表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR

リリアとシオンの白い結婚ごっこ

五歳児「このおうち、すきなひとのこえがする」――白い結婚ごっこの夫婦、本音を全部暴露される

作者: 中身無男
掲載日:2026/07/17

「このおうち、すきなひとの、こえがする」


 白い人形を抱えた小さな女の子が、わたしとシオンの布のおうちを見上げて、そう言った。


 雨の日だった。


 わたしとシオンは、いつもの控えの間で二人の家を作っていた。


 椅子を二つ並べ、背もたれへ布をかける。


 この屋敷でいちばん静かな二人だけの場所だ。


 布の屋根がふくらんだころ、入り口にいつのまにか、その子が立っていた。


 わたしより、二つか三つは下に見える。


 この家の子ではない。


 庭の生垣のほころびから雨宿りに迷い込んできたらしい。


 髪の先が、少し濡れていた。


「あなたは、どなたですか」


「フィー」


 女の子は、それだけ言った。


「どこから来たのですか」


「んーとね」


 フィーは、しばらく考えた。


「わすれちゃった。とおくから、きたの」


 わからないのか、言えないのか。


 けれど、その顔があんまり無邪気で、それ以上は訊けなかった。


「すきなひとの、こえって、なんのことですか」


「このおうちに、すんでるの」


 フィーは、布の屋根へちいさな手のひらを当てた。


 なにかにじっと耳を澄ますような顔をする。


「あったかいこえ。ふたつ」


 わたしとシオンは顔を見合わせた。


 布に声が住む、という話は、聞いたことがなかった。


     ◇


「フィーも、家に入ってみる?」


 シオンが、布をめくって招き入れた。


 困っている子がいると迷わず手を伸ばす。


 そういうところを、少しまぶしく思う。


 フィーは、おそるおそる中へ入った。


「せまい」


「二人の家だからね。三人だと、ぎゅうぎゅうだ」


 シオンが笑うと、フィーもつられて笑った。


 人形を膝にのせ、きょろきょろとあたりを見回している。


「このこ、なまえは?」


 シオンが尋ねると、フィーは人形を持ち上げた。


「まだ、ないの。おやくも、きまってないの」


「役?」


「まえのおやくが、おわったから。つぎは、じぶんできめるんだって」


 何のことかは、わからなかった。


 けれど、人形を撫でる手つきがとても大事そうだった。


 お菓子が運ばれてくると、シオンはいちばん大きな苺のケーキをフィーの前へ置いた。


「ちいさい子が、いちばんいいのを食べる決まりだよ」


「そんな決まり、ありましたか」


「いま作った」


 フィーが、ぱっと顔を輝かせる。


 そのフィーの頭を、シオンがくしゃりと撫でた。


 妹をあやすような、なんでもない手つきだった。


 なんでもない、とわかっている。


 それでも、その手が最初にわたしのものだったから、ほんの少しだけ目で追ってしまう。


 シオンの手は、あたたかい。


 それを知っているのは自分だけがいい、なんて。


 子供みたいなことを考えた自分が可笑しかった。


     ◇


 その様子を、フィーがにこにこと眺めていた。


 それからまた、屋根へ手を当てる。


 目を閉じて、じっと耳を澄ませた。


 やがて、その口から聞き覚えのある声がこぼれた。


『りりあは、ぼくといて、たのしいのかな』


 シオンの声だった。


 けれど、シオンの口は、動いていない。


「なっ……」


 シオンの顔が、みるみる赤くなる。


「なにを言ってるの、フィー」


「このおうちに、すんでたことば」


 フィーは、けろりとしている。


『ぼくばっかり、すきなのかもしれない』


『きらわれたら、どうしよう』


 シオンの声が、次々とこぼれてくる。


 布のおうちに残っていた、シオンの本音だった。


 いつも自信たっぷりに手を引いてくれるあの子が、こんなことを一人で思っていたなんて。


「フィー、もういい、もういいから」


 シオンが両手を振る。


 耳まで真っ赤だった。


 いつもかっこいいシオンの、初めて見る顔だった。


 わたしは、思わず口をひらいていた。


「うそ……わたし、ずっと、逆だと思っていました」


「逆?」


「シオンは、わたしがいなくても平気なのだと」


 言った途端、フィーがこちらへ手を伸ばした。


 わたしの座っていた場所の、布へ触れる。


『シオンが、ほかの子と笑うと、むねがいたい』


 わたしの声だった。


 昨日この家で、こっそり呟いた言葉だった。


『わたしだけを、見てほしい』


「フィー!」


