさか?!」

「技? いや、それより今のうちに!」

 紅葉の手を取り喬太が走り出す。

「逃がすな。僕が怒られる!」

 聖人の叫びに応えて木君たちが走り出す。途端、階段の方から空気を切る音と共に何かが飛んできて木君たちの後頭部に突き刺さった。動きを止め、倒れる木君たち。その頭に突き刺さっているのは、紛れもない十字手裏剣だ。

「だ、誰だ?! 姿を見せろ」

 地下に聖人の叫びが響く。それと入れ替わるように、低い笑い声が返ってくる。

 静かに、しかしハッキリとした声が地下に響く。

「……春に花咲き夏繁り、秋に実りて冬に蓄ゆ」

「……そびえ立つこと山のごとし。我らは山のごとくそびえ見守るものなり」

「……育むこと田のごとし。我ら田のごとく命の糧を育み皆に分けるものなり」

 一斉にライトが一角を照らした。そこに立つのはあの五人の忍者もどき。

『山田忍者隊、推参!』

 堂々と言い切るその姿に、喬太は軽いめまいがした。

「山田一族か! 山田一族なら山田一族らしく地味にしていろ」

「忍びとは地味で平凡、目立たないもの。忍びこそ、我ら山田一族の天職なり」

「嘘つけ!」

 聖人のこの叫びだけは喬太も同意した。

 これ以上は問答無用とばかりに忍者もどき、いや、山田忍者隊が一斉に木君鈴娘達に挑みかかる。山田忍者が三人、階段を駆け下りるとそのまま仲間の足を抱え、巨大な輪になる。

「山田忍法・山田ローラー!」

 巨大車輪と化した山田忍者は、そのまま木君たちの群れに突撃、襲いかかる。それをまともに受けた一体がそのまま押しつぶされ、バラバラに砕け散る。鉄より強いはずの鈴木プラスチックがまるで薄氷のように砕け散る。

 そのまま巨大車輪は勢いに任せて次々と木君や鈴娘を押しつぶし、スクラップへと変えていく。木君たちも電撃や格闘などで抵抗するが、巨大車輪の前には何の効果もなかった。

 他の山田忍者もそれぞれ得意の体術や山田忍法を駆使して敵を倒していく。

「佐藤花崗、差し入れだ!」

 山田忍者の一人が花崗に投げてよこしたそれは

「佐藤装甲?!」

 あの佐藤一族専用の戦闘装甲服だ。花崗が一瞬、どうしてこれを山田一族がと疑問を顔に浮かべたが

「佐藤の名字は正義の証!」

 叫びとともに装甲を身につける。

 こうなった以上、完全に形勢は逆転した。花崗も山田忍者隊も、それぞれの一族の中でも指折りの手練れである。いくら素材が頑丈とはいえ、大量生産の木君や鈴娘なんぞに負けやしない。聖人など、涙と鼻水を垂らし、股間を縮み上がらせてただ逃げ回るだけだ。

「つえぇ……」

 喬太がつぶやいた。今まで選挙がらみの乱闘で何人もの腕利きを見てきたが、目の前で戦っている山田忍者達はその中でもトップクラスだ。気のせいか、花崗の動きも今までよりキレがあるように見える。

「まとめて倒す!」

 山田忍者の一人の指示で、彼ら五人は立ったまま人間タワーを作り上げる。

「山田忍法・炎蛇のうねり!」

 タワーを作る一人を炎の渦が取り巻いた。

「山田忍法・水波の舞!」

 タワーを作る一人を水の流れが取り囲む。

「山田忍法・雷鞭転!」

 タワーを作る一人を雷がまとわりつく。

「山田忍法・竜巻円舞!」

 タワーを作る一人を風の渦が舞う。

「山田忍法・ヤマダカリバー!」

 タワーの最上の一人の伸ばした両手から、光の刃が伸びた。

『合体山田忍法・五武華鏡!』

 タワーを形成したまま、五人が回転した。

 五人を中心に、炎が、水流が、雷が、突風がそして光の刃が倉庫の中を吹き荒れ、木君と鈴娘達を焼き、流し、貫き、飛ばし、切り裂いていく。不思議と喬太や紅葉にはそれらの攻撃はまったく当たらない。というか、明らかに意図的に外している。

