9.
「どうした」
「旦那様。この壁画は」
「ああ。おまえはここへ来るのは初めてだったな。彼らは魔王を討伐した勇者一行だ」
「……当時のお姿、ということですか?」
「ん? そうか。おまえの祖国じゃ容姿どころか名前すら正確に伝わってないという話だったな。オレなんか曾祖母ちゃんから子守唄代わりにずっとこいつらの話を聞かされてたんだが」
「詳細が残っているのに、なぜ曖昧な伝説扱いになっているんでしょうか」
「さあな。いつの時代もお上にとって都合の悪いことには蓋がされるもんだ」
「……彼らのことをお聞かせ願えますか」
「ああ。まずこの赤い髪の大柄な女が戦士だ。巨大な斧やハンマーを振り回していた。イリスという名で“あたしゃ来世は小柄なお姫様だよ”が口癖だったらしい」
「口癖まで言い伝えられているんですね」
「そういや、おまえの祖国の新王はアイリスという名の赤毛の女じゃなかったか? 小柄かどうかは知らんが」
「……――私も、陛下のお姿までは」
「まあ、だよな。で、こっちの緑の髪の男が魔法使い。エドと呼ばれていたが、それが本名なのか愛称なのかは不明だ。頭の良い男だったそうだが、仲間のためなら少々の無茶は押し通す熱血漢でもあったらしい」
「……私の兄に、似ている気がします」
「この黒髪の女が一番有名かもな。【月夜の聖女】だ。当時は数多の勇者パーティーを識別するために聖女に二つ名が与えられていたんだが、黒髪に琥珀色の目をした月夜のような女だってんで、そうなったらしい。リアと呼ばれていた」
「――リア」
「なんだ。知っていてリアと名乗ったんじゃないのか」
「……――いいえ、それは、その」
「まあいい。で、この金髪青眼の絵に描いたような…いや、実際に絵に描かれてるわけだが、この美男子が勇者。今も武門に生まれた男児には同じ名前が好んで付けられるな。オレの名前もそうだ。ジェラルド。我が一族を、そして世界を救ってくれた誇り高き勇者殿だ」
「……他に何か、逸話などが?」
「あるぞ。勇者殿と聖女殿が恋仲だったという話だ。我が一族では勇者の武勇伝より、二人の恋物語のほうが人気があってな。演劇の定番になっている。今度観に行くか」
「はい。……ですが悲恋物なのでは?」
「まあ、全員死んでるからな。悲恋と言えばそうかもしれんが、物語の最後は常に未来につながっている」
「未来、ですか」
「ネタバレになるが、この辺一帯の魔物を討伐してくれた礼に、泉の精霊が可能な範囲で願いを一つずつ叶えてくれることになったという話がある。戦士はもちろん“来世は小柄なお姫様になりたい”と言ったそうだ」
「ふふ。戦士殿はブレませんね」
「魔法使いは“小柄なイリスを見てみたいから来世でも仲間たち全員に会わせてくれ”と願った。困ったのは聖女殿だ。聖女殿には戦士のような個人的な望みがなく、魔法使いが全員に会えるよう願ったものだから、他に思い当たる願望もなかった。“世界平和”なんていう漠然とした広範囲の願いは泉の精霊には叶えられないしな」
「それでは?」
「無難に旅の無事でも祈ってもらおうと考えていた聖女殿の隣で、勇者殿が先に声を上げた。“来世ではリアのような美しい黒髪を持って生まれたい”とな。それで聖女殿も言った。“では私はジェラルドのような見事な金髪に”と」
「……――まあ、では、お二人は」
「そうだ。生まれ変わった勇者と聖女は互いの色を持って生まれている。そしてかつての仲間たちと共に、平和な世で笑い合っているはずだ、で幕が下りる――って、なぜ泣く」
「いえ、申し訳ありません。きっと四人とも生まれ変わってお幸せになられているでしょうね」
「ああ。そうだな。……おまえもな」
「……――はい」
「あれはさすがにビビったぞ。花嫁が棺桶から出て来るとはな」
「も、申し訳ありません」
「過去も身分も名前すらないから好きにしろだと。仮におまえが罪人だったとしてもだ。おまえの祖国は色々と雑じゃないか?」
「はあ。私も私が死んでいる間に何があったのかはさっぱり……でも、そうですね。おそらく、聖女様のご加護だったのだと思います」
「聖女?」
「はい。【月夜の聖女】様が私を憐れんで、旦那様にお与えになったのです」
「ふうん? まあ、済んだことはどうでもいい。行くぞ、リア」
「はい、――ジェラルド様」