 今度はわたしが真っ赤になる番だった。


 二人して、顔を覆った。


 布のおうちの中は、狭くて、逃げ場がない。


 しばらく、どちらも動けなかった。


     ◇


 先に指のすきまから顔を上げたのは、シオンだった。


「……リリアも、そう思ってたんだ」


「シオンこそ」


「うん」


 シオンは耳を赤くしたまま、それでもまっすぐこちらを見た。


「ぼく、リリアがいないと、つまらない」


 こういうとき、シオンは、やっぱり逃げない。


「わたしも、です」


 小さな声で、そう返した。


 言ってしまうと、胸のちりちりはきれいに消えていた。


 嫉妬していたのが、急に恥ずかしくなる。


 シオンの手が、そっとわたしの手に重なった。


 フィーが、その二つの手をまんまるの目で見つめている。


「なかなおり、した?」


「けんかは、していません」


「でも、なかよしに、なった?」


 シオンと、顔を見合わせる。


 どちらからともなく、笑ってしまった。


「はい。なかよしに、なりました」


 フィーはほっとしたように、人形をぎゅっと抱きしめた。


「よかった」


 それから、ふしぎそうに自分の胸のあたりを見た。


「フィー、いま、あったかい」


「あたたかい?」


「うん。かなしいことばをきくと、さむいの。でも、いまは、あったかい」


 フィーは、人形の白い顔を、こちらへ向けた。


「このおうちのことば、ぜんぶ、あったかいね」


 わたしは少しだけ、胸が締めつけられた。


 フィーを寒くさせた言葉が、どんなものだったのか。


 訊いてはいけない気がして、訊かなかった。


 かわりに、シオンが言った。


「じゃあ、この家の決まりを、もう一つ増やそう」


「どんな決まりですか」


「フィーの席を、いつも空けておくこと。ここへ来れば、寒くないように」


 フィーの目が、まんまるになった。


「フィー、また、きていいの?」


「もちろん」


 シオンが、胸を張る。


「布と椅子があれば、家はどこにでも建つんだ。フィーの席も、ちゃんと作る」


     ◇


 お迎えの時間が来て、フィーは人形を抱えて立ち上がった。


 帰りぎわ、わたしの袖を、ちょんと引く。


「このこのおやく、きまったかも」


「どんな役ですか」


「このおうちの、はじめての、おきゃくさま」


 目も口もない白い人形が、ちょこんとこちらを向く。


 なんだか、得意そうに見えた。


「では、お客さまに、お伝えします」


 わたしは人形とフィーの目を見て言った。


「また、いつでもいらしてください。席は、空けておきます」


「ほんとう?」


「ええ。約束します」


 フィーは、何度もうなずいた。


 それから、お迎えのほうへ、駆けていく。


 途中で一度だけ振り返り、人形の小さな手をこちらへ振らせた。


 わたしとシオンも、手を振り返した。


 その姿が見えなくなると、シオンがつないだままの手を、そっと握り直した。


「ばれちゃったね」


「フィーのせいです」


「でも、ばれてよかった」


 シオンが笑う。


 わたしも、笑った。


 雨は、いつのまにか上がっていた。


 水たまりに夕方の空が映っている。


 あの白い人形の、つぎのお役があたたかい役でありますように。


 言葉は、残るらしいから。


 願いも、きっと、どこかに残る。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


この短編は、公開中の二作品の子供たちが出会う、お祭りのようなお話です。


白い人形の女の子フィーと、そのお姉さまの物語はこちら。

五歳児、夫の秘密を本人の声で全部しゃべる――「契約に涙の項目はない」誰にも話していない初夜の言葉でした

フィーが聞いてきた「さむいことば」が何だったのかは、こちらで読めます。


リリアとシオンの、布のおうちの始まりはこちら。

七歳の花嫁は、八歳の夫との「白い結婚ごっこ」で父を拒む――「帰るところはない」と言われたので、自分たちで作りました

二人の決まりが、どうやって生まれて、どこへ行き着くのかのお話です。


どちらも白い結婚のお話ですが、読み味は違います。

気に入っていただけましたら、評価やブックマークで応援していただけるとうれしいです。


リリアとシオンの物語を、もう少し読みたい方へ。

九歳になったリリアと十歳になったシオンが、初めて自分たちの「好き」を言葉にする続編を公開しています。

作品タイトル

「その子は何を与えられるの?」――十歳の夫は、九歳の妻の手を取りました

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