三日目③〈2-3-③〉
吉田珠氏の〝本題〟に矢部氏と花は参加しなかった。矢部氏は居座ろうとしたが、花に背中を押されて強制退場させられた。吉田珠氏と佐川氏が敷地の入口で二人を見送る。待機を命じられた私たちは、木箱の椅子に腰かけたまま、成り行きを待った。
「どうして分かったの。吉田さんに別の目的があるって」ウェールスがそっと尋ねてくる。
「ここに来るまで、護衛に私たちが必要な場面は無かった。むしろ、自警団の方が効果的だったくらいだ。思うに、自警団の人事は合理的なものだ。ところが吉田珠氏には不足がある。と言うことは、他に何かあるのかもしれない。そんな感じさ」
「なるほど」唇に人差し指を添え、小さく呟く。私の手の平に乗る薬包紙を見やり、「触ってみたんでしょ。何か分かった、その粉のこと」
覚醒技能に、触れることでこの種の粉末を分析するものがある。過去に触れた物であれば、それと分かる。覚醒能力を持つ按察官の多くが習得している技だ。
「知らないものだ。ただ、気になることがある」
「気になること」琥珀色の瞳が私の目をじっと見つめる。
「知っている不純物が感じ取れない。品質が高いんだろうが、これほどの物を私は知らない」
「新しい工場とか装置で造ったってこと」ウェールスが疑わし気に言う。
「非市民に布教して回る集団が」私は彼女の推理に主語を付け加え、一層の疑問にした。
見送りの後の多少のやり取りも済ませ、吉田珠氏と佐川氏がこちらに歩き出した。
「この話は」
「言わずにおくんでしょ」
私が言い切る前にウェールスが言い、互いに目配せする。二人は私たちと向かい合うように椅子に座り、吉田珠氏が真剣な面持ちで切り出した。
「貴方たちも今の騒ぎと無縁ではないわね。貴方たちにはどう見えているのかしら。この騒ぎが起きてから、今日みたいにD級街を歩いたことはあった」
「いいえ。ワァルドステイトの支所には何度か行きましたが」
私がそう答えて、ウェールスがリハイブで見た非市民たちの様子を話す。私たちは主に支所やC級街の印象を述べた。非市民たちは抑圧され、不安と恐怖を抱えている。聞き終えた吉田珠氏は静かに言った。
「非市民たちが抱えているのは不安や恐怖だけじゃないわ。絶望もある。胡散臭い言説や薬物は絶望した非市民たちの拠り所なの。当然だけど、そんなものが本当の助けになることはないわ。失踪や中毒死がどんどん増えてる。自殺者もね」
とりわけ最後の言葉は悲痛な顔で紡がれた。少しの沈黙の後、彼女は顔を上げ、
「彼らは殺されるだけでなく、なけなしの希望を奪われ、自死に追いやられる。他人からはまだ逃げられるかもしれない。でも、自分からは逃れられない。一部の経済人が私欲で引き起こしたこの馬鹿げた悪夢を、私は一秒でも早く止めたい」
「僕たちだって止めたいと思ってる。でも、方法が無いんだ」
伏し目がちにウェールスが嘆く。吉田珠氏の目が冷徹に光ったのに私は気づいた。
「じゃあ、それがあるならやるのね」
「もちろんやるよ」
「は」
思わず隣を見る。少女の横顔は真っ直ぐな眼差しを返している。視線に気づいて見やると、依頼人が私を見据えていた。
「私たちはある計画を立てたの。市民の勢いを削ぐ計画よ。でも、実行するには人手が足りない。実力のある人が必要なの」
「つまり、本題と言うのは」
「協力して欲しい」
「計画の内容を教えて頂けますか」
「申し訳ないけれど、先に教えることはできないわ。漏洩の危険は極力排除したいもの。聞いたからには協力してもらう。絶対にね」
「内容も分からずにやるとは言えません」
「炯」
「ウェールス、考えてもみるんだ。もしそれが市民を手酷く痛めつけて戦意を削ぐ、のような支離滅裂なものだったらどうする」
「その点は安心して。私たちが計画しているのは平和的なものよ。勿論、貴方が心配しているようなことにもならないわ」
彼女は自信ありげに言うが、この暴力的対立を解決できる非暴力的作戦があるとは、私には到底、信じられない。
「申し訳ありません。協力するとは言えません」
私が答えると、それまで黙っていた佐川氏が口を開いた。
「このまま放っておけば、それこそ状況は深刻な悪化を来します」
「それはそうでしょうが」
「いいえ。開道さん、あなたが想像しているのとは違う経緯で、です」
訝る私を余所に、吉田珠氏が続きを引き取る。
「一部の非市民が混乱の元凶の経済人――能弁家連中の殺害を企てているのよ」
「えっ」ウェールスが小さく驚きの声を上げた。
「美馬氏ですか」
「ええ」彼女は首肯し、「近いうち、美馬の呼びかけで能弁家の座談会が開催されるの。大勢の市民を講堂に入れてね。目的は勿論、非市民の排除を訴えること。その座談会を襲撃して一網打尽にしようっていうのが計画の中身よ」
「そんなことやったら無差別大量殺人になるじゃないか」ウェールスが驚き呆れる。
「そうね。何人死ぬか蓋を開けてみるまで分からない。でも、最大の問題は死傷者の数じゃない。市民と非市民の対立は決定的なものになる」
「深刻な悪化を来す、と」
「何もしないよりは何かした方が絶対に良い状況だと思うのだけど」
「その話が事実なら確かにそうです。しかし、事実ならば、その集団は能弁家の活動内容を把握した上で計画を立て、実行できるだけの武器も持っていることになります」
私の懐疑的な視線に答えた吉田珠氏の言葉は、私を黙らせて余りあるものだった。
「丙の残党。って言ったら貴方は納得できるのかしら」
「丙」
「非市民の犯罪組織よ。学府中央で凶悪犯罪を繰り返していたの。数年前に按察に潰されるまでね」異人の少女に説明して、私に目を向けた。「貴方は知っているはずよね。丙のことは」意味ありげに微笑む。「私、一度だけ子供のころに開道市長にお会いしたことがあるの。父に連れられてね。感づいているでしょうけど、私はあなたが本物だって気づいているのよ。開道炯」
佐川氏が補足する。
「確かな情報です。この集落出身の記者がいるんです。彼と、矢部さんも少し話してくれました。矢部さんは丙の残党と通じています、集落を守るためにのらりくらりと付き合っているんです」
「私には単にウマが合うからつるんでるようにしか見えないけれど。血腥い話を面白がってる節があるもの。ともあれ、情報源としても相談相手としても責任者としても、この場に居る方がもっともらしい人間をわざわざ遠ざけた。私たちの話が本当だという証拠と思ってもらいたいわね」
そう言って、彼女は鷹揚に私の答えを待った。私はため息を一つ吐いて、
「分かりました」
「協力してくれるのね」
「ええ」
※これは架空の物語であり、実在の人物・団体・事件等とは一切関係ありません。




