第3話 記憶、光のごとく。Ⅱ ~ルミの記憶 i~
―――時は500年前。能力者の一人で、世界を守るためなら己の身をためらわず犠牲にする、勇気のある、とても優しい青年がいた。その名もフレッド・カール・スナイダー、――通称フレス。
「僕は、家族が愛したこの世界を――今は亡き親友二人が『愛している』と、『この星で生きることができて幸せだった』と言ったこの星を守るためなら、『この星を、一緒に守ろう』と三人で肩を組んだあの日からの約束を守るためなら、なんでもするよ。――たとえ、この身が滅びようとも、『僕はこの世界を守れていただろ?』とあの二人に笑って言えるようにね」
こんな言葉が、フレスが名前のわからない男性とルミに――私に言った言葉だと知ったのはつい最近の事だった。今私たちがいる研究所のシステムのデータをあさっていた時に知ったのだ。そして、このことをきっかけに自分の生前――神として生きていた時の事を少しだけ――ほんの少しだけ、思い出した。
「僕は一人じゃ何もできないんだ」
これは彼の口癖の一つだった。
彼は――フレスはなんでもできた。勉強も、運動も、料理も。魔法だってすべてとはいかないものの、3つも属性が使えた。
そんな彼の口癖に、決まって私はこう返し、少なくとも一日に5回はしている会話になる。
「『僕一人じゃ何もできない』って……嫌味ですかー? 自分を下げて、フレス以外の人類全員をドン底に押しつぶすつもりですかー? 全人類を敵に回すんですかー? そうですかそうですかー(棒)。」
「ルミさん君ねぇ。僕の事馬鹿にしてるでしょう。それに……君は人を押しつぶすどころか床突き破ってるでしょう」
「あはっ……バレた?」
「バレた? も何も……ねえ?」
この時の私は人間を知りたくて、人間になりすまし、地上に降りてきていた。私の変装は、見た目も、オーラの流れも魔力量も普通の人間かそこそこ強いくらいの完璧なものだった。しかし、彼は、――フレスだけは、見破ったのだ。「貴方……本当に人間か?」と問いかけられた。そこから何も隠さず話せる唯一の人間として、何年も行動を共にした。私にとってこの時間は、本当に楽しく、大切な時間になっていた。
そんな彼は、この世界を、守りたいという思いから、フレス、ルミ、先ほど言っていたもう一人の男性――セオドリク(ルミ、フレスだけはセオリと呼んでいる。)の三人で能力者魔法連合会を設立し、数年後には加盟者が五千人を超え、連合会だけでなくフレスの名も世界に知れ渡った。
……そんなある日の事。能力者でなく、普通の人間であるこの時代の大統領に「話がしたいから、この場所まで来てくれないか」と言われ、三人は豪邸に向かった。…………この出来事が彼の生涯で一番の傷を作り出す事件となった。
「本日は、話しがある、と伺っておりますが、どのようなご用件で?」
「はっはっは。三人とも、よく来てくれた。まあ、まずは座るといい。長旅で、疲れたじゃろう。――わざわざこんな老いぼれのためにここまで来てくれるとは――」
「何故呼んだのか、理由をさっさと吐け」と言ったのに皮肉が飛んできた。ルミとセオリがどう感じ取ったのかを察したフレスがすかさず声をだす。
「何をおっしゃっているのか。」
「何、とは? わしは当然の事を言ったまでじゃがのぉ」
皮肉たっぷりの作り笑顔でフレスと爺さん――もとい現大統領であるフェビルさんがにらみ合っている。
「私たちが今、こうやって連合会を設立し、活動できているのは貴方様の無理やりと言えるほどの熱烈なご支援があってこそなのです。――そんな貴女様の誘いを断るトップの人間が――ましてや僕のような年齢でトップに立ち、自分の何十歳も上で、立場も上の人の誘いを断る人間など、どこにいるでしょうか。」
「ふぉっふぉっふぉ。言うようになったのぉ、小僧」
フレスの笑みが一層深くなる。それもそうだ。一見普通の(?)会話に聞こえるが、訳すと、
『僕らがこうやって活動するためのごく一部でも、貴方の無理やりな支援が関係しているんだから、恩を売られた僕らが、恩を売った相手の誘いを断れるわけがないだろう!』
『遠まわしな言い方がだいぶ上手になりやがって、色々めんどくさそうな小僧になりおったの、お主』
……という、結構皮肉交じりの会話なのだ。そりゃあ、笑みも深くなる。そしてフレスの笑みが深まると同時に
「そ、れ、で。何のご用件で僕らを呼んだのですか?」
「それが、ちいぃと困ったことになってのぉ」
フェビルさんの視線がギラリとひかり、ルミを捕らえる。フレスは――僕は、すかさず守るように腕を広げた。
「彼女に――僕の一番大事な友人に、何か御用なのですか?」
「ふぉふぉっふぉ。さすが、鋭いのぉ」
――――嫌な予感がする。
