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鈴木一族の陰謀  作者: 仲山凜太郎
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9/13

【9・紅葉を抱きしめて】

 激しい痛みと共に、鈴木喬太は目覚めた。

「痛ぇ~っ」

 体を起こすとあちこちに痛みを感じる。どうやら、ソファに座っていろいろ考えているうちに眠り、転げ落ちたらしい。

「何だよ、寝ている場合じゃないってのに」

 外は暗い。どうやら眠っていたのは一、二時間らしいので喬太はほっとした。トイレでやたら長い小便を済ませてTVを見ると、九時のニュースをやっていた。

「九時!?」

 思わずTVに詰め寄る。寝る前の記憶では十時のニュースのはずだった。アナウンサーの後ろに書かれた日付は、彼の記憶の翌日だった。

 テーブルを見ると、すっかり冷めたコーヒーがカップに半分ほど残っている。

「まさか、この中に?」

 喬太にとって痛恨の失敗だった。今まで客人扱いされていたから油断があったのだ。まさか部屋に用意していたコーヒーに睡眠薬が入っているなどとは微塵も思わなかった。

 急いで扉に駆け寄り、ノブを回すがやはり開かない。思いっきり扉を叩き、蹴りつけるがびくともしない。

「……やられた……弦間め!」

 その場にへたり込む。眠りこけた一日はあまりにも大きかった。

 その時、電話が鳴った。

《喬太さん、起きましたか》

 鈴木紅葉だった。

《食事が出来ていますけど、どうします。食べに来られますか。お部屋に運びますか》

 その声を聞いた喬太は、彼女が無理に冷静になろうとしているような、そんな印象を受けた。

「部屋に持ってきてくれ。変な薬は入ってない奴をな」

 返事を聞かずに受話器を置く。もう作戦を考える余裕はない。

 テレビの電源を切って電源コードを引き抜く。二、三度しごいて手に軽く巻いた。

 五分ほどして扉がノックされ、インターホンから「紅葉です。食事を持ってきました」の声。

 喬太の顔が険しくなった。ドアの陰に隠れるように立つと「どうぞ」と答える。その手には、先ほど引き抜いたコードが握られている。

 ドアの鍵が開ける音がやけに大きく聞こえ、喬太の手に汗がにじむ。

 開いたドアから食事を乗せたワゴンを押して紅葉が一人で入ってきた。

「喬太さん?」

 心なしか、彼女は嬉しそうに見えた。一瞬、喬太の全身を罪悪感が走る。

 だが、彼はそれを振り払うように紅葉の後ろにまわる。両手の間に張られたコードが空中で輪を作り、彼女の首に掛かる。

「動くな!」

 叫びながら両手を引くと、コードが彼女の喉にぴたりと張りつく。

「先輩の所に案内しろ。でないとこのまま首を絞めるぞ」

 紅葉は動かなかった。首を絞められかかっていることに驚く様子もなかった。

「手を放すな。そのままにしろ」

 ワゴンに捕まらせたままの方が、彼女の手を封じられるからだ。

 紅葉は無言のまま動かなかった。ワゴンを掴み、首にコードを巻き付けられたまま。

 あまりにも動かないので、喬太は次第に不安になってきた。

「おい、聞こえてるのか」

 言いながら正面を見た喬太の体が硬直した。正面にある窓ガラスに二人の姿が映っている。

 喬太によって首にコードを巻かれた紅葉がいる。ワゴンを押した姿勢のまま、うなだれた彼女の目は潤み、鼻眼鏡の内側に涙がたまっていた。

 急に喬太から力が抜けていった。自分のしていることが恥ずかしくなった。

 無言で紅葉の首からコードを外す。

「ごめん……」

 それだけ言うと、喬太はソファに座って、紅葉も座るよう促した。彼女は食事を載せたトレイをテーブルにおいて喬太の向かいに座る。

「ごめん」

 もう一度喬太は頭を下げ、コードをテーブルの上に放り出した。

「そんなに花崗先輩が心配?」

 鼻眼鏡にたまった涙を拭き取る紅葉。かけ直して喬太を見る目は、飼い主に捨てられるのではないかと不安でいっぱいの子犬のようだ。

「そりゃあ……」

「そんなに、あの人が好きなんですか?」

 その言葉を聞いた途端、喬太の目つきがきつくなり、「こら」とばかりに紅葉の額に軽くチョップした。

「そんな目で俺達を見てたのか」

「だって喬太さん、先輩と一緒に仕事しているのがすごく楽しそうだから」

「楽しい。正直に言えば、花崗先輩はかなり俺の好みだ」

 紅葉が悔しげに唇をかむ。その彼女の額にもう一度チョップして、

「でも、それとこれとは関係ない。知っている人があんな目に遭っていたら、助けなきゃと思うのが当然だろう。花崗先輩かどうかなんて関係ない、紅葉だって俺は全力で助ける」

