宿のコネ
さっきの森から出て少し歩くと街道が目に入った。森を避けるようにあったあの街道だろう。そしてその先には……
「着いたか、ミクアに」
ミクア、そこは人間族の王都に近いということもありこの世界の中でも大きな町の部類に入る。それは人間族だけでなくほかの種族も同様だ。まあ、ようはあれだ。王都に近い町はでかい。あと、町とその周辺には魔物にしか効かない大きな結界に覆われている。ので、例えどんなに力を持った魔物でも近付かない。
「で、ソラの言っていたコネというのはいったい何なんですか?」
町に入ると、耳に食料などを売る商人の声がそこらじゅうから入ってくる。そんな中、ユミアがそう聞いてきた。町にある建物は大体が木製、それ以外はレンガだ。ちなみに町の中の足元もレンガ。街道もレンガだ。
「そうだな、先に宿を取りにに行こうか」
そう言って俺は町の中心へと向かいながら話す。
「『旅人の休息』って宿、知ってるか?」
「ええ、もちろん。とても有名な宿ではないですか。冒険者にとってもいい料金で、しかもサービスもいい。六大種族それぞれの国に必ず一つはありますよ。何で今その名ま……まさか」
ユミアは察したようだ。
「ああ。俺はその宿の一号店宿主に貸しがある、って言えばわかるよな」
実際には俺達と言ったほうが正しいのだが。
「第一号店宿主って……創設者! ……ソラ、それ本当?」
「ユミア、口調」
「……これはソラが悪いです」
親切心で指摘したら俺のせいにされた。
「で、本当なんですか? それ」
「ああ、本当だよ。まだこの宿がこの町、ミクアにしか無かったころ。その時の第一号の客が俺と、メリアだ」
メリアとは、俺の二年前の仲間の一人、狐の獣人、狐族の少女だ。
「そうなんですか。でも、それだけでは……」
「いや、それだけじゃないさ。……どっちかっつったら最初は俺の方に借りがあったんだけどな。宿の知名度を上げるのに貢献した、って言うのが一番正しいかな」
「知名度を上げる、ですか」
その言葉に俺は頷いた。
「俺は宿―――『旅人の休息』に貢献することによって借りを返そうと思ったんだ。でも、宿主がこの恩は絶対に忘れない、的なことを言ったんだ。別にいいって言ったけど、どうしてもって言われてな。じゃあもしもの時はよろしく、みたいな感じでなんか貸しが出来たんだ」
若干うる覚えだ。
「つまり、今がそのもしもの時、だと?」
「そういうことだ」
俺達がそう話しているうちに町の大きく開けた広場に着いた。この町は五つの区画に分けられている。西は食料や雑貨などの商店、東は武器、防具、道具屋、北が労働区画、南が宿屋、この広場には冒険者のギルドがある(建物はレンガ製だ)。この広場からは東西南北四つの方向に大きな通りが伸びている。
俺達が目指すのは南、宿屋の密集している区画だ。
と、そこでユミアがふと、思ったことを口にする。
「あの宿って、結構な人気ですよ。もしかしたら、満員ってことも……」
俺も言われてそう気付く。確かにそうかも。
「あー、まあそのときはなるようになれだ」
「はあ、そうですか」
俺がそう返すとユミアが少し呆れたようにそう言った。
「ここか」
俺達は目的の宿にたどり着いた。木製の三階建ての建物はこの世界では大きい部類に入る。まあ、俺達の世界じゃこれより大きな建物なんて腐るほど見てるけどな。マンションとかビルとか、比較にならないよね。扉の上にはこれまた木製の看板がかかっていて、この世界の文字で『旅人の休息』と書かれている。
その看板の下にある扉を開けて俺達は宿に入った。
「すごい人数ですね」
ユミアがそう言った。うん、本当にすごくたくさんの人がいる。宿に入ると右奥に受付が、左奥に階段、あった。この宿は確か食事付きで5000E、食事だけでも3000E位だったはず。このくらいなら駆け出しの冒険者にとってもちょうどいい程に稼ぐことが出来る額だ。だからだろう、この宿には武器や防具をつけた人がたくさんいる。
「これは本当に満室ではないんですか?」
ユミアに聞かれた。
「ここにいる全員がこの宿に泊まるわけじゃないだろう。この宿は食事だけでも大丈夫だったはずだし。けど、とりあえず聞いてみるか」
そう言って俺は受付へと向かう。
「すみません、少しいいですか?」
「何ですか?」
受付に座っている男に声をかける。
「今って満室ですか?」
そう言うと男はカウンターの下を覗き込んでから答えた。
「いえ、まだ空いている部屋はありますよ」
そう言われてほっとした。もしここが満室だったら本当にどうしようと思った。
「じゃあすみません、ここの宿主……いや、店主? まあ、そんな感じの人を呼んでもらえますか?」
「はあ、いいですけど」
「ソラ、って人が来てるって言ってくれればわかると思います」
俺がそう言うと彼はポケットから黒い円盤を取り出した。そしてそれに向かって何かしらを念じている。そして――