今から、自分たちにとって何か、大変なことが起こる。――そんな気がした。
「わしが今やっているプロジェクトがあってのぉ」
「「「プロジェクト????」」」
僕は、気が気ではなかった。二人はあの爺さんの言うプロジェクトに興味があるらしいが……。だが、すぐに嫌な予感が確信に変わった。自分たちがいる部屋の周りから魔力反応。しかも一つじゃない。二人も異変に気がついたようで、彼をにらみつけている。そんな僕らを見て彼は――笑みを浮かべた。
「そのプロジェクトの名前は――『Mutant Annihilate project』わしが――いや、ここまで来たら隠すまでもないな。俺がこんな立場に立って政をしているのはこのため――――お前ら能力者を、一人残らず消すことだ!!!」
そういってあの爺さん――否。フェビルは、自分が座っていた椅子に――椅子の形をした魔術具に、己の魔力を流し込んだ。……と、同時に彼の姿は、おじいちゃんから二十代ほどの青年へと変化し、周りから魔法の矢のようなものが絶え間なく飛んでくるようになった。
「それが、本当の姿ってわけ? 笑えない」
気持ちを抑えれなくなったのか、セオリが愚痴をこぼした。苛立ちと嫌悪が混じった声色だった。
「今日、僕たちを呼んだのは――僕らをここで殺すためだったんですね」
正直言って、悲しかった。さっきも言ったように、頼んでないのに無理やり恩を売ってきた彼は、少し――いや、だいぶめんどくさい人だったけど頼れる本当のおじいちゃんのような存在だったのだ。こんな形で裏切られて(まあ騙されていたのは自分たちで、僕たちが出会う前から彼の作戦に騙されていたのだけれど。)、悲しくないと言えば嘘になる。
「そうだよ!! 何か悪いか⁉ 必ず、ここでお前らを……特にそこのお嬢ちゃん……神の一人が能力者に手を貸しているとなれば……っ、俺だけでなく俺の仲間たちも大変な目に合ってしまったら、実行までに何年もかかったこの計画が台無しになってしまう。それだけは、絶対にダメなんだ!!」
「でもフェビルさん……いや、もう貴方を敵と判断したから敬語も社交辞令も関係ないか。……フェビル、お前はなぜ、僕らを……能力者を殺そうとするんだ?」
こう問いかけてみたものの、理由は明白だった。それは、汎中東自由組織と言う名前の反能力者軍団の影響だ。きっと能力者はヤバい奴らだと、そそのかされたのだろう。そしてそれを言うときに、彼にとって一番悲しかった出来事に触れてきたのだろう。
「なぜか? そんなの決まってんだろ!! さすがにお前らも知ってるだろう? 汎中東自由組織の存在を。あいつらに言われたんだ。『なんの罪も無かった、お前の両親を殺したのは能力者だ』ってな。」
…………まさかの図星だった。僕らはそんな事、してないのに。
そもそも他の人がやっていたとしても契約書にサインをした時点で非道なことはできないようになっているのだ。やっていたらもうわかっているし、もっと早くから彼の事を知っていたはずだ。
「で、僕らを全員殺して親の仇を取ろうとし……っ⁉ っぶな」
話しているうちに魔法の矢の攻撃が減るどころか増えていたようで、下手したら死んでしまいそうだ。しかも、矢の種類は雷、風、火……と、様々で、特に、火の矢があるせいでここら一帯は……否、この街全体が火の海と化していた。
「お前! これはやりすぎだろう!」
こう言ってフェビルに目を向けた……そしたら、
「ふっふっふ……ははははははははっ! これで、ようやく……ようやくお前たちを、能力者どもを殺せる……はははっ。さいっこうな気分だ!」
と、両手を上げ、目を見開き笑っていた。こいつは、もう駄目だ。完全に目の焦点が合っていない。きっとあいつらが精神干渉用の魔術具でも使ったのだろう。一旦縛り付けないとこのまま世界を殺してしまいそうな勢いだ。思い立ったら吉日、すぐさま魔法でフェビルを拘束した。すると……
「フレス様! 私達がしなければいけない事はありますか?」
連合会の応援が来たのだろう。
「こいつを頼む。殺すなよ。僕は彼に聞きたい事がありすぎるからな。……それが終わったらまだ避難できていない住民の方々の避難の手伝いを頼む。それが終われば君たちも避難してくれ。」
「で、でも。それじゃあフレス様は……」
「僕は大丈夫だから。信じて。」
「分かりました。貴方様も、どうかお気を付けて。本部で帰りを待っています!」
「分かった。……頼んだよ」
一旦フェビルを彼らに引き渡し、姿が見えなくなるまで見送った。そして、フレスはあたりを見回した。そこで……気がついてしまった。何故か、二人が……親友のルミとセオリの姿が…………何処にも見つからないのだ。
「……っ。ルミ! セオリ! どこだ!」
いない。どこにいるんだ?
