魔の森
目の前にある木、木、木。右を見ても、左を見ても、あるのは木ばかりだ。ついでに後ろを見ると、街道がずいぶん後ろから俺達の目の前の場所を避けるようにある。まあ、当たり前だ。街道は基本的に危険のない道を示すものだ。――――まあ、この世界ではだけど。
そして俺たちの目の前にあるこの木ばかりの森(森としては当たり前だね)は、魔の森だ。街道が大げさに避けるのも当たり前。なぜなら、この場所は他の森よりも魔物が生まれやすく、かつ大量に棲んでいる。そんなもんだから、はぐれみたいな魔物が森からたまに出てくることもある。例えそれがゴブリンだとしても、戦えもしない人たちが出会えばとても危険だ。昨日、俺とユミアは丸腰で簡単にゴブリンを六体あっさり倒したが、あいつらは言わば、魔物の中では最弱の存在だ。もちろんあいつら以上の魔物なんてうじゃうじゃいる。
だがどんなに弱い魔物でも、一般人より力はある。そんな魔物たちがはぐれて森から出てきたとき、そこに戦闘できない人たちがいたとしたらそれはもう一大事。殺されるか、魔物の種類によっては連れ去られる場合もあるな。
だから、安全に、とても安全にとした結果が、あの大げささだ。あれくらい離れていれば、馬車はもちろん、一般人が街道を通っていたとして、森からはぐれが出てきたとしてもまず奴らは近寄ってこない。ほとんどの魔物には行動範囲みたいなもんがもあるらしく、あの森に住んでいる魔物はあの森からそれほど離れはしないらしい。だから、森からある程度離れていれば安全なんだ。
……だが、急がば回れと言うし、急いでいても死なずに行くなら向こうを通るべきだ。もしかしたら俺達も、急いでいたら街道を通っていたかもしれないな。
だけど、俺は、俺達は急いでいない。だから森を突っ切っていく。急いでいなければ回らなくてもいいのだよ!
……まあ、なんてひねくれた考えではなく。これはただ、単純に……俺が早く新・王都に行きたいだけだ。いや、だって皆に聞いてみてもきちんと答えてくれないんだぜ? そんで最後は自分の目で確かめろの一点張りだ。そんな風に隠すように言われたら余計気になっちゃうのが人間ってもんじゃないですかね? どうですかね?
だから俺は皆の言う通り自分の目で見るのさ、新・王都を! なるべく早く!
「よーし、新・王都への近道、魔の森へいざ突入!」
「……そんなに見たいんですか?」
俺が言うと疑問符つきでユミアが聞いてきた。
「悪いでしょうか?」
「そういうわけではないんですが」
ユミアよ、じゃあなんで聞いた?
「そんなことを言ってしまうと、ほんの少しだけ機嫌を損ねる方が私達の中に一人いますよ?」
え、今の発言って、そんなところあった?
言われて俺は周りを見渡す。フランはいつも通りにしている。ふと、俺と目が合うと俺が視線を外すまでずっと目を合わせ続けるところまで一緒だ。何か使命感のようなものでもあるんだろうか。顔を赤くするくらいなら別に目を合わせ続ける必要はないだろうに。
フレイはユミアの言ったことの意味がわからないようで不思議そうにしている。そうだよな、今の言葉だけで何がわかるんだって事だよなぁ。
ディニギルは――
「おいなんでちょっとにやけてんだよ」
笑いをこらえる様ににやけていたんだ。いや、笑う要素がどこにあるんだよ。
「いや……」
そう言ってディニギルは残りの一人を指差した。
その指の先には……頬を小さく膨らませたメリアが。
……ああ、うん。確かに俺、失言しちゃったわ。これ見たらさすがに何のことかわかった。わからなかったらさすがに察しが悪すぎる。
「……な、なあメリ――」
「べっつにー、何でもないよー」
ふてくされたようにメリアは言った。……こりゃ、あれだ。弁解するより言動で表そう。え? どっちも同じだって? いやいや、まったく違うんですよこれが。