「すぐに来るそうですので少し待っていてください」
「はい、わかりました」
彼はさっき取り出したものを再びポケットの中にしまう。
(あれ、実用化されたんだな)
あれは簡潔に言えば念話装置だ。あの黒い円盤はそれを持つ人同士で念話が出来るように魔力伝達力の高い鉱石、『クェリア』に付与魔術を掛けてあるものだ。二人だけでなく、多人数でも念話が出来る。この装置はこの国の第一王子、つまりランファルトの作った装置だ。前に試作品を試してほしいって言われて使ってみたらこれが意外と便利で。それを教えたら張り切って実用化できるように頑張るとか言ってたっけな。まあ、ようは俺達の世界で言う電話だ。この装置に使われている『クェリア』はこの世界ではさして珍しくはないので、大量生産が可能、つまりこの世界に浸透しているのだろう。ユミアに聞いてみてもどうやらその様だった。
そして少し待つこと三分ほど、
「ん、来たか」
食堂の方から二十代ほどの男が来た。髪は黒色で目は青色、身長は俺よりやや高い程度だ。
「遅れて悪いな」
「いや、こんくらいは別にいいよ、キーニアル」
こっちに向かって手を挙げてきたのでこっちも手を軽く挙げた。俺の横でユミアは軽くキーニアルに向かって礼をした。
「君は食堂を手伝ってくれ」
「はい、わかりました」
キーニアルは受付にいた男にそう言ってカウンターの中に入った。言われた彼は食堂へと向かったようだ。
「久しぶりだね、ソラ」
「ああ、久しぶり」
軽い挨拶を交わす。
「で?僕を呼んだ用件は?」
単刀直入に聞いてきた。まあ、ここはストライクゾーンの真ん中に思いっきり投げる勢いで。
「宿代を無料にして欲しい」
「うん、わかった、いいよ」
「だよなー、やっぱりタダはきつ……は?」
……え、今君、なんつった?
「タダでここに泊まるといいよ」
……こいつは、場外ホームランものだぜ。駄目元で言ってみたらまさかのOK。なかなか言ってみるもんだな。
「いや、でもホントにいいのか?」
とは言ってもやっぱり少し申し訳ない気持ちがする。
「別にいいよ、僕達はソラには借りがあるから。それに、親父でも同じことするだろうしね」
あー、確かに。あの人だったらホントに即OKしそうだな。
「ん? そういえばあの人は?」
ふと気になって聞いてみる。さっきから軽くスルーしてたけどこの宿、ミクアの『旅人の休息』の宿主はてっきりあの人だと思っていたんだけど。
「ああ。実は、親父は新・王都にある『旅人の休息』で宿主をしてるんだ。だからミクアのこの宿は僕が宿主になったんだよ」
また出たな、新・王都。
「なあ、その新・王都ってのは何なんだ?」
俺はキーニアルにそう聞く。……が、キーニアルは俺の横を見てこう言った。
「ごめん、それは言えないよ」
(何でっ!)
そう思って原因が俺の横にあるとふんだ俺は横を見る、と。
ユミアがとある紙を持っていた。そこには、『言わないでください』と書いてあった。
「……ユミア、お前何してんの」
「口止めです」
「そんなに俺に新・王都の事を聞かせたくないのかよ」
「わたしは聞く前に実際に見てほしいだけです」
そう悪びれないで言うユミア。そんな俺たちを見てキーニアルは笑った。
「ははっ。まあ、頑張って、ソラ」
そういいながら彼は二つの鍵を渡してきた。
「はあ、まあ頑張るとしますよ」
それをため息をつきながら俺は受け取った。
俺とユミアの部屋はもちろん別室だ。隣同士だけど。
「ふう。……さて、これからどうするか」
この町で何をしようか。とりあえず装備系は大丈夫だろう。魔物との戦闘なんてここら辺のやつならユミア一人でも十分だしな。となると、まずは道具系と、一応の食料か。そんなもんだな。
そう考えていると、『コンッコンッ』とこの部屋の扉をノックする音がした。
「開いてるぞ」
そう言うと扉は開いた。
「すみませんソラ、少し話したいことが」
そういってユミアが部屋に入ってきた。
「なんだ、話したいことって」
「はい、ギルドに行きませんか?」
……ギルド、か。
「その心は?」
「はい、ソラはこれからこの町でどうするつもりですか?」
俺はさっき考えていたことを話す。
「そうですか。ではそのお金はどこから出すつもりですか?」
「……そうか」
つい前の感覚で考えていた。確かに前はギルドに入っていたっけな。で、金をある程度そこで稼いでいたと。
「あー、行くしかないじゃん、ギルド」
「はい、その通りですね」
そうして、俺達はギルドに行くことにした。
「えっ……」
今、間違いなくあの匂い。二年前にこの世界からいなくなったはずの人の匂いがした。でも、間違いない。間違えるわけがない。あの人の匂いだった。
「――この町にいるの……ソラ」
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