3.
月に一、二度。魔法に関する無料相談所が国の主催で開設される。
魔法アカデミーの教授や宮廷魔法使いらが匿名で相談に乗ってくれるのだ。
エミーリアの手紙に折り返し送られて来た整理券を門番に見せると、狭い個室に案内された。
しばらくして現れた黒いローブ姿の男に、エミーリアは胸中に渦巻く不安を洗いざらい話した。本来ならば氏名等は伏せるべきなのだろうが、ことの重大さを知ってもらうため、すべてを明かす。
「……はあ。では、コーディリア嬢がエドモンド卿やジェラルド卿、アイリス王女殿下までもを魔法で言いなりにしていると」
エミーリアはこくりと頷く。
ベールで顔を隠してはいるが、すでに相手はこちらの素性に気付いているだろう。
黒いローブ姿の男は「そんなバカな」とでも言いたげに腕を拱いた。
「それはありえないと思います」
「なぜ言い切れるのです」
「まず。エドモンド卿は我が国立魔法アカデミーの主席です。彼が太刀打ちできないほどの精神魔法の使い手を国が把握していないはずがありません。よしんばその存在を誰も知らなかったとしても、エドモンド卿の目をかいくぐるのは至難の業でしょう」
確かに兄は魔法についてはかなり優秀らしい。
当然、宰相を継ぐだろうと思われているが、宮廷魔法使いたちからの熱い視線も年々その温度を増している。
その兄が気付かなかったとしたら、おそらくその力は魔法ではない。
ヒロインによる世界の強制力――。
エミーリアはベールの下で眉根を寄せた。
「それに、王城には優秀な魔法使いが大勢います。アイリス殿下に異変があれば誰かが必ず気付く」
「では、ジェラルド様は?」
「これは私見ですが、ジェラルド卿に精神操作系の魔法をかけるのがお三方の中では一番難しいはずです」
「……というと?」
「精神魔法はほぼすべてが闇属性です。ジェラルド卿は強力な光属性。真正面からぶつかれば闇属性の魔法使いはただでは済みませんよ」
「でもおかしいわ。兄は一目でコーディリアに堕ちたのよ。アイリス殿下だって、そんなに簡単に誰かを信じるような方じゃ……」
「世には“一目惚れ”なんて言葉も存在しますが」
「……――コーディリアの属性は見て分かるのかしら」
「詳細は調べねば分かりません。ただ、彼女は闇属性ではないでしょう。それは断言できます」
「なぜ?」
「先ほども言ったようにジェラルド卿はかなり強い光属性です。コーディリア嬢が闇属性なら、寄り添い腕を組んで歩くなどありえません」
「――ご覧に、なったの?」
「ええ何度か、城で。仲睦まじいご様子でした。お気持ちは分からなくもありませんが、難癖つけて殿下方のご不興を買うようなマネはお控えになったほうがよろしいのでは?」
ご相談は以上? ではこれで失礼します。と黒いローブの男が席を立つ。小娘の被害妄想に付き合うのはこりごりだと言わんばかりに足早に靴音が遠ざかって行った。
エミーリアは愕然としていた。
ジェラルドとコーディリアが寄り添い腕を組んで歩いていた?
なぜ。どうして?
ジェラルドは昔から好きな人がいると言っていたのに。
あれは嘘だったのだろうか。
それともやはり、コーディリアが“ヒロイン”だから……?
関わりたくはないが、コーディリアに直接質すべきかもしれない。
エミーリアは顔を上げた。
悪い魔法使いと対峙する正義のヒーローの気分だった。
あるいは愛する人を助けるべく剣を取る騎士だろうか。
コーディリアが闇属性であろうとなかろうと、彼女が現れた瞬間から何もかも変わり始めたのは確かだ。
その変化に気付いているのがエミーリアだけなら、コーディリアの魔の手からジェラルドたちを救えるのもエミーリアだけだ。
“ヒロイン”の敵役は“悪役令嬢”と相場が決まっているが、そんなことを気にしてはいられない。当て馬モブでも守りたい人がいるのだ。
エミーリアは拳をぎゅっと握った。
屋敷に帰り着いたエミーリアはその足で義母の部屋を訊ねた。
ロザラインは友人と舞台鑑賞の約束があるらしく、着替えの途中だったが入室を許可してくれた。数名のメイドたちが慌ただしく準備をしている。
「珍しいわね、エミーリアさん。ご用件は何かしら」
「お忙しいところ申し訳ありません、お義母様。お姉様についてお伺いしたいのです」
「あら。本人に訊けばよろしいではありません?」
鏡でドレスを確認しながらロザラインはくすりと笑った。
エミーリアがコーディリアを無視していることを知っていて、揶揄しているのだ。自業自得だが、エミーリアはぐっと口を噤んで耐えた。
「まあ、よろしいわ。わたくしにも時間がありませんから。それで?」
「……お姉様は魔法を使えますか」
「魔法? いいえ。コーディリアが魔法を使えるなんて、聞いたことも見たこともないわ」
「では属性はご存知ですか?」
「いいえ。調べてないの。わたくしの実家は武門だし、あの子の父親の家系にも魔法使いはいなかったはずですから。でもどうして?」
「……いえ。少し、気になって」
「……――あなたまさか、コーディリアを疑ってらっしゃるの?」
「えっ?! いえ、そういうワケでは……」
「ではどういうことなの? コーディリアが魔法でアイリス王女殿下やエドモンド様に何かしているんじゃないかって、あなたの今の質問はそういうことよね?」
「いいえ、お義母様、私は……っ!」
「あなた、あの子を無視しているかと思えば嫌味だけはしっかり伝えるそうね。その上恐ろしい疑いをかけて貶めようとするなんて。涼しい顔をしてなんて歪んだ子なの。殿下やお兄様がコーディリアを可愛がってくださるのが気に入らないのは分かるけれど、とんでもないわ。誰か、コーディリアの身辺警護を強化するよう執事長と侍女長に伝えてちょうだい」
はい奥様、と返事をしたメイドの一人が呼び止める間もなくすっと下がる。
エミーリアは心臓の鼓動が速まるのを自覚した。
コーディリアの身辺警護が強化される。その理由は屋敷の全員が知ることだろう。父はどう思うだろうか。いや、それよりも、コーディリアを害したら許さないと宣言していた兄は。精神操作を受けていると疑われたアイリス王女の耳に入ったら。
新しい環境で不慣れな生活を始めたばかりの義姉をエミーリアが無視し続けているとジェラルドが知ったら。どう思われるだろう。
「お義母様。私は決してお姉様に危害を加えるようなことは」
「王族に対し害意を持つ可能性を口にするだけで立派な危害です。このことはお父様ともきちんと話し合います。お下がりなさい」
部屋を追い出されたエミーリアは閉ざされた扉を呆然と見上げた。
すべてが良くない方向へ向かっている気がした。