「兄様とかだったら」

「その場合はほっとく……と言いたいけど、やっぱり助けるだろうな。花崗先輩の影響かな」

「喬太さん、鈴木一族よりも佐藤一族の方が似合っているのかも」

「かもな、けど」

「けど?」

 喬太は参ったとでも言いたげに笑みを浮かべる。

「世の中、いろいろな奴がいるから楽しいんだ。その点で言えば、佐藤一族は面白くないかもな。正義の味方はたまにやるから楽しいんだ。いつもやってたら息が詰まる」

 喬太の腹の虫がなった。それで気がついたように、紅葉が持ってきた食事を食べ始める。

「鈴木一族の方が、いろいろな奴がいて楽しそうだ。弦間みたいな憎ったらしい奴がいて、聖人みたいな変質者がいて、真みたいな…あいつはよく知らないけど、なんか素朴なタイプっぽい。そして紅葉がいる」

「だったら」

 パンを口に押し込みながら、紅葉の言葉を制する。ミルクでパンを胃に流し込むと、やっと人心地ついた。

「ごめん、今は、たまの時なんだ」

 食器についてきたナイフとフォークをポケットに入れる。武器代わりだ。

「先輩を助け出す。情報をくれた上でしばらくここでじっとしていてくれると助かる」

「手伝えとは言わないのね」

 意外な顔をして、喬太は彼女を見つめた。

「鈴木一族に居づらく、いや、いられなくなるぞ」

「だから?」

 まっすぐ見つめられ、喬太の方が気押される。

「喬太さんが全力で何かをしようとしているのに、あたしは後ろでじっとしているだけ?」

 目が少しつり上がる。それを受けて、喬太の目も少し険しくなった。

「それに喬太さん、この事態を自分だけで何とか出来ると本気で思っているんですか? こんな二十四時間監視されている部屋でこんなこと話していて」

「え?」

 慌てて室内を見回す。

「大丈夫、ここに来る前にシステムをいじっておきました。今は監視外です」

 目をさらに少しつりあげて、紅葉が喬太を見据えた。彼は思わず一歩下がったが、やがて彼女に負けないぐらい真剣な視線を返す。

「紅葉」

 彼女の両肩に手を置き言った。

「お前の力が必要だ。手伝ってくれ」

 紅葉が笑った。ワゴンの下に置いてあったソロバンを取り出し、テーブルの上に置く。ちょっと変わっていて、枠が随分大きく、しかも上部が大きくふくらんでいる。

「願いましては」

 人差し指で五珠をそろえると、上部から薄い膜のようなものが飛び出した。それがディスプレイとなり、鈴木家の見取り図が映し出される。

「なんだこれ?」

「ソロバン・コンピューター。通称ソロコン。あたしが作ったんです」

 中身はともかく、外見は空間にディスプレイを浮かばせ、キーボード部分がソロバンになっているだけだ。

「ソロバン型のキーボードなんて打ちづらくないか?」

「一般のキーボードの方が打ちづらいです」

 彼女の口調には、すっかり元気が戻っていた。

 喬太は皿の料理を片っ端から口に詰め込み、飲み下しながら紅葉の作業を見ていた。

(なるほど)

 見ていて気がついた。キーボード部分のソロバンは、昔のように一珠が五つになっている。そして自分たちが使っているキーボードも、Fキーの列を除けば五段である。見た目よりもソロバン・キーボードは一般のキーボードと違わないのかも知れない。