「よーし、俺とメリアの思い出の地、魔の森へいざ突入!」
俺がそう言うと、ユミア、フラン、ディニギルが苦笑する中、フレイは、ユミアの言ったことの意味が俺の言葉でわかったのだろう、納得したようにしていて……
そしてメリアは、まだ少し膨れてるけどその顔には笑みも含まれていた。
こう言っちゃ何だけど、アレだよね。メリアって、結構単純――
「何か変なこと考えてないよね?」
「いや、まったく、全然」
魔素は、人間の行使する魔術にも利用されるが、それだけではなく魔物を生み出し、生かすものでもある。つまり、魔素が多く漂うということはつまり、魔物が多く生まれると言うことだ。
魔の森とは、魔物の栄養分となる『魔素』が多く漂う森の総称だ。その語源は、魔素の森とも、魔物の森とも言われているという。まあ、どっちにも魔って文字がついてるからね。
「行ったぞ! 逃がすな!」
「わかってるよ! せいっ!」
ゴブリンをディニギルが一刀両断。ゴブリンは断末魔を上げて消えた。
これで確か七体、あと……十八体だな。
「よし、残り十八体のゴブリンもちゃっちゃと狩るぞ」
そんな魔の森に入って一時間とちょっと程度、俺達は仕事をしていた。……と、言うよりやっと仕事を始めることが出来た。……まあ、待ち伏せされてたんだけどね。
魔の森に入ってしばらく歩いていたら、突然茂みからゴブリンが出てきた。俺達はまあとりあえずぶっ転がそうということに一致して(オブラートは大事だよね。苦い薬とか比較的楽に飲めるし)逃げ出していたゴブリンを追った――んだけど、それはどうやら罠だったようで。そのゴブリンを見失ったと思ったら今度はとりあえず数える気も失せる位の数のゴブリンに囲まれてたよ。
だが――
「ふはははははっ! 貴様らゴブリンは魔物の中でも最弱! そんな奴らがいくら群れようとも、このSランカーどもの壁は破れぬぞ!」
「ソラ、ふざけてると……あとで痛い目見せる」
はいすんませんメリアさんきちんとしますからそんなカラスに荒らされた燃えるごみを見るような目で見るのやめてください!
そんなくだらないことを俺が考えている間に他の三人はゴブリンをどんどん屠る屠る。斬って、突いて、また斬って…………
やばい、このままじゃ本当にただ飯食らいになってしまうぞ俺よ!
「フラン、遅ばせながら俺らも行くぞ」
「はいマスター。遅ればせながら、行きましょう」
「どっちでもいいから行くぞ!」
剣になったフランを握りゴブリンに走り寄る。弓を持った奴がこっちに気付き、矢を放つ。が、さすがにそれくらいなら俺も……
「せいっ!」
――斬れるさ。
『マスター、今のは斬るよりも回避したほうが効率は良いと思われます』
「うるせー、久しぶりの余裕ある戦いなんだから俺のしたいことをしたいんだよ」
剣から響くフランの言葉にそう返しながら他のゴブリンからも放たれる矢を周りの木々を利用しながら避け、奴らに近付く。まあ、別に矢を切るのが楽しいわけじゃないから別に固執はしないさ。ただ、なんかうまくいえないけどアレだよアレ、ちょっとした中二心って奴さ。
「よっこいせいやぁ!」
そしてうまく近付き、ゴブリンの右から左へと逆袈裟切り。変な掛け声はご愛嬌。深い意味はもちろんございません。
「よし」
『マスター、後ろです!』
「あん?」
言われて振り返るとそこには今まさに剣を振り下ろそうという状態のゴブリンが。
「やばっ――いけど」
俺は、けっして一人で戦ってるわけではなく。
「やぁ!」
掛け声と共に、攻撃しようとしていたゴブリンは背後からの斬撃に消え、代わりにそこにいるのは――
「ソラ、油断しないの!」
金髪の狐少女だ。
「悪いな」
俺が言うとメリアは頷き、他のゴブリンに走り寄って――
『マスター、後ろです!』
「え! また!?」
再び後ろを振り返ると今度は……あれ? ゴブリンが、飛んでる?
