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二人のリア  作者: 藤野
8/9

8.


「……――お兄様! ジェラルド様!」


 暗い地下牢に現れた二人の姿を見て、エミーリアは声を上げる。

 乱れた髪と簡素なワンピース一枚の自分が急に恥ずかしく思えた。


 もう何日ここに閉じ込められているだろう。

 以前はジェラルドの姿を見るだけで躍っていた心が今はただ怯えている。

 ジェラルドが帯剣していないことを確認してしまった後で、この二人に殺される可能性に気付いた。

 二人のまとう空気はひたすら冷たい。


「……元気そうだな。さすがは丈夫なだけが取り柄の女だ」

「良い話をしに来たのではなさそうですね」

「当然だろう。自分が何をしたか忘れたのか」

「お兄様、私はっ」

「おまえはオーランド家から除籍された」

「え?」

「もう公爵令嬢でも俺の妹でもないということだ。身分は神殿預かりとなっている。言葉に気を付けろ」


 予想できていたことだが、やはりショックだった。

 唯一エミーリアがてらいなく誇れていた身分が無くなってしまった。

 神殿預かりということは「神の娘」ということだ。つまり、親のない孤児と同じ身分である。


「……エミーリア。なぜ【覚醒の魔法】を使った」

「……ジェラルド様をお守りしたかったんです。コーディリアが強制力を持つヒロインだと思っていたので」

「ヒロイン……。ジェラルドへの手紙にもあったな。いまいち意味が分からなかったが」

「マーガレットをお調べください。家名は知りませんが、ピンクの髪をした愛らしい令嬢です。先日の、コンラッドという執事の主人のはず」

「ピンク。ああ、あれか。確かにあの女には生まれつき異性を軽度に魅了する力がある」

「それです! 私は、その力をコーディリアが持っているものと勘違いをして、殿下やお二人に害が及ぶのではと心配で」

「で。リアを殺そうとした、と」

「違います! 私は誰も殺そうなんてしてません!」

「どの道、リアを傷付けたことと精神操作魔法を二人に使ったことに変わりはない」

「二人? 待ってください。私は意図して誰かを操ったことはありません。件の執事は事故だったんです。もう一人には心当たりすらありません!」

「名前はなんといったかな。ウチでおまえの世話をしていたメイドだ。おまえに“助けてくれ”と命じられたそうだが」

「……コリン?」

「ああ、それだ」

「そんな。コリン……」


 そばかすだらけの笑顔を思い出してエミーリアは愕然とした。

 確かに「助けてほしい」と言ったことがある。

 エミーリアに同情して、善意から味方してくれていると思っていた。たった一人、同情でも親切にしてくれるメイドが身近にいてくれた安心感すら、まがい物だったなんて。

 エミーリアは地下牢の中に一つだけ置いてある椅子に、へたりと力なく腰を落とした。


「おまえのそれは触れている相手を従わせる力のようだ。弱すぎて俺やジェラルドには通用しないが、抗魔力値の低い者ならば抗えないだろう」

「触れている、相手……」

「知らないようだから教えてやるが、未登録の魔法使いから黒本を買うのも、対面での本人確認がなされていない黒本の売買もこの国では違法だ。もちろん、売買の仲介をして手数料を取ることも懲罰の対象になる」

「仲介手数料? え? じゃあ、あの神官……?」

「すでに捕らえられて絶海の孤島にある刑務所に向かった」


 エミーリアの罪状を数え上げれば片手では足りないらしい。

 優しい笑顔で話しかけてくれたあの老女神官にはきっと数多の余罪があるのだろう。多分にそれが違法行為であることを知っていて、神頼みしかできない世間知らずを捕まえては魔法使いとの仲介をし、黒本を売って仲介手数料を得ていたということだ。

 調べればすぐに分かったことを、エミーリアは疑いもしなかった。


「……――誰も、私の味方はいなかったってこと……?」

「最初からリアを敵視したおまえの自業自得だ」

「お兄様のような魔法一辺倒の方が初対面でコーディリアを信用なさるから! だから私は逆に警戒したんです!」

「人のせいにするなよ。どーせ【月夜の聖女】の生まれ変わりかもっておだてられて、良く考えもせずに怪しい黒本を使ったんだろ。リアに触れて反発し合った時点で属性を調べてりゃ、少なくとも精神魔法を無意識に使うバカなマネはしなかったはずだ。浅慮が過ぎて吐き気がするわ」