 たちまち地下倉庫は残骸の山となった。

 その中に聖人の姿はない。形勢不利と見て、さっさと逃げ出したのか。逃げ足だけは超一流だった。

 回転を止め、タワーを崩した山田一族。タワーの頂点に立っていたリーダーであろう山田忍者隊の前に花崗は不機嫌丸出しの顔で立つと

「助かったけど……どうしてあんたがいるの?! 今は討論会で忙しいはずでしょ、軍平!」

 えっとなる喬太の目の前で、山田忍者がヘルメットをとった。現れたのは山田軍平の顔。

 出てきた彼の頬を花崗の平手が打ち、乾いた音を出す。

「あなた、山田一族の若頭でしょう。御代氏学園の山田一族のリーダーでしょう。そのあなたが、よその一族の女のために職務をすっぽかすってどういうことよ! そんなんじゃ、何のためにあたし達が別れたのかわからないじゃない!」

 怒鳴る花崗と力なく微笑む軍平の姿に喬太はおたおたした。

「あの、これって?」

「花崗先輩と山田軍平は春までつきあっていたんです。知りませんでした?」

 意外そうに紅葉が応える。知らないも何も、喬太にとって二人が知り合いで元恋人だったなんて初耳だった。

「本当なんですか? 花崗先輩と、軍平先輩がその」

「まぁ……その……確かに、休みには一緒に映画を見たり、プールに行ったりした事もあるし、ちゅーも何度か……だから、世間で言う……その……恋人……になるとは思うけど……」

 両手の人差し指を絡ませ、もじもじする。こんな花崗を喬太は初めて見た。

 そんな彼女を軍平はぐいと自分に向き直らせて

「花崗、今度はお前が僕を助ける番だ」

「助けるって、何よ?」

「僕が山田一族代表として討論会に間に合うよう、急いで脱出する。協力してくれ」

「あんた……馬鹿?」

「馬鹿でいい。もう一度お前を抱きしめられるなら」

 言うと同時に、軍平が花崗の体をしっかと抱きしめた。

「ちょっ、ちょっと」

 真っ赤になる花崗だが、戸惑いの言葉とは裏腹に軍平の力に抵抗する様子はない。むしろ、彼の抱擁に力が抜けていく。

 元恋人から元の一字が消えようとしているのを見ながら、喬太は不思議と悔しさも寂しさも感じなかった。なぜそうなのか、喬太自身わかっていた。彼の隣に別の女性がいるから。花崗とはタイプは違うが、今は花崗以上に大切に思える女性がいるから。

「喬太さん、いいの?」

 かすかな不安を交えた紅葉の言葉に、喬太は彼女の肩を抱き寄せる。これが彼の答えだ。

「お取り込み中申し訳ありません。愛の再確認は脱出の後にしていただけませんか」

 戦いながら山田忍者の一人が言った。今なら声で中身がわかる、書記に立候補している山田修司だ。戦いの最中、彼らがのんびり愛を語り合えるのも、邪魔が入らないよう戦う彼らがいてこそだ。