いや違う、あれは……飛んでくる? しかも一体だけでなく何体もいるぞ!
「うおっ! うわっ! うおっと!」
俺は飛んでくるゴブリンどもを、つい反射的に避けた。そのゴブリンたちはそれぞれ地面に落ちて消えていく。
「ソラ。せっかくチャンスあげたのに、無駄にした」
そう言ってきたのはユミアだ。どうやらゴブリンを俺の方に飛ばしてきたのはユミアだったようで。
「いや今の明らかに俺が手を下さなくてもゴブリン死んでたよな」
「そんな事ない、虫の息だっただけ。落ちる前に斬れば、ソラが倒したことになった」
ああなるほど。俺のただ飯ぐらいになりたくない、っていう意思を尊重してくれての行動だったわけだね。
「昨日はソラ、反応できてたから今日もそのつもりでやったんだけど」
「だったらせめて俺の視界内でやってくれ」
瀕死のゴブリンを後ろから飛ばされても、それを俺が察知できていなければただ俺とゴブリンが衝突するだけだから。
「わかった」
そう言ってユミアは、ちょっと離れてゴブリンと戦っているディニギルに注意を向けている弓を持ったゴブリンを、今度は俺の視界内でこっちに蹴り飛ばしてきた。
……あれ?
俺はそこでとあることに気付き、それを再び確認する。あ、うん。やっぱりそうだ。
俺は飛ばされてきたゴブリンを再びスルー。
「……ソラ、倒す気ある?」
「いや、倒すも何もお前が先に倒しちゃってんじゃんかよ」
さっき宙を舞っていたゴブリンは、こっちに飛んでくる途中からすでに消え始めていた。それはつまり、ユミアが蹴った直後に息絶えている、ということだ。
「……手加減するの忘れてた」
なるほど、だから俺の遥か上に飛んでったのね。……いや、それを倒せって言うのもどうかと思うよ?
まあ倒そうと思えばあれくらいの高さならは全然追えるけど、もうちょっと俺が倒しやすいようにパスくれてもいいんじゃね?
「ギエェァァアア!」
その時、すぐ近くにいたゴブリンがユミアに向かって剣を突き出した。
そんなゴブリンを見て俺は――
(わざわざ死にに来るなんてよっぽどの自殺志願者だよね)
なんて思ったりした。
ユミアはゴブリンの方へと徐に振り向き……手でなぎ払った。
そして次の瞬間、ゴブリンは断末魔すら上げることなく、首と胴体がバイバイした。
「お前、邪魔。今ソラと話してた」
と、既に消えたゴブリンに向かってユミアは言い放った。
「……ユミア、もう普通にゴブリン倒しちゃっていいよ」
俺がそう言うとユミアが不思議そうに聞いてきた。
「……ただ飯食らいになってもいいの?」
「大丈夫だよ、まだまだゴブリンは残ってるしさ」
俺がそう言うとユミアは少しだけ笑って――
「後悔、しないでね」
そう言って周りのゴブリンをぱっぱと散らし始めた。
「さて、俺も本格的……に……」
ゴブリンを倒しに行こう、と。言おうとしたんだが……
あれを見ちゃったらさすがに言葉が止まるよ。そして俺の計算が狂った。
俺の視線の先、そこには――
「ウォーターカッター!」
ディニギルが……剣の魔力を使った魔法で無数の水の刃を作り出し、とてつもない勢いでゴブリンを倒していた。
その水の刃はとても正確に周りのゴブリンを切り裂いていく。もちろん味方への被弾はゼロだ。そしてディニギルの周りだけではなく俺の近くにいた奴らまで水の刃の餌食になる。
そして……残ったゴブリンは二体。
「まずいまずい!」
まだ俺一体しかゴブリン倒してないよ!? このままじゃただの役立たず……じゃない、ほんの少ししか役に立たない奴になっちゃうよ!?
くっそ! せめてほんの少ししか役に立たない奴よりも、あれ、こいつちょっとは役に立つんじゃね? って思われる働きをしないと!
そして俺はゴブリンどもに向かって全力疾走。残った二体両方倒して少しでも貢献しなければ!