 珠がリズミカルに弾かれるに従い、画面が変化していく。

「紅葉、他に味方になってくれそうな奴はいないか。真は?」

「真はあたしの罰を軽減するのと引き換えに、兄様に協力することになっています。それに、これ以上、真に迷惑はかけたくない」

「そうか……」

「ところで喬太さん」

「何だ?」

「喬太さんに協力して、もしもそれが原因で選挙に負けたなんて事になったら、当然、あたしも罰を受けます。この家から放り出されるかも知れません」

「止めるか。今なら間に合うぞ」

 しかし、紅葉は首を横に振る。

「止めません。でも、もしそうなったら喬太さん」

 彼女は顔を上げると、喬太に向かって微笑んだ。

「責任とってくださいね」


 時計は日付を変え、討論会当日になっていた。

 鈴木家地下へ降りるエレベーターに紅葉と喬太はいた。喬太は紅葉が用意した木君の服を着ている。鈴木家の制御室で木君の動きはわかるため、変装にもならないが、人の目は何とかごまかせるかもしれない。それに、木君の服は普通の服より防御力が高い。気休め程度のわずかな差が現実で成否を分けるのは良くあることだ。

「準備はしてきましたけど、花崗先輩は戦力に数えない方が良いです。敵になるかもしれません」

 彼女がどんな目に遭わされているか、喬太は紅葉から聞いていた。

「大丈夫だ。先輩が場の空気や鈴木バンザイのささやきなんかに負けるはずがない」

 しかし、一~二時間ならともかく、すでに丸一日聞かされ続けているのだ。どうしても一抹の不安はぬぐいきれなかった。

 突然、エレベーターの一面の壁が透明に変わり、巨大な弦間の顔が現れた。

「うわっ!」

 たまらず喬太が飛び下がる。

 以前御台場で見た実物大ガンダムより二回りほど大きい。裏地が赤の黒マント。黄金色の胸に大きく染め抜かれた「鈴木」の文字。まるでビキニパンツを思わせる模様の入った腰には大ぶりの剣がぶら下がっている。その周囲には、作業服姿の木君たちが働いていた。

「これが……スーパー鈴木ロボ?」

 紅葉が恥ずかさと苛立ちの入り交じった顔で頷く。

 エレベーターの前にそびえる黄金の巨人。その存在感は圧倒的だ。思わず喬太は感じたことをそのまま口にする。

「趣味悪い」

「兄様のデザインだから。まったく、こんなものに兆単位のお金が使われるなんて」

 エレベーターが止まり、扉が開く。紅葉に続いて、喬太はうつむき加減にワゴンを押して降りる。これなら、傍目には紅葉が木君をつれてどこかに行くようにしか見えない。

 自分たちが使った隣のエレベーターが降りてくる。二人が慌ててスーパー鈴木ロボの足の陰に隠れる。

 降りてきたエレベーターから鼻歌交じりで出てきたのは鈴木聖人だった。彼の押すワゴンには、

「見るな」

 たまらず喬太が紅葉に目隠しするほどのアダルトグッズや撮影道具が満載している。

「花崗さん、待っててね。僕の奴隷にしてあげるから」

 にたにた笑いながら聖人がつぶやく。通路を通り、彼女が捕らえられている部屋に入って明かりをつけた。中央の台座には相変わらず佐藤花崗が大の字に貼り付けにされている。

「まったく、弦間様はどうかしている。女って言うのは、やっちまえば男の言いなり。これが世界の常識なんだよね。心がどんなに正義の味方でも、体は正直なんだから」

 花崗の顔をのぞき込み目隠しとヘッドホンを外す。彼女の目には以前の力強さはなく、薬物に浸る患者のように生気を失っていた。

「お楽しみの前に、撮影会と行こうね」

 聖人が花崗の胸の膨らみを指先でつんつんし、服のボタンに手をかけた。

「おっぱい拝見」

 途端、重く鈍い音とともに聖人の体が吹っ飛び、床に転がった。動かなくなった彼は白目をむき、口から泡を吹いている。

「危なかった」

 紅葉がバットを担ぎ直した。その後ろで喬太が唖然とする。

「確かにやばかったけど、これもやり過ぎなんじゃ」

 床で痙攣している聖人を見下ろす。

「私、こいつ嫌いですから」

 花崗の拘束を外す。

「いや、嫌いだからって、鈴木一族に対して」

「場の空気」

 言われて激しく頭を振る。いつの間にか喬太自身場の空気の影響を受けている。紅葉はコントロールに行くと、場の空気濃度を下げ始める。

「場の空気濃度八十……六十七……五十%まで軽減……喬太さん、気分はどうですか?」

「まだひっかかるけど、何とかなりそうだ」

 紅葉がさらに濃度を下げる。三十%以下になるとかなり頭がすっきりしてきた。何かの用事であまり興味の無いイベント会場に潜り込んだような感じだ。周囲が騒いでいるのはわかるし邪魔をする気もないが、一緒に騒ぐ気はないといったレベル。