「そうだな。今すぐ戻れば、討論会にも途中参加できる」

 ちなみに、討論会には会計候補の山田洋行が出席している。だが、彼はディベートはあまり得意ではない。出番になれば、他の候補者に言い負かされてしまうだろう。

「させるかぁ!」

 聖人の叫びと共にシャッターの一つが開き、人型ロボットが出てきた。身長は三メートルぐらい。ドラム缶をつなげたような体で、胸には「鈴木」の文字。

「プロトタイプ鈴木ロボ」紅葉が言った。

 遠隔操縦タイプらしく、聖人がコントローラーを手にしている。箱から二本の棒が出ているだけの、白黒時代のロボットアニメで使われていそうなやつだ。

 プロトタイプはそれなりに性能は高いのだろうが、デザインのせいで貧弱さの方が目立つ。スーパー鈴木ロボの隣に並ぶとよけいそう見える。

「大丈夫、動きのデータをとるのが目的で作ったものですから強くありません。頑丈さだけが取り柄のC級ロボです」

「しかし人間よりはパワーがあるぞ! 動きだって」

 コントローラーの棒を動かすと、プロトタイプが大きくジャンプ、スーパー鈴木ロボの顔付近まで跳び上がる。

 軍平が一歩前に出ると、指を真っ直ぐ伸ばして右腕を構え

「ヤマダカリバー!」

 気合いとともに振るった右手の先から「気」が伸びる。「山田」という文字をかたどった気の白刃は一直線に伸び、プロトタイプはおろか、その後ろにあるスーパー鈴木ロボまで届いた。

 プロトタイプのボディが、鋭利なメスで切られたように真っ二つになった。

 悲鳴を上げる聖人が、落ちてきたその残骸に押しつぶされる。

 破片が散らばる中、軍平の腕から山田の刃が消えた。今のが山田軍平が最も得意とするエクスカリバーならぬヤマダカリバーである。彼は下手に使える忍法を増やすより、使い勝手のいい忍法に習得を絞り、それを磨き上げ、少ない忍力(忍法の使用に必要な精神力、ゲームにおけるMPみたいなもの)消費で大きな効果を得るようにする道を選んだ。その結果、彼が使える山田忍法は十に届かないものの、どれも最高レベルの熟練度を誇る。

「すげぇ……」

 喬太はただ呆然と見ているだけだ。

「軍平様、長居は無用。すぐに脱出を」

 当面の敵を始末した山田忍者隊が揃って軍平の前に片膝を突いた。

「さっきの答えを花崗からまだ聞いてない」

 言われて花崗が天を仰ぐ。

「あーっ、まったく。わかりきった答えを言わせるんじゃないわよ」

 ぐいと胸を張り

「これから討論会会場に乗り込んで、弦間の野望をぶちのめすわよ!」

「待ってください」

 紅葉が前に出た。

「討論会会場に行くより、兄様達が学園中に仕掛けた場の空気発生マシンの破壊を優先してください。人の集まる場所に仕掛けてあるはずです。あれが生きている限り、討論会に乗り込んでもあたしたちが悪者になるだけです」

「わかったわ。連絡がつき次第、佐藤一族に探させる」

「山田忍者隊もお手伝いいたします」

 紅葉がソロコンからディスクを取り出し修司に渡す。

「マシンを手に入れたら、できればでいいからプログラムをこれに書き換えて。あたしが作った場の空気対処プログラム。テストをしてないからどの程度効果があるかわからないけど」

「承知しました。……書き換える余裕があるとは思えませんが」

 恭しく頭を下げた修司がディスクを受け取った。

「それと、あたしと喬太さんは途中で別れます。取るものがあるから先に行っててください。後で必ず追いつきます」

 そこへ、またエレベーターが下りて新たな鈴娘木君たちが現れた。今度はみんな軍隊の特殊部隊のような格好だ。どうやら装備を調えてきたらしい。

「先頭は私と軍平。喬太君は紅葉さんを守って中央へ。しんがりは山田忍者隊で」

 花崗の言葉に一同がうなずくと、一斉に階段へ走り出した。


【次回更新予告】

鈴木紅葉「喬太さん、覚えていますか。あたしから贈り物の用意があると。それを使ってください。きっと役に立ちます」

鈴木喬太「選挙管理委員が立候補者から物をもらうのはやばいんだけどな」

鈴木弦間「何をしようがもう襲い。討論会は始まった。鈴木一族を讃える宴の始まりだ! 次回更新『激突! 生徒会選挙会長候補者討論会』」

高橋一佐「そうはいかない。自分の思い通りになると思ったら大間違いだ」

鈴木弦間「弱い犬ほど良く吠える」

渡辺舞華「政治の世界では、言葉は最大の武器です」

鈴木弦間「その武器、自分に向けぬよう気をつけるんだな」



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