「……っ、あれが属性の反発だなんて誰も教えてくれなかったじゃない! 誰も助けてくれなかったから一人でやるしかなかったのよ!」

「リアは、おまえのために屋敷を出た」

「……は?」

「おまえが触れたとき、リアが属性魔力で抵抗していたら、おまえは精神が焼き切れて廃人になっていた。おまえが闇属性だと気付いたから、リアはウチにいられなくなったんだ。おまえのせいであり、おまえのためだった」

「なによ、それ……」

「おまえを斬るなり追放するなり、排除しようとした俺たちを止めていたのはリアだ。リア一人が、おまえを守っていた」

「……――?!」

「無駄だったようだがな」


 ふん、と鼻を鳴らしたエドモンドがジェラルドを振り返る。

 「何か言いたいことは」と問われて、ジェラルドは首を横に振った。

 さらさらと黒髪が揺れる様をぼんやりと見詰めていたエミーリアは、なんでもいいからジェラルドの声が聞きたいと思った。


「……最期だ。エミーリア。何か言い残したことはあるか」


 最期。最期なのか、これが。

 この二人はやはりエミーリアを殺すためにやって来たらしい。

 エミーリアに驚きはなかった。ただひたすらの諦念が、重く肩に圧し掛かっている。


「……――どうして、コーディリアだったんですか」

「……?」

「お兄様は初対面からコーディリアをお気に召していました。それを見て私は彼女がヒロインに違いないと思ったのです。アイリス殿下もジェラルド様も、さほど時間をかけずにコーディリアを大事に思われるようになった。なぜなんですか。コーディリアはヒロインじゃないのに」


 ヒロインの魅了、強制力でないのなら、なぜコーディリアだけが愛されたのか。公爵令嬢だったエミーリアでは何がいけなかったのか。エミーリアは何を恨んで逝けば良いのか。知りたかった。


「まあ、いいだろう。――俺たち四人には前世の記憶がある」

「……は?」

「四人で旅をした記憶だ。命がけの――いや、最後は四人とも命を落とした過酷な旅だったが、かけがえのない大切な仲間たちとの思い出に満ちた記憶だ。

俺とアイリスとジェラルドは城で出会った瞬間に、互いがかつての仲間たちだと分かった。それからずっと、俺たちはリアを探していたんだ。まさか妹として現れるとは思わなかったが、あの日、俺たちはまた四人揃うことができた」

「“四人で完結”って、そういう……」

「前世の俺たちは世界だなんていう果てしないモノのために死んだ。だから今世では大切な人だけを大切にして生きると決めている。――つまり、そういうことだ」


 エドモンドの、アイリスの、ジェラルドの。そしてコーディリアの“大切な人”の中にエミーリアはいない。

 つまり、そういうことなのだ。


 エドモンドがコートのポケットから小さな瓶を取り出してエミーリアに差し出す。コーディリアの瞳のような、真っ青な美しい色の液体が入っていた。

 一口にも満たないだろうその何かが、エミーリアの命を終わらせるものだと、エミーリアは言われずとも理解した。


「少し驚きました。もっと残酷な死に方を想像していたので」

「……それもリアの懇願だ。感謝しろ。苦しむ間もなく死ぬ」

「……――そうですか。お姉様に、お礼をお伝えください。それと、たびたび怖い思いをさせてしまって、申し訳なかったと」


 瓶の蓋を開ける。

 液体は冷たく感じたが、匂いはなかった。

 少し上を向いて、瓶の口を唇に当てる。


「可哀そうなおまえに最期に一つだけ教えてやろう。今世の【月夜の聖女】は黒髪ではない。金髪に真っ青な瞳の、美しい令嬢だ」


 ――お姉様。


 口の中に冷たさが広がったと思った瞬間、エミーリアは意識を失い、倒れ伏した。

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