「ありがとう、もう大丈夫だ」

 軽く自分の頬を叩くと、喬太はひたすら花崗の手足の拘束を外していく。

「先輩、大丈夫ですか。助けに来ました」

 彼女の顔をのぞき込む。覇気のない目、うつろな表情。微かに唇が動いたので耳をそばだてると「……鈴木様……」とつぶやいていた。

「症状がかなり進行してます。鈴木一族の名前で命令されたら危険です」

「元に戻せるのか?」

「短期間の洗脳は解けるのも早いですから、なにかショックを与えれば。でも、まずは脳を休めないと」

「とにかく、ここから逃げだそう。外に出れば助けを呼べる」

 紅葉に手伝ってもらって花崗を背負う。

 三人が廊下に出た途端、足下の床がぱっくりと開いた。

 声を上げる暇もない。三人はそのまま落下し、床に倒れる。紅葉が抱えていた花崗の私物が散らばった。

 穴に光が差し込まれ、鈴木弦間の笑い声が響いた。

 床に倒れたまま喬太が上を見ると、数体の木君を連れた弦間の顔が逆光で見下ろしている。

「残念だったな。お前たちの行動ぐらいお見通しだ」

「基地の中、自分の家の中に落とし穴なんか作るな!」

「相手のまさかをつくのが戦法の基本だ」

 落下のショックで意識が戻ったのか、花崗が顔を上げる。それを見た弦間が

「佐藤花崗、そいつらは鈴木の敵だ。倒せ!」

 その言葉を聞いた途端、花崗が喬太につかみかかった。

「鈴木様の敵!」

 喬太が身構える隙すら与えない。花崗は彼の腕をとると、そのまま床にたたきつける。

「先輩?!」

 そのまま流れるような動きで花崗は喬太に第二撃、第三撃と突きと蹴りを決める。とっさに急所は外したもののこのままでは彼女にぶちのめされるのは確実だ。

「やめて先輩」

 しがみつく紅葉に対し。花崗が肘打ちを見舞う。弦間が慌てて

「待て。紅葉は鈴木だ」

 花崗の表情がこわばり、慌てて攻撃を止める。しかし彼女は目標を喬太に変えて再び襲いかかる。

 先ほどの紅葉の言葉を思い出した。何かショックを与えれば。花崗の心に響き、佐藤一族の心を取り戻す……。

「佐藤の名字は!」

 とっさに喬太は叫んだ。瞬間、花崗が右腕を高々と上げ

「正義の証!!」

 叫び返した。

「あれ?」

 途端、花崗はきょとんとして辺りを見回した。

「ここ、どこ?」

「馬鹿な!」

 こんな簡単に元に戻るとは弦間も思わなかったのだろう。

「鈴木一族としての命令だ。佐藤花崗、そいつをぶちのめせ!」

「なに言ってんの? あんた、私に何かしたの?」

 花崗の目は完全に戻っている。

「兄様のやったことはいわば試験勉強の一夜漬け。それは嫌々ながらの詰め込み型。どんなに知識や価値観を叩き込もうと、頭はそれを払いのけたがっているのだから、なにかショックがあればすぐに忘れます。ましてや、何年も佐藤一族として胸を張って生きてきた花崗先輩なら尚更です」

 紅葉が弦間を見上げた。その目には兄と敵対する決意からか、むしろすっきりしていた。

「兄様、私は鈴木一族が嫌いです」

「何だと? お前も鈴木なんだぞ。日本人が日本のために、地球人が地球のために生きるのが当然のように、鈴木が鈴木一族のために生きるのは当然のことだ」

「あたしは非常識な女なんです」

 彼女の叫びが、弦間の顔を悲しく引きつらせた。顔が震え、目が潤み、歯ぎしりする。

「喬太君、ごめん!」

 壁を蹴って跳んだ花崗がさらに喬太の頭を足場にさらに跳ぶ。木君たちの隙間を狙って穴を飛びだそうとしたが、木君たちの動きは冷静だった。迎え撃とうと蹴りを放つ。彼女はそれを両手で受けると、穴の中に着地した。