だが……その思いはあっけなく砕かれた。
「せやっ!」
「ふっ!」
片や切り裂かれ、片や蹴り飛ばされて……残ったゴブリン二体が、俺の前から姿を消す。
……ああ無常!
一体俺をほんの少ししか役に立たない奴に留まらせた犯人は――
「だ、大丈夫かな? ソラ、ちょっと落ち込んでない?」
「大丈夫、後悔しないでってきちんと言った」
まあ、目の前の狐と、戦闘中無口だよ。
『マスター、結局私達が倒したのは……』
フランの問いに俺は答える。
「俺達が倒したのは……一体だ」
戦闘結果――――これはあれだね。
パーティで勝って、その中の個人戦で負けたって奴だ。
ちなみに、MVPはディニギル。
というか、このパーティー全員で、絶対にクエストの上限超える量倒してたよね。
森の中を、俺は金魚のフンのように前のユミア、メリア、ディニギル、フランに付いていく。
「……ねぇ、我らがパーティーのリーダーがあんなにも落ち込んで、結構後ろから付いてくるんだけど」
「先程の戦闘の結果が、心にきているみたいですね」
「やっぱり、二体はソラに譲ればよかったと思うなぁ」
「そんな事言っても仕方がありません。私もあなたもあの時はとっさに動いていましたからね」
「まあ、そうだけどさ?」
「マスターは大丈夫ですよ。少し時間があれば立ち直ります」
……何だか前の方から話し声が聞こえる。あれかな? あまりに役に立たなくて陰口でも叩いてるんですか? でも仕方ないだろ? 俺は一ヶ月のブランクがあるのに対してお前らは二年ずっと魔物倒す生活だったんじゃないの? そりゃ力の差は出るって。ユミアもメリアも動きにキレがあったもんね。俺なんかより遥かに強いもんね。ディニギルだってどうして俺との決闘の時にしなかったんだ、って動きしてたし。
ああ駄目だ、こんな考えじゃずっとこの劣等感引きずったままだぞ。
「ソラ、大丈夫?」
ふと、俺の横から声がした。
「ああ、フレイ。大丈夫か大丈夫じゃないかと言われると……大丈夫じゃない」
さすがに自分でもパーティーの中で一番弱いのは俺だってわかる。だからって、だからって!
「あんなにいた雑魚をたった一体しか、倒せないなんて」
さすがに、なんかこう来るものがある。
「私も、一体」
「えっ?」
フレイの言葉に思わずそう返した。
「私も暇だったから戦ってみたけど、一体しか倒せなかったわ」
フレイは言いながら、笑いかけてきた。
「一緒だね」
「……ああ、そうだな」
フレイの笑いに釣られてなのか、俺も自然と笑った。
「それはそうとさ。戦いのときなんで私を使わなかったの?」
――あ。言われて気付いた。だからフレイは暇だったのか。
「まあ、なんというか。まずは勘を取り戻したいというか」
「だからって、あれだけ敵がいたんだから私を使って戦ってくれてもよかったと思うよ?」
確かに、あれだけ敵がいたなら試し切りでもしてみればよかったかもしれない。
「さっきの戦いだって、もしかしたら私も一緒に戦ってたら十体ぐらい倒せてたかも!」
十体、ねぇ。
「べ、別にそんな目で見なくてもいいじゃない!」
おっと、少し疑ってしまった。
「悪い、そんなつもりなかったんだけどな」
俺がそう言うとフレイは少し膨れっ面をした後に、笑ってこう言った。
「これからは、私とも一緒に戦おうね」
その言葉に、俺は頷いた。
「……ソラが元気になったは良いんだけど、何だかちょっと――」
「悔しいですか?」
「そうそれ!」
「メリアも慰めに行けばよかったんじゃないかい?」
「まあ、そうだけどさぁ」
「私は後でマスターを励まします」
「えっ、じゃ、じゃあ私もそうしようかな」
「なら私もそうしましょう」
「じゃあついでに僕も」
それにしても、前の四人は何を話してるのだろうな。
そんな俺の疑問はともかく、俺達は森の更に奥へと歩いていく。