「ルミ! セオリ! 僕は、フレスはここに、いるぞ……っ!」
気づけばあたりが暗くなっていた。ここに来たのは朝だったのに。
街は建物が部分的に赤く染まり、火を噴いているが、もうほとんど燃えていなかった。
そして、こんなに見晴らしがよくなって来たというのに、何も見えなくなってしまった。
「っ! あれは、セオリの杖……⁉」
やっと手がかりが見つかった。だが、それと同時に最悪な事態を考えてしまう。
「なんで、ここにセオリの杖が? あいつはいつも、肌身離さずこれを持っているのに……?」
いつもならありえないことだ。彼は何をするにもこの杖だけは離さなかったのだ。よく、杖を持ったまま料理とか勉強とかしていた。
……よくあれで料理ができたものだ。でも……セオリの作った料理、マジでうまいんだよなぁ。また食べたい。
って、こんなこと考えてる場合じゃなかった。彼らを探さなくては。
「そういえば……いつかセオリが言っていたな。『自分が杖を離すときは自分の先が確実に長くないと、自分が死んでしまうと分かった時、もしくは親友に伝えなくてはならないことがある時だ』って…………。っ! そういう事か⁉」
すぐさま杖の上についているオーブに自分の魔力を流し込む。すると…………
『すまねぇ、フレス。オレ、もう生きれねぇわ。』
セオリの声だ。きっとこのオーブに声を録音したのだろう。刹那、世界がぼやけ、頬に暖かいものが流れる感触がした。
『ルミは……分かんねぇが。何とか魔法の根源は止めたから……後は、僕らの思い出が、努力が詰まった、だいっ好きなこの世界を……この星を、任せたぞ。一緒に行けないのは、本当に悔しいが、……俺はもう、ダメ……みたいだ。…………愛して…………いるぞ、フレス。今まで……俺の、いや……俺らの、わが……ままに……付き合って……くれて…………あり、がとう。この……杖はオレの……形見、とでも……思って、お前……が……っ、持って……いて、く……れ。……フレス。オレは……お前の、親友に、なれて……幸せ、だった……よ……本、当にあり、が……とぅ…………』
音声が終了したと思ったら、違う声が聞こえてきた。
『ごめんなさい。貴方とセオリを、守り、切れなかった。……それに私も、もうこっちにこの姿でいられないっぽい……っ。……多分、さっきかすめた矢に対人外用の古代魔法が使われてたみたいで……解読が後でできるように魔法式はもう本部に送ってるから、解読、してね。今まで、本当にありがとう。君たちに出会えて――君たちが私の本性に気づいてくれて、仲良くしてくれたおかげで、私の人生――いや、人じゃないから神生……かなっ。本当に……本当にありがとう……っ! セオリ、大好き!』
二人目の声の主はルミだった。
「なん、で、だよ。嘘……だろ? 二人とも、死んだ……の、か? 僕は、君たちが笑っていられるように、この世界を……この星を、守ろうって決めたんだ。……君たちが……っ君たちが、いないなら、僕は……っ! この先、どうやって生きていけばいいんだ……っ! ルミ……っ、セオリ……っ!! 嘘だと、嘘だと言ってくれよ……っ。君たちが、いなきゃ、僕はダメなんだ。僕は、僕は…………っ!!!! ……う、あ、あああああ……ッ!」
先ほど頭をよぎった最悪の事態が、現実になってしまった。
「おい……っ。冗談だろ? なあ……! いつもみたいに、笑って嘘だと言ってくれよ……っ」
僕は一人じゃ、何もできない。僕は、二人がいたから、ここまでやってこれたんだ。僕のダメなところを、二人がカバーしてくれていたから、あんなに動けてたし、元気で生きていられたんだ。これからもずっと、この星で三人で笑っていたいから、ここまで強くなれたんだ。なのに…………っ、なのに……っ!!