 もう一度飛びだそうと起き上がろうとするのを見て弦間が

「蓋を閉じろ!」

 落とし穴の蓋が閉じた。喬太たちのいる空間は闇となる。

 弦間は足下の閉じた穴を睨みつけた。綺麗に閉じた穴は、見ただけではそこに落とし穴があるなどとは思えない。

「くそっ!」

 怒声と共に蓋の部分を踏みつける。力一杯、何度も何度も叩くように踏みつける。

「くそっ、くそっ、くそうっ!」

 怒声の中に、次第に涙声が混ざっていく。

 そこへ聖人が頭を押さえながら出てきた。

「あの女……」

 弦間に訴えようとして近づいたが、何か言う前にぶっ飛ばされた。


 暗闇の中に、ぼんやりと青白い光が四角く灯る。紅葉のソロコンのモニターの光だ。最大まで明るくすると、穴の中がぼんやりとだが見えるようになる。落とし穴の割には結構広い。四畳半はあるだろう。

「バッテリーは十二時間ぐらい持ちます」

 腕時計を見る喬太。ちょうど一時を回ったところだ。

「討論会が終わるまでここに閉じ込めておく気か」

「兄様ならやりかねません」

「冗談じゃない。トイレとかどうするんだ?」

 紅葉が無言で穴の隅を指さす。そこには、アヒル型のおまるとトイレットペーパーが置かれていた。

「悪いけど、状況を教えてくれない。今、どうなっているの?」

 すっかり本来の姿に戻った花崗に、喬太は自分の知る範囲で現状の説明をした。

 自分がなにをされていたかを知った花崗が怒りに拳を鳴らす。と一緒に腹も鳴った。

「お腹空いた。なにか食べ物持ってない?」

 花崗は丸一日食べていないのだ。

「これで良ければ」

 と紅葉が差しだしたチョコビスケットをむさぼるように一袋食べてしまった。

「よし、カロリー補充完了。あとはどうやって脱出するかね」

「紅葉、外と連絡を取る方法はないか?

