第23話:はじめて聞けた好きという言葉
『こんなに好きになるって知ってたら……結婚したりしなかったのに』
お酒のせいでぽろぽろとこぼれ出る本音。
そんなものをこぼしてもなににもならないと知っているのに。
拾ってくれる人がいないと気付いているのに、自分の中でとどめておけない。
なんで私、こんなに苦しくなってるんだろう……。
そう思った時、とっさに誰かに腕を掴まれた。
驚いて振り返る。
「そういうことなら」
聞き覚えのある低い声が、頭上から降ってきた。
驚いて顔を上げると、そこには蓮の姿がある。
「れ、蓮……!?」
「そういうことなら、俺は手放さないぞ」
どうして彼がここに……。
驚きで酔いが一気に冷めた。
もしかして、ここにいたってこと!?
「今、来たところだった」
「なっ……!」
彼は私を真っ直ぐに見つめた。
「あの言葉は本音か?」
彼の瞳が、熱を帯びて揺れている。
本心を言ってもいいいの?
不安になる。
このまま自分の気持ちをぶつけてしまっていいのか。
それはただのわがままなんじゃないかって。
でも……。
もうウソをつきたくない。
ウソをついたから後悔したんだ。
最後に……最後に私の気持ちを蓮に伝えたい。
そう思って私はこくんと頷いた。
すると、彼は安堵したように息を吐いた。
そして、ジャケットの内ポケットから封筒を取り出す。
少し端が折れ曲がったそれをカウンターに置いた。
「え……」
そこには私たちが書いた離婚届があった。
「出してないんだ、まだ」
「どうして……」
「気持ちの整理がつかなくて、出せなかった。勝手なことをしてすまなかった……」
彼は少しうつむきがちに伝えた。
「お前の幸せのためには、身を引くのが正解だと思ってた。でも、今のを聞いたらもう無理だ」
蓮はゆっくりと私を見る。
そしてハッキリと告げた。
「キミが好きだ」
す、き……。
ずっと言われたことのなかった言葉。
蓮から言われるなんてありえないと思ってた。
でも、今……聞けた。
涙が溢れて止まらなくなる。
「……ほんとう、に?」
震える声で聞き返すと、彼は困ったように眉を下げた。
「ウソをついてどうする」
彼は大きな手で、私の濡れた頬を優しく包み込みこんだ。
「紬が好きだ」
ああ、ウソじゃないんだ。
まっすぐに蓮がこちらを見て伝えている。
本当に嬉しかった。
「一緒に帰ろう」
「……うん」
差し出されたその手に、迷わず自分の手を重ねる。
もう一度……ううん、私たちは今度は新しい生活を歩み始める。
それは蓮と一緒に。
会計を済ませ、彼に引かれ私たちは店を後にした。
タクシーを降りてマンションのエレベーターに乗る。
タクシーの中ではふたりとも話さなかった。
話したいことはたくさんある。
それでも今はふたりの空気感を大事にしたかった。
もどかしい沈黙のまま、玄関の扉を開けた。
鍵を閉める音が響いた瞬間、私は蓮に腕を引かれる。
背中が壁に当たり、次の瞬間には彼の唇が重なっていた。
「ん……っ」
甘く、とろけるような感触。
結婚生活のあいだ、指一本触れようとしなかった彼が。今は貪るように私を求めている。
これが、私たちのはじめてのキスだった。
「ふ、ぅ……」
長い口づけが終わると、熱っぽい瞳と目が合う。
私は肩で息をしながら尋ねた。
「蓮はいつから私のこと好きだったの?」
彼は少し考え込むように視線を落とした。
「正直、結婚しようと切り出した時から気になっていたのかもしれない」
予想外の言葉に私は目を丸くする。
「あの日!?」
「まぁ……学生の頃から、お前のことが好きだったからな」
「が、学生の頃……!?」
ど、どういう意味……!?
怒涛の情報に戸惑ってしまう私。
「じゃなきゃいきなり結婚しようなんて言わないだろ」
「いや……いいそうでしたけど!?」
「相手がお前だから言ったんだ」
し、知らなかった……。
てか学生の頃って……そんなに前から想われていたなんて。
それは後でじっくり聞くとして…… 彼はこの一年間の彼はどんな気持ちで過ごしていたんだろう。
「じゃあ……結婚生活中、我慢してた?」
彼は彼に意地悪を言うようにたずねる。
すると、彼は観念したように息を吐いた。
「正直……」
(か、かわいい……)
我慢してたんだ。
なんてふふんっと笑っていると、次の瞬間、視界がぐるりと反転した。
「これからは寝室も一緒だからな」
耳元で囁かれた低い声に、背筋がゾクリと震える。
「……わ、分かってる」
抗うつもりなんてない。
今度こそ一緒に寝たいし、本物の結婚生活を送りたいもの。
彼が覆いかぶさるようにして私を見下ろした。
「もう絶対に離さない」
「私だって……」
これからはちゃんとした夫婦として、愛し合っていく。
「……ん」
再び落とされたキスは、さっきよりも深く、情熱的だった。
私は彼の首に腕を回し、その逞しい背中を抱きしめ返す。
契約という壁はもうない。
あるのは、互いを想い合う確かな熱だけ。
「愛してる、紬」
「私も……愛してる」
言葉にして伝え合える幸せを噛みしめながら、私は彼に身を委ねた。
遠回りをしたけれど、私たちはようやく本当の居場所に辿り着いた。
あとはもう幸せな生活を彼と共に築いていこう──。
END