「僕を……、おいて、行かない、で、くれ………っ。君たちが、いない世界、なんて、嫌、なんだ! ……いやだ。いやだぁぁぁぁぁ!!」
堰を切ったように、激しい泣き声が溢れ出した。顔を覆う両手の隙間から、止めどなく涙がこぼれ落ちる。喉を震わせ、体全体を激しく痙攣させながら、フレスは魂を削り出すかのように泣き喚いた。
どれくらい時間がたったのだろう。前に気づいた時には暗くなっていたというのに、今はもう東の空から大きな光が――太陽が、顔を出していた。
ずっと泣いていたせいか、声はあまり出ないし、目が痛くなっていた。もう、出る涙もない。悲しみや悔しさ、怒りは一生収まる気配がないが、時間がたっていることもあり、気持ちの整理や状況把握は一応できていた。
「もう、今までみたいな輝いた、楽しい人生は送れないかもしれない――いや、絶対に送れない。けど、もし、また三人で笑いあえる日が来たなら、その時は、二人に『僕、ちゃんと世界を守れていただろ? あの時、僕たちが立った街が――二人が眠ってしまったあの場所が、こんなに美しい場所になったよ。』……って、笑って言えるように、しなくちゃ、な。――――しっかりしろ、フレッド・カールスナイダー! お前は、こんな、ところで……っ、くよくよしてていい人間じゃ、ない!」
けじめをつけるように大声を出し、頬を叩いた。やろう。二人に笑って話せるように。僕が、この世界を――星を、守り、今よりずっと、美しい場所にしてやる!
「僕も、愛しているよ。ルミ、セオリ。だから……僕の事、ずっと、見守っててくれ。そして、次あった時には、きっと…………笑って出迎えてくれ。…………すまなかった。こんな頼りない友人で。守ってあげられなくて。いつも、迷惑かけっぱなしで。でも、絶対に、また、ここに来るから。君たちが――僕たちが、大好きだったあの花を、咲かせておくからっ! この花を、僕を、これからもずっと、愛していてくれ……っ!」
その言葉を、フレスはセオリの杖のローブに追加した。決して彼らの声を、消すわけにはいかない――。そして、彼らの言葉の後に、締めをくくるかのように、自分の決意を言おう。そう思ったのだ。
その後、フレスはすぐに簡易的な墓を作って、残り少ない魔力で、墓の周りを花畑にした。――二人が……いや、三人が初めて出会ったあの場所に咲いていた花――――ミオソティスとシオンで。そして、フレスはセオリの杖をまるで生まれたばかりの子猫を抱きかかえるように、優しく、だけど力づよく持ち上げ、抱きしめて、そのまま歩き出した。もうここには用はないと言わんばかりに、世界で一番幻想的で、美しい、友人たちの眠る場所など、一度も振り返らずに。ただし、風は彼の背中を押すように、花びらは、友人を安心させるかのように彼の後を追いかけて行った。
こうして、街一つが滅ぶほどの大事件をはじめとして、リュンヌの時代は始まった。たったの百年という、歴史の中では一瞬であるこの時代は、歴史すべてと同じくらいの大きく、厄介な出来事に愛されていたのだった。
そして、この時から彼ら――能力者は、『一つの街を一晩で焼き尽くした人種だ』、『人の心など、ないのか』と嫌悪され始めた。本当に人の心がないのは、彼らではなく、一部のただの人間だというのに。――人々は、そのことを知る由もなかった。
ルミの記憶、書き終わりました!すべて書くには少し多く、分けるのも難しかったので少し長めの第3話となりました。続きもお楽しみに~