「この落とし穴は特殊合金で作られています。携帯の類いは一切使えません」

「だよな。連絡が付けられるなら落とし穴の意味は半減する」

 それでも、念のため花崗は携帯機器で外部との連絡を試してみるが、やはり駄目だった。次は手探りで穴を調べ始める。

「何か見つかりましたか?」

「……カメラとマイクが隠されているわ。今も私たちは監視されているってこと」

 ソロコンから何か微かに高い音が聞こえ始めた。

「何だ、何か異常か?」

「一種の妨害電波です。これであたし達の声が機械で拾いにくくなります、映像も乱れているはずです。でも、念のため」

 紅葉は白衣を脱ぐと、壁の一角にガムテープで貼り付けた。どうやらそこにカメラがあるらしい。

 これで三人のことを外から探られる心配は無い……はずだ。

「すごいわね」

 花崗が素直な感想を述べた。

「いえ、あたしはここの警備システムの開発もちょっと手伝いましたから。ソフト面での対策が少しできるだけです」

「そういう意味じゃないの。あなたがここまで鈴木一族のやり方に敵対するとは思わなかったのよ」

「あたしは鈴木一族と敵対しているわけじゃありません。喬太さんの味方をしているだけです」

 真顔で言われて、喬太はなんだかむず痒くなってた。

「焦っていても仕方ありません。喬太さんと花崗先輩は少し休んでください」

「紅葉は何をするんだ?」

「今のうちに場の空気発生マシンの対処プログラムを完成させます」

「前もそんなこと言っていたけど、出来るのか?」

「完全無力化は無理でも、干渉して効果を邪魔するぐらいなら出来るはずです」

「頼む。こいつは俺には無理だ。紅葉だけが頼りだ」

 言われて、紅葉の口元が緩む。

「嬉しい」

 ソロコンを弾く彼女の指がさらに早くなった。喬太には意味不明の文字や数字がものすごい勢いでモニターを流れていく。

 花崗がニヤニヤしながら「この果報者」と喬太を肘でつつく。

 しかしのままではいられない。紅葉が対処プログラムを完成させても、ここから脱出できなければ意味が無い。

 紅葉がプログラムを作っている間、じっとしているのも悪いと思い、喬太は彼なりに現状打破の手段を考える。

「何とか蓋を開けさせれば、通信でプログラムを誰かに送れませんか?」

「地下部分全体が外部との通信を遮断しているわ。プログラムを送るには、外に出るか、ここの通信設備を使わないと」

「何にせよ、ここから出ないことには始まらないか。あのディスクを誰かが拾って委員会に届けてくれれば良いけど」

「届けられても、中身を見てもらい、それが何かを理解した上で報告してもらわなければいけません」

 横から紅葉が口を出した。

「残念ですけど、その可能性はほとんどゼロです」

「そうかしら? 姿を見ないからって、誰も何もしていないとは限らないわよ」

 花崗の笑みは何やら自信ありげだった。


 街灯もまばらな夜。月が陰りを見せる中、あの忍者もどきが走っている。国道に沿うように走る細い道。車も滅多に通らず、ましてやコンビニもないこの道に忍者もどき以外の人影はない。

 走る、走る、走る。車よりも速い。明らかに人間離れした、いや、非常識な速さで走る。誰かがその姿を見ても、きっと目の錯覚だと思うだろう。

 忍者もどきの走る先あるのは、鈴木家。

 突然、忍者もどきが脇に逸れた。家々の隙間に押し込まれたような小さな公園。その中央に立った忍者もどきを四つの影が取り囲んだ。

 体格こそ違え、みんな同じ格好をした忍者もどきだ。

「どちらへ行かれますか」

「邪魔をするな」

 男の声だった。ここに喬太や花崗がいれば、誰の声なのかわかったに違いない。選挙期間中、喬太は何度も聞いた声なのだ。

「ご自分の立場をおわかりの上で行くのですか?」

「無論だ。君たちこそ例のディスクの解析はどうした」

「技術部が解析中です。コピーは他の一族にも渡してきました。今、私たちに出来ることは」

 囲まれた忍者もどきが両手を構えた。真っ直ぐ伸ばした指先には何もない。

 それを見た他の忍者もどきたちが

「あなたをお助けすることです」

 一斉に片膝をついた。

「ご命令を」

 忍者もどきは構えをとき、一同見回した。

「ご命令を」

 もう一度同じ言葉が向けられる。

「……これより鈴木家に侵入、佐藤花崗と鈴木喬太を救出する。乗り込むのは鈴木一族の総本山、セキュリティは厳しいぞ」

「承知」

 五つとなった忍者もどきは、まっすぐ鈴木家に向かって走り出した。


 落とし穴の天井には星空が映し出されている。ソロコンが投映しているのだ。

「覚えていますか、あの日、台風の目から除いた星空です」

 紅葉と喬太は寄り添ってそれを見上げていた。

 正直言って彼に星空の区別はつかなかったが、それでも静かに頷いた。

「あの夜から全てが始まったような気がする。みんな変わっちまったような」

 紅葉が小さく笑った。

「あたしにとっては正にその通り。あの夜が全ての始まりでした」

「輸血のことか?」

「それもあるけど。喬太さんに言ってないことがあります」

「何を?」

「あの日、あたしは台風のことを知ってました」

 えっと彼は紅葉を見た。

「だったら何で海に?」

 彼の顔色の変化にかまわず、紅葉は言葉を続ける。

「あたしは子供の頃から経理関係の仕事を手伝わされていました。将来、鈴木一族を経理面で支えるために。何だか枠にはめられている気がしていましたけど、それに逆らおうとは思いませんでした。夏休み前、学園経費についてのレポートを作ったときなんか、充実感もありました。

 そこへ夏休み直前、生徒会選挙の会計に立候補することを命じられたんです。初めてあたしは迷いました。会計になったら責任が伴う。今まで気楽にやれていたのは、責任を負わなかったから」

 その気持ちは喬太にもなんとなくわかった。アルバイトでも、最初のうち、言われて通りのことをすれば良いという時期は、ある意味気楽だったからだ。しかし、ある程度経験を積んで、自分で判断し、その結果に自分で責任を取るようになると重圧がのしかかってくる。初めて下っ端の気楽さというのがわかってくる。

