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二人のリア  作者: 藤野
1/9

1.


 エミーリアは公爵令嬢だ。

 国王の一番近くで国政を助ける文官の筆頭、宰相オーランド公爵の長女である。


 母は早くに亡くなってしまったし、十一か月しか年の離れていない年子の兄とはあまり仲良くないが、何不自由ない生活にこれといった不満はなかった。

 不満があるとすれば自分の容姿だ。

 黒目に黒髪。肉付きの良い、いわゆる安産型体系。太りやすく瘦せにくい。南の離島諸国の姫君が数代前の先祖にいて、エミーリアは彼女の血を色濃く継いでいた。ドレスを脱げば“ご令嬢”らしさは微塵もない。


 それでもエミーリアは自分が幸せだと思っていた。

 この国のヒエラルキーでいえばかなり上位の生まれだ。宰相の娘と言えば誰もエミーリアにケチなどつけられない。

 日々の食事の心配をしたことなど一度もなく、自分の容姿に微々たる不満を持つ程度の人生が大いに恵まれていると、エミーリアは理解していた。


 それが一変したのはエミーリアが十四歳のときだ。

 父の再婚が決まった。

 十年近くも家庭など顧みて来なかった父が、今更どうして公爵夫人の不在を問題視したのかは分からない。けれど「後妻とその娘が一緒に暮らすことになる」と言われた翌日には、荷物が山積みの馬車数台と共に、義母と義姉がオーランド公爵邸にやって来たのである。


 美しい母娘だった。

 母ロザラインは元伯爵夫人だが、出身は侯爵家だそうだ。地理や情勢に疎いエミーリアでさえ聞いたことのある家名だった。だから子連れの寡婦が後妻とはいえ公爵夫人になれるのだなと、そのときは思った。


 娘はコーディリアと名乗った。

 金の巻き毛に真っ青な瞳の、絵に描いたような美しい令嬢だ。

 線が細く繊細で、簡単に折れてしまいそうな華奢な腰をしている。

 黒目黒髪のエミーリアが一番容姿的なコンプレックスを刺激されるタイプで、一目見た瞬間から仲良くできそうにないと感じた。

 年はエミーリアと同じ十四歳。誕生日はコーディリアのほうが先なので、彼女は同い年の姉ということになる。


 驚いたのは兄の対応だった。

 新しい家族にやたら好意的なのだ。

 普段は魔法の研究にしか興味のない冷徹な男が、にこりと笑ってコーディリアに手を差し出したときには「明日は嵐でも来るのか」と本気で思った。


「ようこそ、コーディリア。私はエドモンド。エドと呼んでくれ。数か月しか違わないけど、君の兄になる。歓迎するよ。困ったことがあればなんでも言ってほしい」


 そっと両手でコーディリアの手を取る兄はまるで別人のようだった。

 コーディリアもゆるりと花が開くかのように嬉しそうに笑っている。

 エドモンドの手に手を重ね深く頷く様は静かで品が良いのに、喜びがひしひしと伝わって来た。


 エミーリアは確信した。

 コーディリアがこの世界の“ヒロイン”だ。


 エミーリアには前世の記憶のようなものがぼんやりと残っていた。

 はっきりと思い出すことはないが、頭脳明晰で魔法に秀でた美形の冷血漢が宰相の息子だと知覚した瞬間、思ったのである。


 ――間違いなく攻略対象だわ。


 攻略対象の妹なんて当て馬モブに違いない。

 どんな災難が降りかかるか知れないので、ヒロインにも悪役令嬢にも近付かないようにしなければ、と心に誓ったのは数年前のことだ。


 そうしてやはり現れてしまった。

 誰もが振り返る美しい容姿。一目で攻略対象を絆してしまう魔性。

 道を歩けばあらゆる男を墜として往く絶対的な“この世界の主人公(ヒロイン)”。


 親の再婚で義兄妹になるなんてありがちな設定だが、まさかこんなに近くに現れるとは思ってもいなかった。

 エミーリアは義姉の美しい笑みを見据え、やはり心に誓う。

 絶対に関わらない。巻き込まれてなるものか、と。



 ***



 家族が増えて数日後。

 その日は朝から兄と義姉が二人で出かける準備をしていた。


 玄関を偶然通りかかったエミーリアは思わず目を疑った。

 兄のコーディリアに向ける視線が慈しみに満ちているのだ。

 実の妹であるはずのエミーリアは見たことのない顔だ。今更兄の関心を引きたいとは思わないが、おもしろいとも思えなかった。

 兄は十四年を共に育って来たエミーリアより、出会って数日のコーディリアのほうが可愛いらしい。

 これは嫌味の一つでも言わねば気が済まなかった。


「あらお兄様。珍しいのね。休日に朝から外出するなんて」

「ああ。友人にリアを紹介する約束をしている」

「…リア? ああ、そうね。ごめんなさい。私もリアなものだから」

「相変わらずの性悪だな。おまえは“リア”なんて呼ばれてないだろう」

「性格の悪さはお兄様譲りだもの。仕方がないわ」


 ふん、と鼻を鳴らした兄はコーディリアを庇うように扉の外へ促す。

 コーディリアはエミーリアを一瞥し、感情の読めない顔で軽く会釈をして踵を返した。

 真っ青な瞳に困惑や優越感のような、エミーリアに対する何かは感じられない。強いて言うなら、無関心だ。エミーリアはコーディリアの眼中にないのである。

 イラッとした。

 エミーリア自身が関わるまいとしていることなど棚に上げ、コーディリアから接触して来ようとしないことに無性に腹が立った。


「地味な色味のドレスですのね。せっかく可愛らしいお顔をなさっているのだからもっと明るい色になさったら? 私のドレスをお貸ししましょうか。ああ、いえ。お姉様には私のドレスは余ってしまうわね」

「……髪も目も肌の色も違うおまえのドレスがリアに似合うはずがないだろう。これまで話しかけようともしなかったくせに、本当に意地の悪い女だな。それ以上近付くなよ。リアを害そうとするなら、妹とて容赦はしない」

「…っ、まあ怖い。お姉様は一体どんな魔法をお使いになったのかしら。お兄様がこんなに過保護になるなんて。洗脳魔法は違法ですわよ」

「エミーリア、黙れ」


 射殺さんばかりの兄の視線に、エミーリアはびくりと肩を揺らした。

 呼吸を止めて一歩後退った妹になど目もくれず、兄と義姉は玄関を出て行く。「気にしなくていい。そのドレス良く似合っているよ、リア」と聞こえた優しい声は本当に兄のものなのだろうか。


 ヒロイン補正は恐ろしい。

 やはり関わらない方が身のためだ。

 エミーリアはぐっと拳を握って奥歯を嚙みしめた。


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