「別荘に行ったのは、決断から逃げるためだったんです。

 台風が来ると知ったとき、怪我でもすれば、選挙に出なくてもすむと思いました。ものすごい馬鹿げてますけど、あの時は本気だったんです。それが、怪我どころか死にかけて。しかも鈴木の名字を持つ人の血で助かった」

 喬太はあの夜、自分の名字が鈴木だと知ったときの紅葉の表情の意味が分かった気がした。

 確かに端から見たら馬鹿げた行為かも知れない。しかし喬太にも覚えがあった。断れないけどやるのにためらいがある時、死なない程度に軽い怪我をすればそれを理由に断れると、わざと風邪を引くようなことをした。もっとも、それで成功した試しはなかった。何も起こらなかったか、予想以上にひどい結果を出してみんなに迷惑をかけたりした。紅葉は後者だったわけだ。

「解放どころか、さらに呪縛を強めちまったんだな」

 紅葉は頷き、

「どうあがいてもあたしは鈴木一族の手の中なのかって思いました。でも、喬太さんと話しているうち、むしろこの人はあたしを助けてくれる人じゃないかって思うようになりました。

 あたしは喬太さんのことを調べました。そして、確信しました。やっぱりあなたはあたしを生まれ変わらせるために現れたのだって。名字が鈴木なのは、無理なくあたしのそばにいられるため。鈴木一族から逃げられなければ、一族を自分にとって少しでも快適にすればいい」

 それはこじつけだ。そもそも自分のどこをどう解釈したらそんな結論になるのか。と思ったが、喬太は口にしなかった。

「あたしは喬太さんがそばにいられるよう、いろいろしました。特待生にしてもらったり、寮の生活を豊かにするための家具を送ったり。あたしにとって喬太さんが無くてはならない存在であるように、喬太さんにとってもあたしは価値ある存在になりたかった」

「でも、あれらは逆効果だったな」

 紅葉が力なく頷く。

「あれを見たとき、正直、怖くなった。とんでもない女に見込まれちまったって。お前から逃げたくなった」

「あたしは何をしたらいいのかわからなくなりました。何をしたら喬太さんはあたしを求めてくれるんだろう。どうしたら好きになってくれるんだろうって。花崗先輩と一緒に仕事をする喬太さんの姿がすごく楽しそうだっただけに余計悩みました。喬太さんを、取られたくなかった。

 一番訳がわからなくなったのは、場の空気発生マシンの最初の実験の時です」

「あの田中一族との乱闘騒ぎか」

「あの時、みんなに石をぶつけられる喬太さんを見て、あたし……」

 紅葉の体が細かく震えているのを喬太は見た。

「……最低です……」

 沈黙が流れた。

 いきなり喬太が紅葉の体をぐいと引き寄せ抱きしめた。紅葉がはっとするが、逆らうような真似はせず、ただ喬太に抱かれるがままになっている。

「もしもあの贈り物がなかったら、校舎で迫られてなんかいなかったら、俺は紅葉の選挙活動を手伝っていたと思う」

「え」とばかりに、紅葉が顔を上げる。喬太と目が合った。

「ポスターの紅葉、すっげぇ良い顔してた」

 モニターの薄明かりの中でも、紅葉の頬が赤く染まっていくのが分かる。

 そこへ

「……あの……良い雰囲気のところ悪いんだけど、続きは終わって二人っきりになってからにしてくれない」

 隅で横になっていた花崗が申し訳なさそうに腕時計を指さした。時刻は午前七時を回っている。

 慌てて喬太と紅葉が離れた。花崗の存在をコロッと忘れていたのだ。

 弦間達は学校に出かけ、警備は手薄になっているはずだ。

「作戦はさっきのでいいわね。それじゃあ、脱出作戦、開始と行きましょう」

 花崗が拳を鳴らし、喬太と紅葉が頷いた。


【次回更新予告】

鈴木喬太「さて、もう後がない。気合いを入れていくぞ」

佐藤花崗「緊急事態。ほら、鈴木家ご自慢の執事とメイド部隊が来たわよ」

鈴木喬太「わっ、あの忍者もどきも来た!」

佐藤花崗「ぎくぅっ!」

鈴木喬太「あれ、もしかして先輩の知り合いですか?」

鈴木紅葉「次回更新『出現、山田忍者隊!』」

鈴木喬太&佐藤花崗「思いっきりネタバレしてるーっ!


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